コラム4 集合知 × ランキング × 功罪 みたいな
投稿サイトで作品を選出するシステムとしてランキングシステムを導入しているところが多いです。
すべての作品を同じ条件で評価する方式のランキングシステムでは、人気小説がすぐに分かるようになり、投稿サイトに多くの読者を呼び込みました。
期間ごとや、ジャンルごとに区切られたランキングにより、読者の探索する時間や労力を大きく削減することができました。
『作品を探す』という行為は意外に難しく、自分が読みたい作品を見つけるのはスキルが必要だったのです。それがランキングという自動選出システムの登場により、少ない労力で良作が見つかるようになったのです。
またランキングに載ることで多くの人に閲覧してもらえるようになり、作者の方もランキングを目指して切磋琢磨するようになり、多くの良作が生み出されていったのです。
魔法のiらんど、小説家になろう、pixiv、ニコニコ動画など多くのサービスがランキングにより多くのユーザーを獲得し、多くの作品が生み出されていったのです。
しかしながらランキングは万能ではなく、導入しても芳しい効果を挙げることなく、逆に不正の温床となって失敗することもあります。
なぜランキングが機能するところとしないところがあるのかは、ランキングがどういう仕組みで動いているか知ることが必要です。
今回はランキングについて見ていきたいと思います。
基本的にインターネットにおけるランキングシステムというのは集合知を利用したシステムです。
集合知とは多数の主張が作り出す知性のことです。
簡単に言うと、たくさんの人の意見や知識を集めてみると、そこからより高度な知性が見つかるというもの。大勢の人々の意見や知識を集めることによって優れた意思決定を行おうことができます。
この集合知は特に正解があるものに対してはかなり強い力を発揮します。
集合知の有名な例として『太った雄牛の体重当てゲーム』や『瓶の中のジェリー・ビーンズの数当てゲーム』があります。
『太った雄牛の体重当てゲーム』は20世紀初めのイギリスの家畜見本市での出来事です。
家畜見本市で太った雄牛の体重を当てるクイズを行なったところ、投票した787人の推定値の平均は1197ポンドで、正解より1ポンド軽いだけでした。
この結果はほとんど参加者よりも誤差が小さかったのです。
また『瓶の中のジェリー・ビーンズの数当てゲーム』は、経済学者のジャック・トレイナー教授が、教室で瓶のなかのジェリー・ビーンズの数を推定させました。
56人の学生の推定値の平均は871個で、これまた正解より21個多いだけでした。これより誤差の小さい推定をした学生はたった1人しかいませんでした。
これらの結果は個人個人の推定精度がいまいちでも、多くの人を集めればそれだけ正解に近いものが得られるというものなのです。
基本的に集合知は正解がある場合に効果的に働きます。ですが行動の最適解や、選択肢の中から優れたものを見つけ出すなどにも利用されます。ビッグデータによる統計解析も集合知を利用したものなのです。
この集合知はインターネットシステムができてから非常に活用されることになりました。
集合知はその集団規模が大きくなるほど効果を発揮するためです。距離を無視することができるインターネットでは多くの集団を確保するのが容易で、集合知を効果的に利用することができたのです。
ランキングも集合知を上手く利用したシステムです。多くの人が参加して作品を選出システムは効果的に良作を発掘していくこととなったのです。
集合知は便利なシステムと思われますが、集合知が成り立つ条件というのも存在します。
■スロウィッキーの集合知発現条件
1. 『多様性』
参加者の価値観や判断基準が多様であること。
要するに色々な価値観を持った人がいることですね。偏った価値観の人がいてもいいですが、偏った同じ価値観の人が多いとダメです。
2. 『独立性』
他の参加者の意見や行為に関係せず独立になされること。
それぞれの意見は他の人に影響されたものではなく、自分で決めたものであることが大事です。他の人がこれだというからはダメです。
3. 『分散性』
参加者の視点や行為が散らばっていること。
基本的に各個人が直接得られる情報に基づいて判断する必要があります。二次情報や、誰かからの視点で見た情報からではダメです。
4. 『集約性』
参加者の意見や行為が集約すること。
これは投票システムや、運営側の仕組みですね。どういう風に意見を集めるかを決めたものです。いくら集団が大きくても、投票する仕組みがダメだとうまくいきません。
なろうで言うならブクマとポイントですね。
5. 『大規模性』
参加者の人数が十分大きいこと。
これが集合知で一番大事なところです。
1,2,3の条件は、参加者がそれぞれ独立である必要を意味しています。
4はランキングシステムの仕組み。
5は多様性や独立性、分散性が成り立った上で精度を上げるために必要なものになります。
これらの条件を満たせなければ、集合知は役に立ちません。
これを見ると、よく小説投稿サイト界隈で不正行為と呼ばれるものは、集合知を妨げる行為であることが分かります。
『複垢』 同じ人間が複数回投票できる。
『評価依頼』 その人ではない価値観が入り込む。
『相互評価クラスタ』 その人ではない視点が入り込む。
これらは多様性、独立性、分散性を壊すものです。
ランキングの仕組みをわかっているところはこういった行為に厳しく対処します。そうでないとランキングシステム自体が破壊されるからです。
ランキングだけ搭載すればいい、そんな考えて実装しているところは痛い目にあってしまうのです。
特に新規で参入してくるところはランキングなど無意味に近いです。
何故なら、5番目が満たせないから。
立ち上げ初期はランキングは搭載しない方が有効だったりします。十分参加者が多くなってからではないと、実はあまり効果的ではないのです。
またランキングは副作用もあります。
それは作品を凝縮、先鋭化させてしまうことです。多様性が失われるリスクがあります。
これは小説家になろうや魔法のiらんどでも起こったことです。
ランキングを導入すると必ずランキング上位にアクセスが集中してしまいます。そうなると、ランキング上位を巡ってのいざこざや既得権益層、人気ジャンル、人気要素が発生することとなります。
ランキング上位組のパターンを真似すれば似たようなアクセスが望めるかも、順位が期待できるかもとクローン、いわばテンプレが多数展開され、多様性が損なわれてしまいます。
それが魔法のiらんどでのケータイ小説、なろうで言う異世界テンプレなのです。
こうなると集合知は効果を発揮できません。
ランキングが個人に影響を与えることによって個人の多様性、独立性、分散性が失われるからです。
ランキングに載っている作品がすごいという価値観が根付いてしまう、それを目当てに登録するユーザーが増えていくに従い、多様性が失われていきます。
参加者の集団が変わること。それがランキングの弊害でもあります。
特にランキング対策がされるとそれが加速していきます。書籍化という報酬系によっても歪みは加速されていくのです。
運営側もそれをわかっていて、多様性をなるべく確保するために、ランキングの種類を増やしたり、期間を区切ったり、ランキング指標を調整したりするところもあります。
小説家になろうが異世界隔離政策をとったのもそれが理由だと思います。まぁ根本的には解決していませんが。
ランキングはそのサービスそのものを歪めて、多様性を失わせる効果を持っているのです。蟲毒に近いものがランキングシステムなのです。
多様性を目指すサービスならできるだけ避けるべきシステムなのです。
歴史が繰り返されるのはもう実証済みなのです。
このような経緯もあり、最近ではランキングというものを導入しないところも出てきています。
それのもっともな例がnoteです。
noteはランキングシステムを採用していません。それでもあれだけ巨大なサービスに成長しています。
なぜnoteがランキングを採用せずに、これだけのサービスを作り上げることができたのかはこの記事にあるスライドを見るといいと思います。
『ビジネス、テクノロジー、クリエイティヴの バランスをとるには?』note
https://note.com/fladdict/n/nebde4365c1b1
ランキングが流行り始めてから結構経ちましたが、そろそろ転機を迎えつつあります。
AIによるおすすめ、機械学習など、徐々に技術が進化していき、大衆が求める作品ではなく、個人が求める作品を提供するコストが小さくなってきており、精度も上がってきています。
またランキングシステムに代わる仕組みも色々と試行錯誤されてきています。
しばらくしたら次の流行が出てくるのかなと思います。
とは言え、まだまだランキングは人気のシステムであることは違いありません。
ランキングが投稿サイトを強くしたものでもありますし、人気作品を生み出した制度であることも事実です。
ただ、ランキングは諸刃の剣で、結果的にサービスをゆがめたり、寿命を縮めてしまう場合もあります。
そのリスクを知って使うのならばいいですが、何も考えずにランキングを導入する投稿サイトさんは、そのあたりを間違うと痛い目にあいますよというお話でした。
西垣 通 他『角川インターネット講座6 ユーザーがつくる知のかたち 集合知の深化』KADOKAWA (2015/3/25)
『ビジネス、テクノロジー、クリエイティヴの バランスをとるには?』note
https://note.com/fladdict/n/nebde4365c1b1
『ランキングの功罪』【ネタ倉庫】ライトニング・ストレージ
http://www.jgnn.net/ls/2019/11/post-19182.html
志村正道『集合知とウェブ』
http://www.comm.tcu.ac.jp/kiyou/no10/1-04.pdf




