●ワタシはマリオン
かわいい。
かわいい。
かわいい。
かわいいには色々な意味がある。
少女たちはあまり考えることなく、感覚でかわいいと言う言葉を使う。
かわいい。
かわいい。
だけど、思考型スライムに置いて、かわいいはそんなに簡単なものではない。
なぜなら『かわいい』は、ワタシたちの生存戦略なのだから。
私はマリオン。
私は、思考型スライム、マリオン・ルール。
ルールは、スライムに思考を植え付けた魔法使いの名前。
先の大戦で兵士の補強をして作られた思考型スライムは、大戦の終結時に廃棄される予定だった。
だが、そうはならなかった。
理由はただひとつ。
『かわいい』から。
廃棄される予定だった初代は、大戦で命を失ったルールの娘の姿を写していた。
それが作戦だったのか、ルールの要望であったのか、偶然であったのか……今はわからない。
だけどそのおかげで、ルールはスライムを廃棄することができなかった。
自分の娘を、自分の娘の姿をしたものを殺すことは出来なかったから。
思考型スライムは数多く作られたが、終戦時にはほんのわずかしか残っておらず、その僅かに残ったスライムは分裂の機能を封じられ生きることを許された。
夫婦の間で子をなすことのみで増えるしか無くなった思考型スライムの、私は四代目だ。
ひっそりと亜人特区で暮らしていた私がリリア魔法学園に入学したのは、シューティークロート家の意向だ。
一人娘のメフティルトさんの入学を機に、亜人の権力を少しでも強くするため権力争いとは無縁だった『女の子』たちをかき集め送り出した。
教育は、権力を得るための足がかりになる。
だけど、ワタシには権力など無縁なことだ。
思考型スライムはスライムと言う魔物に属するが、人間の手が入った生物でもある。
亜人でもなく、人間でもない。
どちらにも属しているようで、どちらにも属せない。
それでも、両親はワタシをこの学園へと送り込んだ。
理由は『魔法を知るため』。
スライムにとって、魔法は弱点だ。
それを知ることは、これからワタシが生きるために大きなプラスになるだろうから。
とは言っても、ひどい話だ。
周りはみんな魔法使いで、いたずらに行使される魔法のひとつでワタシは消滅させられてしまう。
基本的に品のいい生徒ばかりなので、授業以外で魔法の行使はほとんどないのが幸いだが、事故はいつ起きてもおかしくないし、文字通りの飛び火で私は死ぬし、良くても大けがだ。
なので実技の授業は苦手で、今日は気が滅入る。
魔法学園に入学はしたが、ワタシの擬態は魔法というより種族の特性だろうし、あちこちで行使される魔法は恐ろしい。
普段は高い耐魔を持つメフティルトさんが傍に置いてくれるのでひとまず安心だが、こと実技になるとただでさえ恐ろしい魔法の威力を高める彼女は怖い。
もしもの時のために、今日は制服を擬態せずに着てきているが、本当に火の粉ぐらいしか払えないだろう。
けど、実技で分けられたこのグループは落ち着く。
メフティルトさんは少し怖いけど、ロズリーヌさんの魔法は精神攻撃だからワタシには効かないし、レティシアさんの解呪もきっと平気。
気になるのは、エリヴィラさんのゴーレム術。
ゴーレムは今まで見たことがないから、見ておかないと!
全体に魔力を纏わせるエンチャント系なら警戒の必要ありだが……これは内部に魔力の糸を這わせるマリオネットのようなものか。
なら、怖くない。
けど、魔力の糸に触れたらどうなるのだろう?
危ない?
「なっ。どうしっ、止まって!!」
突然エリヴィラさんが叫ぶ。
ゴーレムをつないでいた支柱が砕ける音がした。
おや、暴走か。
魔力がゴーレム内部に溜まり、外からの補給無しで動ける状態?
メフティルトさんの魔具に対する増幅が、内部に溜まった魔力にだけ反応して外からの命令を受け付けなくなっているのだろう。
まあ、これならワタシに危険はない。
近くでしっかり観察しておこう。
ゴーレムの鎧が倒れてくる。
いい機会だからちょっと触っておこうかな。
「逃げて!!」
なんてことを考えていたぐらいなので、この声がワタシに向けられたものだとは思わなかった。
だってワタシはスライムで魔法以外なら怖くない。
切られても刺されても潰されても平気。
それを知っているから、誰もワタシを助けにこようなんてしない。
「こっちよ!」
制服の袖がぐいっと引かれて、景色が流れる。
え?
やわらかな銀髪が目のはしに見えた。
レティシアさん?
危ないのはアナタじゃ?
アナタは潰されたら死ぬのにワタシのために?
ぎっと、と鎧が動きを止める。
「レティシアさんっ、今のっうちにっ」
「エリヴィラさん!?」
ギリギリまで近づいて、エリヴィラさんが命令を通す。
「くぅ」
でも、もう魔力は使い切るんじゃないかな?
あんなに激しく動いたら消耗は激しいだろうし。
「危ないっ!」
案の定、ゴーレムはほぼ魔力を失いながら倒れこむ。
レティシアさんは、ワタシと共にエリヴィラさんに飛びつき、かばうように胸に抱いた。
ああ、暖かい。
人は暖かいんだ。
とっさにスライムに戻り、床と二人の間に入り込む。
なぜだか、この暖かさを失いたくなかったから。




