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王子様引率指令

 清冽な威容で佇む王城は、実はファニーラにとってそこそこ慣れ親しんだ場所である。

 ファニーラの伝手でしか入手できない魔術具を王家や専属の魔術技師などに納めることがあるし、魔術具開発の相談に乗ることも多い。城で働く人たちに大衆向けの魔術具や日用品を調達することも多々あった。

 なんのかのと国をまたいで各地をめぐるファニーラは、長年誠実に商売をしてきただけあって、各国のお偉方の覚えもめでたいのだ。まあ、家族やご先祖様の積立があってのものでもあるが。


「お届け物でーす」

「なんで王子!?」

「何やってんすかファニーラさん!!」


 使い慣れた通用門ではなく、堂々と正門へ乗り付けたファニーラおよびお届け物の姿を見た門番たちは、案の定慌てふためいた。


 が、連れていかれた先では誰も慌てなかった。


 ……王族の客人向けにあつらえられた謁見室でファニーラと向かい合うのは第五王子――だけでなく、なんと王太子殿下ならびに第二王子殿下。実質、国王陛下との会談に等しいレベルだ。しかも、国王陛下が多忙のためにふたりが彼女を迎えることになったと、座して早速告げられた。待遇がとんでもない。どういうことだ。

 今代の王族男性に多い金髪は、このふたりも例にもれずだ。色調の違いこそあれ、それが三人も揃えば室内の調度と合わさって実にまばゆい。ご血統も含めて。

 まばゆいといえば、それぞれの風貌も輝かしい。

 美丈夫と言える王太子、そこに勇猛さを足して優雅を少し減らした第二王子、成人したばかりの瑞々しさを匂わせる第五王子。眼福である。


 さて、それはさておき、現状はどういうことだろう。

 先日の事件に関する報奨はすでにいただいた身のファニーラに、今更、そんな錚々たるおふたりと面会させていただく覚えなどない。

 黒竜の竜核をパクった件については第五王子しか知らないということだから、それを罰されるというのも候補から外れる。

 まさかここで暴露の流れなのだろうか。


「このたびは愚弟が迷惑をかける」


 対面に二人ずつ並んで腰を下ろし、お茶の用意をしてくれた侍女が部屋を辞し、ひととおり全員が喉を湿らせたあと。口火を切った王太子が、ファニーラを見つめてそう言った。

 第五王子より十歳上の彼はすでに国政の半分以上を担っているだけあって、為政者としての圧がすごい。正面から見据えられたファニーラは、視線を受け流すだけで手一杯だ。

 そもそも高貴なお方と真正面から視線ガチンコなどできるものではないので、焦点を定める先は胸元あたりだ。表情などを推し量るのは口元がメイン。目元はかろうじて視界に入るのを、ちらちら確認する程度である。

 そこから読み取れるのは――王太子、ガチで身内の件を謝るお兄様の姿勢であった。


「いえ。事情は存じませんが、こうして無事にお届けできましたので、謝罪をいただくことではないかと」


 言いながら、ふとファニーラは違和感を覚えた。


「……かけ、る?」


 お届け物は完了したはずだ。なのに、なぜ現在進行形?

 下げようとしていた頭を途中で止めたファニーラの視界で、第二王子が動いた。彼の正面に座る第五王子へ腕を伸ばし、軽く額を弾いている。デコピンだ。ほほえましい。

 と思っていたら、王太子もちょっと苦い顔して第五王子へ向き直った。

 気まずそうにそっぽを向く弟へ、まず第二王子が追及をかける。


「レイ。ファニーラ嬢に説明してないのか?」

「……説明は、道々すればいいと思って……」

「その結果がこれだが」

「返品されてやがんの。バカだろ?」


 王太子がツッコんで、第二王子が追い打ちをかけて、第五王子がぐぬぬと口をひん曲げた。

 ほほえましい家族の応酬である。王族も、一皮むけばただの人。今、この場にいるのが男兄弟だけだから、というのもありそうだ。王太子がここまで砕けた姿勢を見せるのも、おそらくは私的な事情だからとファニーラに示してくれているのだろう。

 で、その私的な事情とはなんぞや。

 首をかしげて王子様たちのじゃれあいを見守るファニーラは、ちょっとしたおっかさん気分である。彼女の生ぬるい視線にまず気づいたのは王太子だった。


「失礼。それでは、認識の共有から始めさせていただいていいだろうか」

「お願いいたします」


 ぺこりと頭を下げるファニーラの横では、デコピンから体勢を戻した第五王子がこっそりと間を詰めていた。




 ――本来の白竜と黒龍の戦いは、数千年の古きに遡る。

 庶民向けにまとめられた伝記書を読み解けば美辞麗句にあふれた輝かしい物語を知れるところだろうが、端的に説明するなら、こうだ。

 一匹の竜が、当時から見ても遥かな昔から大陸の中央山脈に燃え盛る焔『空の滅び』が吐き出す濃密な魔素を、己の限界を超える量を取り込んで狂った。

 それこそが、暴虐の果てに大陸を噛み砕かんとした黒き竜。

 同族たる、そして大いなる暴力を奮う悪意に立ち向かい、打ち倒したのが白き竜。

 彼らは同じ年に生まれたことで、兄弟竜とされていた。

 大陸に住まう生き物は、ほぼすべての種族が白き竜に力を貸した。人間もそうだ。とくに尽力したのが、今ファニーラが滞在するこのハシュトーン王国の祖だった。

 英雄を選び出し巫女を送り出し――様々に尽力した彼らは、けれどその活躍のために最後の最後、滅びゆく黒竜から呪いを受けた。

 百年ののちに呪いは目覚め、王家を、国を、喰らいつくしてやろうと。たとえそのとき倒されても、この狂気尽きるまで何度でも蘇ろうと。

 それを知った白竜が、王家に祝福を授けた。

 黒竜の呪いを打ち消すことはできない代わりに、目覚める呪いに立ち向かうだけの力をもてるように。

 ……初回の百年目、黒竜と白竜が双子の王子より顕現したそのときの混乱は、相当なものであったという。


 どうやら、繰り返される戦いによって黒竜の呪いは少しずつ王家の血から薄れていっているそうだ。が、今回も結構な規模であったので、完全に消え去るにはまだ長い年月が必要だろう。


 巫女や騎士という加勢もあるので、白竜が倒されることはまずない。万が一があっても当時より遥かに強力な国家武装が黒竜を待ち受ける。

 民にとっては、一種の儀式のような認識になりつつある。

 百年目に当たって対処する王家や関係者にとっては、方方への根回しや鍛錬の強化やらと、頭の痛いことだろうが。




「正直、学園施設全壊も覚悟していたのだ。ビット殿の結界には、本当に助けられた」


 あれは量産できないのかと王太子に問われたファニーラは、欠点報告ついでに開発中であることを告げる。残念な顔をされたが、将来には優先的に都合してほしいと請われたので請け負った。

 王太子とファニーラでは将来に思う年数に差があるということは、まだすり合わせていない。


「さて、本題だ。このバカ弟がきみのところに行った件だが」

「はい」


 またしても第五王子を一突きした第二王子の言葉を受けて、ファニーラはそちらへ目を転じた。


「まず、竜を顕現させた双子は事態の収束後、一年ほど公務から離れることになってるんだ。これはまあ、子供のころから本番に備えてあれこれ厳しい制限をかけてきたから、そのご褒美のようなものだと思ってくれ。イメージとしては、溜め込んだ有給の一斉消化だな」

「では、第六王子殿下も?」

「そういうこと。あっちは巫女殿と仲良く過ごす予定らしい。彼女の教育もあるから、王都を離れることはないはずだが」

「教育というと……?」

「婚姻も視野に入っているからな。白竜と巫女は、歴代そういった関係になることが多い。今回は王位継承順も低いから、邪魔も入らん」

「ああ、なるほど。王族教育ですね」


 仲睦まじかった学園での二人を思い出したファニーラは王太子の補足を受けて、傷心だろう第五王子を振り返る。強く生きてくださいと視線に込めてみれば、ふんわり微笑まれた。

 ……あんまり傷心してなくないか?

 案外立ち直りが早いタイプなのかもしれない、と、一人納得するファニーラ。


「そしてこっち――レイはな、黒竜の後始末があるんだよ」

「後始末?」


 問い返すファニーラは、どこか苦さをにじませた第二王子の口調より、発言の中身に意識をとられていた。


 いまさらだが、第五王子の名前はレイというだけではない。

 レイルバート・アス・ウィルツ。苗字が王族っぽくないが、これは王妃の位に準じる。ハシュトーンとなるのは王太子および彼と同じ母を持つ第二王子、第二王女。

第一王女ならびに第三王子以下は、生母の家名または臣籍降下の際に新しい家名を与えられることになっている。現在は全員王族籍のため、第五王子と同母の第六王子もウィルツ姓だ。ちなみに彼はギルバート・アス・以下略。双子ってやっぱりそれっぽい名前にすることが多いらしい。


 さて黒竜の後始末とはなんぞ、とファニーラが問う前に、第五王子もといレイルバートが説明を始めた。


「公にはされていませんが、黒竜化した王子は一年以内に『空の滅び』の山脈へ向かうようにと代々定められているんです」

「……は」


 ファニーラは自分でも意識しないまま、表情と声から色を消した。

 王族に対して一目で非礼と分かる彼女の態度だが、王太子と第二王子が何も言わないのは大目に見てくれてのことだろう。そして第五王子は、おそらく別の理由でファニーラの対応を一旦流した。


「何故そんなことをする必要があるのか、については、記されていません。白竜である弟も、彼の巫女も知りません。黒竜の王子、今代では私だけが――打ち倒された瞬間にそれを知ります。ちなみに、口外はできないようになってるんです。言おうとすると心臓がこう、きゅっと」


 笑顔のまま、心臓のあたりで雑巾を絞るジェスチャーをしないでほしい。

 前世の怪談番組でよく見た原因不明の心筋梗塞を想像して、ちょっとファニーラの肝が冷えた。


「ファニーラ店長は、たぶん、言わなくても分かってくれると思いますが」


 ……別の意味でもう一度冷えた。


「ってレイが言うから、黒竜旅行のお供についてもらうのはどうかって話になったんだ」

「お供? 王子なんですから、安全確保のために御一行組んだりするんじゃないんですか?」

「いや、公の同伴者は一名までと指定されている」

「なんのために!?」


 王位継承順位が低いとはいえ、王族をひとりで国からほっぽりだせとかどういうことなのか。

 思わず声をあげたファニーラをなだめるように、王太子が告げる。


「双子竜にまつわる機密を、ましてや本人の血にしか与えられない旅の中身を、大勢に明かすような真似をするわけにはいかないだろう」

「…………」


 淡々と伝えられた言葉の内容を、含まれた言外の意味を。即座に察したファニーラの顔から、ざぁ、と血の気が引いていった。さきほど第二王子が見せた苦味が今の王太子の声にもあったが、しっかりと聞き逃してしまっている。


 いやつまり。これはそうか。

 明かせない中身を明かされた。

 たった今ばっちり明かされた。

 めいっぱいに躊躇なくあますとこなく(たぶん)明かされた!!


 ファニーラの様子を見守っていた第五王子が、「うん」と笑顔でうなずいた。


「そういうことです、ファニーラ店長」


 よろしくお願いします――差し出された手と第五王子の顔に視線を忙しく往復させること、数分。

 ファニーラは運命を受け入れた。


(というか、竜核にちょっかい出した自業自得では?)


 などという己の心の声には、そっと俊敏に蓋をする。

 それから、やけに強く長く手をにぎにぎしている第五王子を見上げて言った。


「私が今から記憶喪失になったらチャラです?」

「刷り込み直しますから大丈夫ですよ」


 だめだった。まあ、そんなことする気はなかったけれど。

『空の滅び』については待て次回。

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