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第五王子がやってきた

 ――双子の王子による百年の区切りがついた戦いから、さらにしばらく日が過ぎた。


 卒業した生徒たちはもちろん、進学前の休暇で一時帰宅した生徒たちもいなくなった学園は静かだ。

 その静けさは、けっして心寂しくなるものではない。訪れる春を心待ちにするように吹く風はやわらかく、足元に芽吹く緑は瑞々しい。

 目立って響く音といえば、先の戦いで壊れた建物の修復する工事のもの。といっても、退任前サービスとしてファニーラが供出した復元魔術具の働きもあって、人員も期間も最小限で済んでいる。

 全部魔術具で直せよという声が出そうなものだが、効果限度というものがある。加えて、この手の魔術具はお値段がお高い。ぶっちゃけ素直に人力で直すほうが安上がりだ。

 今回は国家的な事件の収束のためということと、新学期までの日数を鑑みてこうなった。お代は学園長経由の王家払い。振り込みはいつもの口座まで。


 春どころか夏になりそうなほどあたたまった懐を抱えたファニーラは、関係者向けの通用門をくぐってすぐに学園を振り返る。

 ――一年だけの契約であった。

 運命の双子王子が在学し、成人する年のために、王家も学園もできうる限りの備えをしたのだ。ファニーラが購買部主任として雇用されたのも、その一環だった。

 もともとは学習用魔術具の大量取り扱いが可能な商人として抜擢を受けたことで彼女と学園との付き合いは長いのだが、一箇所に留まって小売を行うのはなかなかに久しぶりだったのだ。


 思い返せば、新鮮な日々だった。

 就任からしばらくは、ちびっこ店長としてかわいがられたものだ。

 ほどなくして肝っ玉店長として認識を改められたが。


 なにせファニーラは人外の魔力貯蔵を誇るだけあって、人間ではない。外見は、人そのものだけれど。

 成人してるくせにこの学園の女生徒と比較して頭ひとつと半くらい低い背丈と幼い顔立ちも、そのせいだ。

 りんご色のくせっ毛をぶっとい二本のみつあみにしているのも、相手からは瞳が見えづらい加工を施した分厚いびんぞこメガネ(度なし)をかけているのもそのせい――ではなく本人の趣味と実益だ。


 だから、あれだ。

 長々とこんなところにとどまっていては、ほのぼのと見送ってくれる守衛さん以外の誰かに見つかりでもしたら、迷子と勘違いされそうである。


「よし、行くかー」


 名残を惜しみ終わったファニーラは、最後に守衛さんと微笑みを交わし、くるりと学園に背を向けた。


「ぶっ」


 そして突然背後に出現していた壁にぶつかった。

 やけにあたたかめのやわらかめの壁だった。そしていい匂いがした。

 覚えのある匂いだ。魔灰に混じってもなお、かすかにファニーラの嗅覚を楽しませてくれたことを覚えている。今もそうだった。


「……第五王子殿下」

「こんにちは。ファニーラ店長」


 たしかこれくらいだったかと首をそらして見上げた先には、翡翠色の瞳を細めて笑う第五王子殿下のご尊顔があった。

 王族がなんでこんなところに堂々と出てきてるんだ。

 ファニーラは慌ててあたりを見渡したが、通行人は不自然に彼女たちの周辺をスルーしている。


「人避けの結界を使っています」

「さ、さようで」


 お忍びすることの多い王族なら、魔術具を持つか魔術をたしなむか。なるほど、たしかにありえることだ。

 納得してうなずいたファニーラの目を、陽光に輝く金髪の内側を彩る夜色がまたたかせる。学園で、購買で、幾度となく同じように振り仰いできたこの人の姿にそんな色彩が混じっているのを、初めて知った。……あの日の影響だろうか。

 広報には載っていない情報だったし、今も王子が何か説明する気配がないこともあって、ファニーラは目にしたそれを流すことにした。


「もう店長ではございませんよ。一介の行商人です」


 軽く笑ったあと、はた、と言い直す。


「ご無事でなによりです。王家からのお知らせは拝見しておりましたが、こうして直に拝謁でき、安心しました」

「ありがとうございます。ファニーラ店長もあの日は出席されていましたね。ご活躍はあとで聞きました。あなたこそ、無事でよかった」


 ファニーラにそう返す第五王子は、言葉の丁寧さをやわらげるかのように、ふわりと微笑んだ。

 第五王子が黒竜化し、第六王子と巫女によって鎮められたのは国民の知るところだ。伝承であるし事実であるし、王家にとって隠す意味などないことだ。

 詳らかではないがある程度の内容は、大衆紙や広報官によって告知されている。

 事件直後には続く百年の安寧を――そしてしばらくあとには、打ち倒された第五王子が心身ともに無事であることを。


 ……いや、恋愛面では無事じゃないかもしれないが。

 前世に目覚めるまでは生徒の恋愛模様など特に気にしていなかったが、第六王子と巫女の仲睦まじさは年度の早いうちから耳にすることが多かった。逆に、第五王子の名前がその手の話で出てくることはなかった覚えがある。

 双子の恋の鞘当てなどあったのならこれも噂になっただろうし、早々に第五王子は諦めていたのだろうか。それはそれで、辛いものだったのではないかとファニーラは思う。

 まあ、そういうことには触れてやらないのが、外野の優しさというやつだ。


 ファニーラは、門を塞ぐ形になっていた自分の位置を少しずらす。


「学園へご用事ですか。どうぞ」

「いえ」


 だが第五王子は、微笑んで首を横に振った。


「貴女に逢いにきました」

「…………」


 いち、に、さん、し、略、ひゃく。


「は?」

「貴女が国を出ると聞いて」

「……あ、ああ。お見送りですか。こんな者にまでご丁寧にありがとうござ――」

「私の心臓を持って旅立つと聞いて」

「………………」


 いち、に、さん、し、略、にひゃく。


 ファニーラの笑顔が固まった。

 第五王子の笑顔はやわらかい。

 表情どおりのやわらかな声音が、ファニーラの耳を震わせる。


「いえ、心臓の件は私以外の誰も知りません。ただ、つながりがあったので分かるんです。貴女の手中にあることが。つまり、貴女の旅立ちはそのまま私の心臓の旅立ちとなります」

「…………」


 ついでに体も震わせた。

 さらに声も震わせて、ファニーラは第五王子と相対する。


「……『私の』とおっしゃるのですか」

「……『アレ』は、私ですよ。店長。この身の血に流れる竜の因子はもうごく僅かで顕現する力も失っていますが、それでも残っているんです」


 伝承どおりに全力で戦ったことで、今はただ水に漂う砂粒のようなものですが。

 そう付け加える第五王子の言葉にうなずいたファニーラは、門の傍に停めておいた魔術具――移動用の三輪車をチラリと見る。お子様が遊ぶようなアレではない。前世で言うところのハーレーダビッドソンに近い造作を誇る、堂々とした威容の乗り物だ。もちろん制作はファニーラである。設計図はひいひいじいさま時代から伝わったものだが、誰も作り上げることができなかったという経緯もある。

 まあそんな感じの代物なので、あっち風にトライクって言っていい? いいよね? よーしきみはこれからトライクだ。魔導トライクだ。

 目線を戻して、王子へ告げる。


「王子に残しておくにも王家に残しておくにも危険だと思い、ついでにしみったれた冒険者根性で戦利品として懐に借りておりました。大変申し訳ございません」


 ばれた以上、罰はどうぞ如何様にも。そう意をこめて伝えたあとトライクへ近づいたファニーラは、動力となる魔石設置盤の蓋を弾いて開けた。


 ……ドクン、ドクン。


 鼓動とともに現れた親指の先程度の塊が、陽光を受けてなお闇色にまたたいている。


 半永久機関ゲットだぜ! とか思った日もあったよネ。


 せっかくだから有効活用しちゃおうぜ、と意気込んでつい先日据え置いたばかりのそれを取り出すべく触れた指先は、けれど目的を果たす前に動きを止めた。……止めさせられた。

 背丈の都合もあってファニーラの背中にのしかかるように身を寄せた第五王子が、自身の手のひらをかぶせてきている。ファニーラの手などすっぽり包んでしまえるその大きさは、体格差に忠実だった。


「殿下?」

「――ファニーラ店長。話を最後まで聞いてください」

「続きがあったのですか?」

「あるんです」


 あまり人目に触れさせてよい中身ではないので、ひとまずファニーラは魔石接地盤の蓋を閉じることにした。乗せられた王子の手を軽く押し返して解放してもらえば、作業は一瞬。

 それから、日光をまるっと遮って影を落とす第五王子を振り返る。

 王族の機密をこっそり持ち出し、あまつさえ秘密裏に処分しようとしていたファニーラへどんな視線を向けているかと思ったら――さっきまでと変わらない笑顔が、そこにあった。


「……お怒りではないのですか?」

「いいえ、まったく」


 それよりも。そうつぶやいて、第五王子がファニーラへ腕を差し伸べた。


「ふぁっ!?」


 伸びてきた両腕の用途が掴めずに見守っていただけのファニーラは、あっさりと彼に抱え上げられてしまう。そのまま、すとん、と、トライクの座席に運ばれた。自然と乗り慣れた位置へ尻を動かすファニーラのそれは、反射行動だ。


「殿下?」


 話をするのではなかったのかと、再び見上げた先で第五王子と視線を交わすことは叶わなかった。


「よいしょ」

「殿下っ!?」


 ファニーラを座らせてすぐに動いた第五王子が、彼女の後ろに腰を下ろしていたせいだ。ファニーラが小柄だからというだけでなく、このトライクは二人乗りができる座席設計だ。見ればたぶん誰でも悟る。道交法何それここは異世界でございます。


 いや、だからといって、どうぞご搭乗くださいなんてファニーラ言ってませんし?!


 驚くばかりのファニーラの頭に、ぽすん、と硬い何かが乗った。

 ……この感触は知っている。家族仲のいいファニーラは、こうしたじゃれあいとともに愛情を受けて育ったのだから。

 だけども、今背中にいる御仁とはこのようなふれあいをする仲ではない。絶対にない。購買部主任として店長として、各生徒と同じように適切な距離を保ってきたはずなのだが!?

 困惑しきりのファニーラだが、すでに学園を卒業して王族の身分を振るえる立場に戻った第五王子へ面と向かって強く抗議するのもためらわれるところだ。どうしたものかと惑ううち、顎を乗っけたせいでちょっと喋りづらそうな第五王子の声がファニーラの頭上から降ってきた。


「立ち話もなんですから移動しましょうか」


 第五王子と旅商人がニケツとかどういうことだ。

 とは言わず、ファニーラは行き先を尋ねるだけに留めた。だって相手は権力者。

 ついでにとトライクの動力を起動させたところで、第五王子が目的地を告げる。


「貴女の次の目的地まで」

「かしこまりました」


 ファニーラは快諾して、王城へとハンドルを向けた。

 道中、早々に彼女の目的に気づいた第五王子が静かにクレームを入れてきたが、まるっと無視して走ってやった。

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