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2.

 デート当日。

 初心者に合わせて説明してくれた店員さんに感謝しながら、エマに言われた通りに化粧をして準備をする。

 鏡でまじまじと自分を見てみると何となく母親の面影があるなと懐かしい気持ちになるが、こんなに気合いをいれている自分に呆れてしまう。

 しかしエマに、デートと言ったからにはあの男はそれ相応の格好をしてくるはずだから、横に並ぶシズクが浮かないようにしなければと力説され渋々納得したのだ。


 チャイムの音がする。リュウオンが来たようだ。シズクは最後にもう一度鏡を見てから、少し緊張しながら外に出る。


「お待たせ。リュウオン」


 リュウオンはグレーのジャケット、Vネックのセーターにベージュのパンツといった、カジュアルながら御曹司然とした装いだった。普段は隊服しか見ないので新鮮だが、リュウオンによく似合っている。エマの言う通り自分もこの格好で正解だったなとほっとする。


 リュウオンは暫く固まっていたがハッと我に帰る。


「綺麗だ。そのワンピースとてもよく似合っている」

「ありがとう。エマが選んでくれたの」


 シズクは照れたようにリュウオンから顔を逸らして言うが、リュウオンは嬉しそうに微笑んだ。


「そうか。エマはシズクのことをよく分かっているんだな」


 じゃあ行こうか、と言って手を差し出すリュウオンにシズクは戸惑う。


「何? この手は」

「デートだから手を繋ごうとおも 」

「繋ぎません」


 リュウオンの言葉に被せるように言いシズクは歩き出す。

 リュウオンはそれは残念と言いながらも、さほど残念とも思ってないような様子で笑い、シズクの隣に並び歩き出す。



 防具や文房具雑貨などお互いに興味のあるものを一緒に見て周り、公園で少し休憩することになった。

 中央に噴水があり周りにはベンチがおかれていて、普段から賑わっている。所々には飲み物や軽食の屋台があり休憩にはもってこいの場所である。学院の隣にあるので、シズクもよく息抜きにふらりと立ち寄るお気に入りの場所でもある。


 慣れない靴で歩き回り少し疲れていたシズクはベンチに座りほっとする。リュウオンは飲み物を買いにいったようだ。


 噴水をぼんやりと眺めているとリュウオンが飲み物を両手に持って戻ってきた。

 片方をシズクに差し出してシズクの隣に座る。

 お礼を言って受け取るシズクにリュウオンが気遣うように聞く。


「悪い。疲れたか? つい自分のペースで周りすぎた」

「ううん、平気。でも体力は落ちてるのかも。軍の訓練みたいな運動はもうしてないから」


 笑って答えたシズクだが、リュウオンが黙ってシズクを見つめる。

 陽が傾き空は薄い青にオレンジ色が滲みピンクの雲が浮かんでいる。

 妙な沈黙にシズクは戸惑い、どうかしたのか問おうとしたとき、リュウオンが不意に口を開く。


「最後に行きたい場所があるんだ」

「うん? いいよ」


 そこは公園の一角にある見通しの良い小高い丘のような場所だった。


 ここに向かう途中から雰囲気の変わったリュウオンから緊張を感じ取り、シズクは少し不安になる。自分の足元が崩れてしまうのではないかという不安定な心地になり自然と足元を見てしまう。


「シズク」


 リュウオンは何かを決意したようにシズクを見る。

 シズクが顔を上げると空は紫と朱色のグラデーションに変わり、輝きを増した太陽に照らされたリュウオンの赤茶の髪と瞳が燃えるような赤色に見えた。


「俺はシズクのことが好きだ。結婚を前提に付き合ってほしい」


 何の返答も出来ないシズクにリュウオンは真剣な顔で言う。


「シズクが俺のことをそういう感情で見ていないことはわかっている。でも考えてほしい。返事はいつでもいい」


 言い切ってすっきりしたのかリュウオンはふっと笑ってシズクを見つめる。


「今日はありがとう。デート楽しかった。シズクは? 楽しかったか?」

「……うん。楽しかった」


 シズクは絞り出すようにようやく声を出すが掠れてしまった。


「それなら良かった。陽が落ちると寒くなる。家まで送るよ」


 シズクは帰り道での記憶が残らないほどぼんやりとしながら歩いていた。部屋に入る直前にリュウオンにゆっくり考えてと言われた気がするが、何も考えられない。

 取り敢えず着替えてお風呂に入って寝ようと切り替えることにしたシズクだが中々寝付けない夜を過ごした。



 エマとの約束の日になった。

 ここ数日は仕事中にデートの日のことは極力考えないようにしていた為、仕事に支障をきたさなかったが、今日はそういう訳にもいかなかった。様子が違うシズクに気付いた他の教師に体調が悪いのかと心配されてしまった。若干落ち込みつつもエマに指定された店に向かう。


 店に着き名前を告げるがまだエマは来ていないようだった。

 先に席について待っている間にエマにどうやって話すかぼんやりと考える。


「ごめんなさい、お待たせしたわね」


 エマが来たようだ。店の中が一気に華やかに色付いたような雰囲気になった。彼女は今日も優雅で美しいなとシズクが現実逃避していると


「あら、どうやらお困りのようね」


 とエマは楽しそうに微笑んだ。



 エマが席につくなりシフォンケーキと紅茶が運ばれてくる。エマが先に頼んでいたようだ。

 これで逃げられなくなっただろうといった様子でエマはシズクを促す。


「さあ、何があったのか話してごらんなさい。大体察しはつくけれど」

「……リュウオンに好きだと言われた。結婚を前提に付き合ってほしいと」

「でしょうね」


 シズクの言葉にさもありなんとエマは頷くが、すぐに不思議そうに問いかける。


「シズクも気付いていたのでしょう? あの男がシズクのことが好きだって」


 自分の感情にこそ鈍いとはいえ他人の観察力は鋭く、長官として隊をまとめていただけあって人を見る目は確かであるシズクが何に戸惑っているのか不思議だったのだ。

 シズクは苦虫を噛み潰したような顔で答える。


「好意を持たれていることは何となく分かっていたけど、真剣に結婚まで考えているとは思わなかった」

「そう? 真面目な男なのだから不思議ではないでしょう? むしろ次期元帥と名高い伯爵子息との結婚なんて普通の娘なら玉の輿に乗れてラッキーと思うじゃない」

「だからこそ、彼には相応しい結婚相手がいると考えていたし。私に好意を持っているのは周りに唆されてその気になっているだけだと思って、一線引いているはずだったんだけど」


「それはさすがに彼に失礼だわ。それにシズクも自分を卑下し過ぎよ」


 少し怒ったように言うエマにシズクは黙ってしまう。


「ごめんなさい、言いすぎたわ。そういうことだったのだね。でも彼がシズクを思う気持ちは本物よ。それを踏まえて、シズクの気持ちは……どうなの?」


 空気を変えるように明るい声で聞くエマに、思い切ったようにシズクが話し出す。


「私の母親は庶民で父親はある貴族の子息だった。結婚に反対された母は結婚を諦めたけれど妊娠に気付き、逃げるように隣国に渡った。母が不幸だったとは思わない。私のことをとても大事に育てて愛してくれたし、毎日楽しそうだったから。でも貴族が結婚するとは簡単なことではないと思ってる」


「それは……」

「まあ、自分の気持ちはわからないっていうのが正直なところなんだけどね」


 言葉に詰まるエマにシズクは自虐的な笑いを浮かべながら答える。


「そうなのね。取り敢えずそのままのシズクの気持ちと考えを彼に伝えてみたら? シズクは自覚がないみたいだけど、周りがわかるくらいにシズクにベタ惚れなんだから、誠実に受け止めてくれると思うわよ」


 思わぬ言葉にシズクは驚く。


「え、ベタ惚れ……?」

「そうよ。なんなら外堀埋められてシズクが逃げられなくなりそうな勢いよ」


 エマは呆れたように言うのでシズクは困惑した表情を浮かべる。


「だから、嫌になったらいつでも言って。今はシズクの幸せの為にあの男に協力しているけれど、私はシズクの味方なのよ。シズクが嫌だと思ったら何がなんでも潰してやるわ」


 無駄に迫力のあるエマの笑顔に心強く思うとともに、絶対に敵に回すまいとシズクは誓った。



 自宅への道すがら、リュウオンのことを思い返す。

 昔から周りをよく見ていて気の利く男だった。冗談を言いながらも決して軽薄ではなく、人との距離感を的確に測り人の心を掴むのが上手かった。

 とある事情からシズクが隊長、リュウオンが副隊長という役職ではあったが、彼は上に立つ素質があるのだろうとシズクは常々感じていた。


 出会った当初こそ、リュウオンから不信感や敵対心を感じていたが、いつからか信頼できる仲間のひとりとなっていた。

 リュウオンからの好意は仲間に対する、親愛のちょっとした延長のものだと思っていたのだ。だから告白されたときは戸惑わずにはいられなかった。


 それなのに、あの日からリュウオンのことを思い出すたびに胸が締め付けられる。リュウオンのことが好きなのか、答えが出せない自分をもどかしく思った。


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