ありあまる魔力の横流し先
馬車に揺られながら同乗の客とも会話を弾ませ、エニアや近隣についての情報交換もたしなみつつ、ちょっぴり商売っ気出してお小遣いを稼ぎながら、やってきました大公邸。
王都のそれにくらべればこぢんまりしているが、見た目はほぼ城そのもの。都市の顔たる立派な佇まいだ。
門番に名前と用件を告げれば、お久しぶりですと笑って通された。従者がひとり案内にやってきて、ファニーラを先導して進む。
大公に逢うか問われたが、いえいえいいですと辞した。
アポ入れてないし、公務の邪魔はしたくない。用事があるのはこの邸に備えられた結界魔術具のある一室だ。それから、商業の担当者。こっちには、ちゃんとギルド経由で訪問の旨通達している。到着前にも、魔鳩を飛ばした。
うん、魔素伝書鳩ってめんどうくさいから、魔鳩に縮めた。楽でいいよね。省エネ大事。
とかファニーラが考えてるなどとは知らぬ従者は、いつものようにいつもの部屋まで案内を終え、扉を開いて彼女を促した。
訪れたここは大公が公務に座す本邸ではなく、敷地内の別棟だ。中身が中身なので、今日もきっちり警備網が張り巡らされている。人的配備しかり、物的配備しかり。
「どうぞお入りください。私はこちらでお待ちしております」
「はい。ありがとうございます。すぐ済ませますね」
「いつも助かります」
いえいえ、と笑って部屋に入ったファニーラは、まず扉をきちんと閉めた。それから振り返り、進んだ先にあるもうひとつの扉を抜ければ、見慣れた光景が目に映る。
二重扉の向こうにあるのは、さっき出てきた宿のロビーが余裕を持って入りそうな面積の部屋だ。水平方向にはそれだけだが、垂直方向にはすっごく高くてすっごく深い容量が確保されていたりする。覗いたら深淵が見えるぞ。
そんな室内には、空間を埋め尽くす大きさの魔術具が設置されていた。その傍らには、保安員の姿がひとつ。
設置当初は複数人が常駐する体勢だったらしいが、長年の安定運用の実績で、ここまで軽減することができているのだ。開発しっぱなしにするのではなく、長期を見越した運用とメンテナンスの賜である。魔術具に携わるひとりとして、なんとなくファニーラも誇らしい。
その保安員が、ファニーラを認めて微笑んだ。
「こんにちは、ファニーラ」
「こんにちは! お久しぶり、ケイル。調子はどう?」
「おかげさまで、元気に稼働していますよ」
「そうみたいね!」
ファニーラも笑いながら、若枝色の髪から長耳を覗かせる保安員兼現場責任者、エルフのケイルから手招かれるままに魔術具の傍へ近づいた。生粋のエルフではあるが、森を出て人間たちの暮らしに紛れた酔狂者だ。魔術よりも魔術具に触れることが楽しいのだそう。必然、ファニーラとも、たいそう気が合う仲である。
もともと細い目をさらに細めて親愛を示すケイル――彼が佇んでいる場所には、魔術具の制御盤があった。稼働状態を示す魔石が、一定の波動で明滅を繰り返している。魔石を囲んで流れるように刻まれた魔力経路の光も、落ち着いた淡い色。魔力向けの視界で眺めれば、血液のように流れているのが見えるだろう。
いちいち眼鏡を外すのがめんどうだから、しないけど。
ケイルが、ファニーラのために制御盤の前を明け渡す。
「お願いします」
「お願いされます」
ファニーラは、制御盤の一角にある魔力装填装置へと触れた。彼女の手のひらならば余裕の余裕で広げられるたいらなそこは、魔力供給者の接触を感知して装填準備に入る。
ちくり、と、小さな痛みが指に走った。
どの指になるかはランダムで、今回は人差し指を選ばれた。
魔力の受け渡しは、体の表面よりも内部に触れるほうが手っ取り早い。生物同士であればアレとかコレとかできるが、道具であればこのように針状の物体を直接内部へ挿し込むようになっているものが多い。
献血するより小さい痛みだとは、前世を思うファニーラの感覚である。
しっかり接続を確認したあとは、いつものように体内で生成して貯蔵された自分の魔素を魔力に換えて、装置へと注ぎ込んでいく。この結界魔術具は基本的に地脈からの魔素を吸い上げ変換して利用しているけれど、その他に予備のエネルギー源として、一定量の魔力を保管することになっているのだ。万が一への準備は大切なのである。
稼働時の余剰分を取り分けてもいいし、魔力を多く扱える魔術士や種族――エルフやドワーフや樹人や獣人といったあたりの旅人が提供することもある。彼らにとっても、供給することで街での商品券とか宿の割引とかで便宜を図ってもらえるので、持ちつ持たれつ、うまくまわっているというわけだ。
溜めた魔力は使わずとも、自然とこぼれて減ってしまう。妖精のつまみぐい、とか言われている。
だいたいどこの都市でも同じようなやり方ではあるが、エニアにあるこの魔術具は規模と術式の精密さから、他と一線を画した量の魔力を必要としていた。必然、予備の魔力貯蔵もそれを補える分を求められる。
さいわい、今日の貯蔵魔力量は規定の五割を越えて七割をキープしていた。これなら、ほとんど負担にならないはずだ。
が、ファニーラは「あれ?」と首をかしげる。
「なんかけっこう持っていかれてるんだけ、ど?」
点検したほうがいいんじゃないかとケイルを振り返れば、にこぉ、と、細目が糸目になった。
「昨日、ふたつめの予備貯蔵器を新設したんですよ。その分でしょうね」
「えー!?」
魔力操作を保ちながら制御盤を見れば、いつもどおりと思っていた魔力貯蔵器の状態表示箇所に新しいパーツが増えていた。具体的に言うと、貯蔵量を示すための魔石が、ひとつからふたつになっている。片方は最初に確認したとおり、八割を示す新緑色。これが満タンになると深緑だ。で、もう片方は一~二割のほぼ白に近い淡い緑。
そのふたつめが、ファニーラが注ぐ魔力に応じるように、ぐんぐんと色を濃くしていっていた。
「だまし討ちされた気分!!」
先に言えと抗議も含めて声をあげれば、ははは、と、笑われた。
「ファニーラが来るって連絡してくれたので、これは恩恵に預からないと、と。設置が間に合ってよかったですよ」
「はははははははは満タン通り越して溢れさせてやりましょうか!?」
「それはさすがに死ぬでしょ貴女」
いや分からんぞ。
マジックボックスにつっこんでるトライクにつっこんでる竜核をつっこめばマジできるかも分からんぞ?
やらんけど。
あれはあくまで破棄予定の預かりものだからやらんけど!!
「まあ、無理のない範囲でお願いしますね。これから旅の本番でしょう?」
ぐぬぬと唸りながらもしっかり魔力装填を続けるファニーラへ、彼女より長く生きてる人生先輩のエルフは笑ってそう言った。
結局、ファニーラが装置へ充填した魔力はケイルが呆れるレベルだった。
常なら数人がかりで達する三割まで埋まったと知らせる魔石を見、ファニーラを見、と砂色の瞳を往復させて肩をすくめている。
「ますます生成量跳ね上がってませんか?」
「そろそろ成熟期かなあ」
「まだ若い……とも言えませんね。ハーフはまちまちですから」
エルフもドワーフも人と結ばれることは多くないが、稀というほどでもない。そんな彼らでも寿命や魔力量は一桁差二桁差とバラけていて、これといった指標を定められないでいる。過去をたどって見るかぎりでは、長いあるいは多いほうの親よりは少なく、短いまたは少ないほうの親よりは多いという感じ。あくまで、人とのハーフなら。
これがファニーラになると、自分たちの知りうる範囲では前例なしの生き物ということもあって、まったくの手探りなのだ。魔力量はいいとして、寿命くらいは目安がほしい。
とはいえ、判断材料がないでもない。ファニーラの成長はエルフやドワーフに共通の過程をたどっているので、今が一生のどのあたりなのか、は、なんとなく分かるのだ。
「ケイル、眼を見てもらえる?」
「いいですよ」
眼鏡を外して顔を上向ければ、細い指先がファニーラの頬に添えられた。こころもち大きめに、あくまでもこころもちレベルに見開かれたケイルの眼が、ファニーラの瞳を覗き込む。
……待つこと数秒。半月が三日月に戻ると同時、ケイルの口の端も弧を描いた。
「おめでとうございます。元気な青年期ですよ」
「変な言い方が気になりますが、ありがとうございますぅ」
ケイルの周りの魔力がふわふわと楽しげに踊っている光景を、表情どおりだなあと思いながら、眼鏡を戻す。ケイルに、周囲に、満ち溢れていた魔力の主張が、それで遮断された。
眼鏡の位置を調整するファニーラの頭を、さっき頬に触れていた手がぽんぽんとはねていく。
「まあ冗談はさておいて、成熟期に入る兆候も見られませんね。気にせず世界を股にかけてきてください」
そして気が向いたら、またうちの装置も頼みますね。
にこやかなケイルの言葉に、ファニーラももちろん、笑顔を返した。