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縁~YUKARI~

作者: ふもとえりんぎ

ふもとえりんぎです。第2弾は恋愛小説にしてみなした。恋っていいね。

 なんでだ。何で何もかも自分の番で終わる。

 当日しかもらえない憧れのアーティストと会える整理券も。数量限定の商品も。食べたかった有名店の数量限定じゃないスイーツも。そして待ち合わせ場所のファミレスのドリンクも。なんでだ。なんでここで。グラスの4分の1以下しか注がれなかったサイダーをじっと見る。あぁ、哀しきことかな。

「すみません」

ちょうど店員さんが通りかかったので、訳を説明した。あとでお持ちしますね、と言われたので、感謝をし席に戻る。ズズ、と少ないサイダーをちょぴっとすすった。

 何にも縁が無いそんな僕の名前。縁。ユカリ。縁だぞ!?君塚縁。縁って名前なのに、どうしてこんなにも縁が、あ、"えん"ね。縁がないんだ。

 縁に恵まれますように、と願われこの名前になったのに。すまん、母親。顔しか知らない母親に僕は謝った。

 僕の母親は僕を産んで亡くなった。周りの誰もそう言わないし、なんなら僕を可愛がってくれる親戚やご近所さんばかりだけど、母親の命を奪って産まれたような物だから、本当は僕なんて産まれちゃいけなかった存在なのかもしれないと時々思う。人間関係にも物関係にもあまり恵まれなかった理由はきっと、産まれてしまった罰なのだろうなぁとなんとなく思っていた。

 ちなみに物との相性も悪い。さっき言ったように色々と自分の直前で、もしくは自分の番に中途半端に終わるし、セットで売ってるような商品は何かの部品が必ず足りない。もう巡り巡ってラッキーだとさえ思えてくる。

 こんな僕だが、1つだけ大切な縁があった。近所に住む母親の中学の同級生、真理恵さんの長女である里原海陽(さとはら かいひ)だ。2つ年上で僕との縁第1号。センター分けのショートカットがよく似合う、ボーイッシュな子である。もう産まれてからずっと遊んでいたから、かれこれ24年の付き合いである。母親はこの名前とこの縁を僕に残してくれたのだと思い、大事にしてきた。

「縁ー、お待たせ」

「10分遅刻、この寝坊助野郎が…」

「口悪ー!ごめんて」

謝りながら海陽が前に座る。

その時ちょうど、グラスになみなみと注がれたサイダーが運ばれた。

「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」

「え、頼んでくれてたの!サンキュ」

2人で会釈をし、真ん中に置かれたサイダーに手を伸ばそうとした。だが一瞬先に手を伸ばした海陽に飲まれた。あぁ、僕のサイダー。いや、まぁ、良いけれど。

 彼女は美味しそうな声を上げながらグラスを置いて言った。

「ねぇ今日どこ行く?」

「うーん、久々に歩いて海はどうだ」

近くに海がある地域に住んでいる僕達は、歩いても海に行ける。2人とも海が大好きだけどずっと行けてなかったから、これが良いんじゃないかと思った。

「海!行く!」

「よし決まり!」

「っしゃあ!」

 グラスのサイダーをグッと飲み干し、会計を済ませ、僕達は店を出る。

「わーい、海に行くぞー!うーみっ!うーみっ!イェーイ!」

「喜び方が犬」

くるくる回って楽しそうな海陽は、サモエドみたいな中型犬を思わせた。

「はぁ、好きだなぁ」

「早くー!」

「はいはい!」

先で手を大きく振る海陽を、僕は走って追いかけた。


「おわー!海だー!」

子供のように走っていく海陽の薄いロングコートが、風にふわりと広がった。

 今日は海を眺めて、ちょっとだけ水遊びをする。それから海の近くにショッピングモールがあるので、そこでウィンドウショッピングをする。そしたら夜は、どこかおしゃれなお店でディナーをする、という予定を、さっき歩きながら2人で立てた。

「うひゃー!冷たー!」

2人で海に足をつける。今日は夏日だが、5月の海はまだ冷たかった。海陽は海の中を進んでいく。

「あまり深く行くなよ、大事な服が濡れるぞ」

「はいよー」

ガウチョパンツを膝の上まで持ち上げ、行けるギリギリまで進んでいく海陽。白い太ももの裏が少し見えてドキッとした。

 僕は持っていたスマホのカメラを構えた。

「海陽!」

「ん?」

くるりと振り向く。…ドキッとした。

―パシャ。

「あ!撮った!」

「うん。最高に可愛い」

「はずかしー!」

服が濡れないように慎重にこちらへ向かってくる海陽を、僕は煽った。

「どんな写真が撮れたか見たい?」

「見たい!」

僕の答えはもちろん、

「だめー!これを見て良いのは僕だけだもんねー!お気に入りポチー!」

「えー!見せろー!」

砂浜に着いた彼女は、そのまま僕を追ってくる。

「スマホ貸せー」

「いつか見せるから!」

「今見せて!」

荷物や海陽のロングコートが置かれたシートを真ん中に、追いかけっこが始まった。ネコとネズミが追いかけ合うあのアニメみたいだった。僕はカメラを構え直し、動画を回す。

 海陽はずっと笑っていた。好きな娘の笑顔は何よりも輝いているよなと、そう思った。これをこうして手元に残して置けるのが、めちゃくちゃ嬉しかった。


 僕の唯一昔からの縁は、勝手に人のサイダーをそれはそれは美味そうに飲む奴で、犬みたいで、子供みたいな可愛い奴との物だった。しょうもない会話がほとんどだし、もっとちゃんとした縁があるだろうにと周りから言われるかもしれない。だがこれは、僕にとっては何よりも大事な縁だ。この縁と引き換えに今まで人や物に縁がなかったのなら、納得できるし、まぁ良いかと思える。

 今日僕はディナーの時に、こいつに渡さなくてはいけない物がある。それを考えるだけで心臓が暴れだして、どこかに走り出しそうになる。物を渡し、上手く伝えられるかわからないけど、海陽の眼を真っ直ぐに見てこう言うんだ。

「この先もずっと、この縁を大事に大事にさせてもらえませんか」

って。

縁君に頑張ってほしいですね。

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