ここは エニアのまち だよ
食後の行程は好調だった。
レイルバートたちは魔獣の再発を警戒しているようだったけれど、ファニーラはゆるく景色を楽しんでトライクを走らせた。あんまりゆるくしていたから、後ろにも移ったかもしれない。
もともと街道は地脈が浅い部分に添うように作られているし、人の住む地域からある程度近い範囲には魔灰を地脈に誘導する魔術具も据えられている。最低限の安全は保証されている、というわけだ。
それでもまったくゼロにはできないから、さっきのようなことはあるし、遠くから湧いてやってくる魔獣だっている。それらについては、各自ご対処ください。自信のないかたの戦力確保はお近くの冒険者ギルドまで。ちなみに商業とか工業とかの職人系ギルドとは提携しているので、そちらの融通もお任せください。
天気にも恵まれて進んだ先で、ファニーラたちの視界は目的地を捉えた。現在まだまだ日は高く、多少の用事を済ませる余裕はありそうだ。
王都からほど近い距離にあるこの中都市の名前は、エニアという。初代大公の家名であり、現在もその家が都市を治めているのだ。王家とも婚姻だのなんだのと、血縁の関係も近かったりする。ぶっちゃけて親戚だ。
街の雰囲気は王都に似ていて、道行く人々の装いも洗練されたものが多い。食料などは都市を囲んだ一帯、半日で往復できる距離に農業酪農蓄膿を賄う村を数カ所備えている。都市自体は商業施設がメインなのだ。万が一王都が落ちた場合、受け皿になるのはこのエニアだろう。
壁こそはエニアの都市だけを覆うが、魔獣避けの結界魔術具は各村をも対象にした広範囲の代物だ。村との行き来は、充分に……むしろ、街道以上に安全保証されている。
王都よりは低い壁に備えられた門をくぐれば、エニアの街並みがファニーラたちを出迎えた。トライクは、徒歩三十分ほどの距離で降りて収納した。あのまま乗りつけるには、ちょっと見た目がごつすぎる。しかも三人乗りだし、人目を集めかねない。
というわけで、徒歩で来た。状態の三人は、こうしてつつがなく街に溶け込んで歩いているのである。
到着してやることといえば、まず宿の確保。ファニーラ一室、レイルバートとウェズで一室だ。ファニーラ馴染みの宿の主人から黒頭巾に変な目を向けられたが、初対面の相手には肌をさらさない風習の地の出だということで押し通した。ぶっちゃけノープランで来たので、とっさの言い訳になってしまったのは秘密である。でも今後はその設定を貫くことになるだろう。
旅先における拠点となる宿が決まれば、それぞれ自由に動けるようになる。
受付を終えて大きな荷物を部屋に置いたあと。宿のロビーに集合したところで、これからの予定の確認だ。ファニーラは、たしかレイルバートにも自分の用事があったはずだと思い出しながら、話を振ってみる。
「ルーさんは、大公様にご挨拶されます?」
「行きません」
王子様だから行くのかなと思ったが、意外にもレイルバートはあっさり否定した。ちょっと嫌そうだ。
「今の俺はお忍びのようなものですし、……悪い人ではないんですが、なにかといってはご令嬢たちを連れてこられるので……」
「なるほどお察しいたします。じゃあここで別行動ですね」
「え?」
婚約者候補とかってことなんだろうなあ。王子様大変だなあ。
というか、この歳まで婚約者いないっていうのも不思議だけれど。
まあ、それは庶民ファニーラが気にすることではないので、なぜだか驚くレイルバートをよそに、さくさく話を進めるりんご頭の商人であった。
「結界魔術具に魔力装填するついでに、商談のほうも少々ありますので。それではまたあとで! 用事長くなりそうでも、できれば一度、宿の夕ご飯に合わせて戻ってきてくれると助かります!」
「……え、え!? ファニーラさんが行くなら、じゃあ、」
「いってきまーす!」
「あ、……いって、らっしゃい……」
ちょうど大公邸方向に向かう馬車を窓の外に見たファニーラは、何か言いたげにしていたレイルバートにしゅたっと手を挙げて身を翻した。帰ってから訊けばいいやの精神だ。
完全に方向転換する前に見た限り、王子様の表情もそんなに重苦しくなさそうだった。むしろ、あっけにとられていたというか、少し頬が赤かったというか。だからファニーラだって、気楽に自分のいつものペースで行動させてもらったのである。
そうして、宿から数十歩の馬車乗り場まで走ったファニーラは、無事に目当ての馬車に飛び乗った。トライクより揺れの大きな座席に小さな体をすべりこませながら、ふと、後にしてきた宿を振り返る。
黒頭巾ちゃんを連れた誰かさんが、てくてくとどこぞに歩く背中を見送って、いってらっしゃいと笑ってみた。
「……あ」
「どうしました?」
「いま、いってらっしゃい、と」
「……どなたがですか?」
おかしなことをのたまう主を横目に、ウェズは、ふ、と遠ざかる馬車を振り返った。
(いや、無理だろ?)
願望ってこわい。