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●終わりの始まり

 外から聞こえるざわめきにワタシは目覚めた。

 もうそんな時間か。


 夕食の時に持ってきたパンを取り込み、手帳で今日の姿を確認する。

 今日はエリヴィラ・ストルィギナさんか。


 日替わりの擬態がまた自分のクラスに戻ってきてしまった。

 エリヴィラさんは面と向かって文句を言ってくるタイプではないのでまだましだが、先のことを考えるときが重い。


 自分に擬態したワタシを嫌う人は多い。

 仕方ない。

 だって、ワタシはかわいいから。


 自分と同じ姿をした、自分よりかわいいワタシを見たくないのは当たり前だ。


 物心ついてずっと、ワタシはかわいいを叩き込まれてきた。

 人間が求めるかわいいを、わかりやすく、大げさに。


 すっかり体に染みついてしまって、無意識の行動になっている動き。

 ゆるく握って口元に寄せる手。

 小さな歩幅。

 傾げた首。

 言葉を発するたびに、軽く頷く。

 舌足らずな口調。


 叩き込まれた偏見に満ちたかわいい。


 だけど、人間はこのかわいいが好きなのだ。

 特に、この地で権力を持つ人間の男たちには。


 反吐が出る。


 だけど、仕方ない。

 生きるためなのだ。

 かわいいが何なのかなんて、どうでもいい。


 内部に取り込んだパンが消化されたのを確認して、ワタシはエリヴィラさんの姿になる。

 今日は実技もないから、制服も擬態で済ます。

 髪型や服装を気にしなくてもいつも完璧に思い通りに擬態できるのは、スライムの特権だ。

 身支度いらずなので、朝はギリギリまで眠っていられる。

 それにしても、擬態をすると部屋が途端に狭くなる。


 いつか、自分の……自分だけの姿を持てるなら、小さな体がいいかもしれない。

 その方が部屋が広く使えるし、きっとかわいいから。


 ……かわいいから。

 そんなことを考える自分が、本当に嫌になる!




 教室には早めに入る。

 なるべく擬態した本人と顔を合わせないように。


 同じクラスだと、どうしても会うことになってしまうけれど……私が自分に擬態していることに気付いた瞬間の驚きと嫌悪の表情。

 先に席について本でも読んでいれば、その顔を見ないで済む。


「今日もご機嫌麗しゅうございます」

「おお、おはようございますっ」

「はよ」


 挨拶の声が響く中、ワタシはじっと机に組んだ手を見つめる。

 エリヴィラさんの手はきれいだ。

 指は細く長く、爪は小さいがきれいに整えられている。

 ワタシが意識しない所まで、再現するのはスライムと言う種族であるせいだろうか?


「エリヴィラさん、どうしてこの席に?」

「ぇえ?」


 突然声をかけられて、ひどく驚いた。

 ワタシに声をかけてくる人なんていないから。


「あら? 席替えでもあったかしら?」


 ゆったりと微笑みながら、少し腰を曲げて顔を近づけてくる。

 濃い紫色の瞳を、淡い色のまつげが覆う。

 ほんの少し首を傾げて、さらりと髪が揺れた。


 ああ、きれいだな。

 基本の『かわいい動き』なのに、不思議ときれいだ。


 一瞬見とれて、ワタシを覗き込んだのがレティシアさんだと気づく。

 そうだ、あの時のお礼を言わないと!

 ゴーレムはワタシを傷つけることはなかっただろうけど、助けてくれたことには変わりない。


 助けてくれた。


 スライムである私を助けてくれる人なんて、いままでいなかった。

 だから……


「ち、ちがいます。席替えは、ないです」

「そうよね? じゃあ、どうしてこの席に? あ、お友だちとおしゃべりでもしてた?」

「や、あの、そのっ」


 ……どうしよう。

 この人、ワタシをエリヴィラさん本人だと思っている?

 擬態しているのに気づいてない?

 ワタシがスライムだと知らない?


 どうしよう……


「お友だちができたなら、紹介してね」


 ほほ笑む彼女の前で、ワタシはどうしていいかわからなくなる。


「ち、ちがっ、違うんです」

「違う?」


 ワタシがスライムだと知ったら、彼女はどんな反応をする?

 紛らわしいと憤慨するならいい。

 慣れている。


「ちがうんです、ワタシ、ちがうんですっ」

「えぇ?」


 けれど、スライムだという理由で嫌悪されたら……っ。


「おはようございます」

「おはよう、エリヴィラさん……え?」


 なんと説明すればいいか決めかねているうちに、エリヴィラさん本人が教室に入ってくる!


「ああ、今日は私の番なの?」

「はい……。ごめんなさい」


 エリヴィラさんの言葉にとっさに謝ってしまう。

 もう、謝るのは癖になっている。


「あの、どういうこと?」

「え? ああ。お姉さまが来てから、このクラスの順番が来たのは初めてでしたね」

「エリヴィラさん、私にはどうなっているのかさっぱりなんだけど。このクラスにエリヴィラさんのそっくりさんなんていなかったわよね?」

「えっと、何から話せばいいのか。とにかくその私の姿をしている人は、マリオン・ルールさんです。

「マリオンさん? え? このクラスにはマリオンさんが二人いるの?」

「いえ、一人です。あの時ゴーレムの暴走に巻き込まれたマリオンさんです」

「はい……」


 淡々とワタシについての説明がされていく。

 肝心なことは濁されたまま。

 真綿で首を絞められるとは、このことだ。


「えええ?」

「マリオンさんの魔法は『擬態』なんです。なので今日は私に擬態しているんです」

「擬態。擬態ね。なるほど、そういうことなのね! それにしてもそっくりねぇ」


 まじまじと顔を見られる。

 見られているのはエリヴィラさんの顔だとわかっているが、どうしてもいたたまれない気分になる。


「あぅ~」

「声もそっくりねぇ」

「あぅ、そんなにじっと見られると、はずかしぃです」


 本当に恥ずかしい。

 沁みついた自分の『かわいい』行動や口調が。


「ごめんなさい。あ! そうだ、ゴーレムの時大丈夫だった? ケガはなかった?」

「そ、それは、平気です。ぜんぜん問題ないです。ごめんなさい、ワタシなんかのためにケガをさせてしまって」

「なんか、なんて言わないでほしいわ。本当によかったわ、ケガがなくて」

「あのあの、けど、もう、あんなことしないでください」

「それは、どうかしら? 誰かが危ない時に助けるのは当たり前でしょ? あなたがどんなに強くても、助けられる時には助けるわ」

「でもでもっ」


 ワタシがスライムでも、アナタは助けてくれますか?


 言わないと。

 せめて自分で言わないと、自分の正体を!


「お姉さま、ああいった時にはマリオンさんは大丈夫なんです」

「大丈夫と言ったって……」

「マリオンさんは、物理攻撃が効かない体質なんです」

「物理攻撃無効!? すごい! すごいわ!」

「あ、そんな、そんな。ワタシのは種族特性みたいなもので、代わりに魔法にはすごく弱くて」

「種族?」


 このタイミングだ、今しかない!


「お義姉さま! おはようございまぁす!」

「はぅ!」


 口を開く前に、急にレティシアさんがバランスを崩して倒れ込んでくる。


「!?」


 その瞬間になぜか突然擬態が解けた!

 どうして?

 理由はわからないけれど、……ああ、終わったんだ……な。


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