●かわいい人
スライムの姿は人間には見せない。
禁じられているわけではないが、理由もなく亜人を嫌う人間は多い。
さらに思考型スライムは、亜人のカテゴリからも離された存在だ。
存在するだけで疎まれることさえある。
せめて、自分から言えればよかった。
そのつもりはなくても騙していたと思われても仕方がない。
こんなの、嫌われる!
助けてもらったのに!
……もちろん、つぶされることなんて何でもなかったけど。
なら、嫌われたって別にいいのでは?
レティシアさんの魔法は攻撃的じゃないから、怖くないし。
なのに……
「きゃ!」
レティシアさんが体勢を立て直し、ワタシを見たとたん小さな悲鳴を上げる。
「はわわわわ! ごめんなさい、ごめんなさい! 普段擬態が解けることなんかないんですけど! はわわわわ」
嫌われる。
嫌われた。
意味もわからず絶望して、なのに口から出るのは間抜けな言い訳だ。
「マリオンさんはスライムなんです。擬態していないと不便なのですが、いつも同じ人だと混乱するので、日替わりで別の人になっているんです」
エリヴィラさんの説明が聞こえていないのか、レティシアさんはぽかんとした表情でワタシを凝視する。
その顔が嫌悪にゆがむのを見たくない。
目を閉じようにもスライムの体に目と言う器官はない。
視覚に相当する情報を体の表面で読み込む。
否応なしに叩きこまれる情報から、逃れることはできない。
表情が変わる。
吸い込んだ空気が、声となって吐き出される。
「かっ、かわいい!!」
「ふえっ?」
はい?
予想外の言葉が来た。
どんな罵倒をされても受け止めてやろうと身構えていたのに、かわいい?
よりにもよってその言葉!?
もしかして嫌味か何かではないかと思ったが、レティシアさんの表情は本当に心底嬉しそうで。
ワタシに抱き着こうとでもするように、素早く伸ばされた手がぴたりと止まる。
「マ、マリオンちゃん、触ってもいいかしら?」
「はひっ!?」
許可?
許可を取るの?
スライムに触ることの?
「あう……いい、ですけど……」
「ありがとう!」
探るような指先でそうっと触れてくる。
どうせスライムなんだから、どんなに乱暴に扱っても平気だって……わかっているはずなのに。
壊れ物の宝石みたいに。
ううん、普通の女の子に触るみたいに。
「抱っこしてみてもいいかしら?」
「ふぇっ!? 抱っこ!?」
「だめかしら?」
ちょっと困った様子で、首をかしげてのおねだり。
……かわいい。
このしぐさがかわいいのはわかっている。
だけどワタシがわかっているのは、記号として叩き込まれたかわいいで……
これが自分に向けられた時に、どうなるかなんて考えたこともなかった。
「……いいです……けど」
「ありがとう!」
くるくる変わる笑顔のためなら、何でもしてあげたいと思ってしまう。
この人は、かわいい。
ワタシのように計算もなく、ただかわいい。
「かわいいわねぇ」
レティシアさんはワタシを胸に抱き、何度も撫でる。
彼女の腕の中は温かくて、柔らかくて、撫でる指は気持ちよくてとろけてしまいそうになる。
「うふふ。ぷにょぷにょねぇ。かわいいわぁ」
「お義姉さま、大丈夫なんですか!?」
「何が?」
「その、スライムに触ると溶けるとか聞きますし」
グローリアさんとエリヴィラさんは、不安を隠そうともしない。
これが普通の反応だ。
「溶けるの?」
「だだ、大丈夫です!!」
ワタシは思考型スライムなので、溶かすものは自分で決められる。
そうでないとスライムの時には、床に落ちてる有機物のゴミや虫の死骸なんかを無意識に食べることになってしまう……絶対ヤダし、そんなことしていると思われるのはもっといやだ!
「きょ、強化してます。表面は溶けないです!」
「じゃあ、強化してないと溶けるの?」
「溶けないです! 溶けるけど、溶けないです! 生きてるものは力が強いので溶けないです!」
……だから思考能力のないスライムは、いったん飲み込んで内部で窒息させてからゆっくり溶かすのだけど、それは言わないでおこう。
ワタシが説明をしている間も、レティシアさんはずっとワタシを撫で続けている。
う……やっぱり不安だから、一言注意だけはしておこう。
「スライムにはうかつに触らないほうがいいですよ。ワタシは表面の強化をしてますけど、思考能力のないスライムは触れたもの何でも溶かそうとしますから」
「あら、気を付けるわ。けど、それならマリオンちゃんを触るのは何も問題がないってことね」
「そうですけど、スライムなんか触らなくても」
「ええ~? 触りたいわ。こんなにかわいいんですもの」
「う、う、う~」
かわいいと言われると、なんだか不思議な気分になる。
擬態している時にかわいいと言われるのは、嬉しい。
学んだかわいいをしっかり実行できているってことだから。
だけど、スライムの時にかわいいと言われても、どうしたらいいのかわからない。
混乱するワタシを助けてくれたのは、時間だった。
授業の開始が近づき、みんな自分の席に戻っていった。
エリヴィラさんの姿になった私は、いつも通り静かに授業を受ける準備をする。
そういえば、人間に抱かれて撫でられるなんて……初めて、だったな。
まぁ、あの人も満足しただろうから、もうワタシにかかわろうとはしないだろう。
きっと……




