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わからないがわかるまで

 マリオンちゃんは組んだ手に目を落とす。


「わからなくなっちゃって」

「わからない?」


 なにが?


「はい……ワタシが、どんな姿が欲しいのか、それがわからなくなっちゃって。考え始めると姿が崩れてしまって……」

「それが、擬態をしすぎるとよくないってことなのかしら?」

「……!! ああっ! そっかぁ!」


 うわ、びっくりした!


「そっか! そーだったんですね! ……てっきり遊んでないで勉強しなさい。ってのを言い換えただけだって思ってました! そうなんだぁ。……ちゃんと言ってくれたらいいのにぃ……」

「大人の言うことって時々すごく回りくどいものね」

「は、はい……」

「でも、難しいわね。擬態の練習は必要なのに擬態をしすぎちゃいけないなんて」

「……ワタシたちは種として新しいから、大人もよくわかってないのかもです」


 種として新しい。か。

 なんかメフティルトちゃんが、そんなよーなこと言ってたっけか。

 異世界ならではの面白い言い方だな!


「種、ね」


 なんかカッコイイ!

 なんかカッコイイけど難しいな。


 うーん、つまり新しいから、自分の種族に関するノウハウの積み重ねがないってことだよな。

 例えば風邪を引いたらこの薬草が効く! とかの情報がないってことか?

 うわ!


「それって大変なことよね? 知らずに無理してない? 擬態の練習で無理させてしまってないかしら?」

「な、ないです!! 無理してないです!!」


 マリオンちゃんは勢いよく首を振る。

 勢い良すぎて三つ編みがムチ!

 あぶねっ。


「ワタシ、初めて誰かに擬態して楽しかったんですっ。初めて、擬態することで喜んでもらえたから!」

「初めてだなんて、大げさね」

「本当に、初めてなんです。擬態して喜ばれるなんて。いつも、嫌がられていたから。自分に擬態した存在があるのって、嫌、ですよね。ワタシだって自分だけの姿を真似されたらきっといやだと思うです」


 うーん。

 そこ、難しいところなんだよなぁ。


「なのに、それを自分でやらなきゃダメで……うぅ。ごめんなさい。なんか、変なこと言っちゃってます。自分でも何言ってるのかよくわかんなくなってきちゃいました。

「いいのよ、わかんなくても。話して、聞いてるから」


 俺にアドバイスできることなんてないだろうから、せめて話を聞いてスッキリぐらいはしてほしい。


「はい……」


 しばらく、マリオンちゃんは黙って自分の手を見つめる。

 ううーん。

 愁いを帯びた表情、いいですな。


 エリヴィラちゃんの姿なんだけど、エリヴィラちゃんのしない表情があって、ここにいるのはマリオンちゃんなんだよなぁ。

 ってしみじみ思う。


「ワタシ、自分だけの姿が欲しくて。それは、本当なの、です。だけど、姿なんてどうでもいいのかもしれないかも」


 ぽつりぽつりとマリオンちゃんが話し始める。


「授業が受けられる形なら、それでよくて。でも、自分だけの姿はなくて。誰かの真似をして嫌がられるの、ワタシもやだ」


 組んだ手に力が入り、爪の先が白くなる。


「それでも、誰かの姿を写さなくちゃダメで。ずっとは悪いから毎日変えて。けど、いろんな姿をしてると混乱しちゃう。自分の姿がわかんなくなって、姿と気持ちが違うのはつらくて」


「なんて、こんなのわかんないですよね。ワタシなのに、ワタシじゃない姿になる気持ちなんて……」

「わかるわ!」


 食い気味に俺は答えた。


「ふぇ?」

「わかるわ。マリオンちゃんのその気持ち」


 わかるわけねーだろと思うだろうが、マジ分かるのだ。

 俺は異世界転移者だから!

 魂だけ転移するタイプの異世界転移者だから!!


 いやー、レティシアの体に入ってだいぶたちましたが、最初は大変だったもん。

 体がボロボロの状態から開始して、リハビリといっしょにレティシアの体になじめたのはかえって良かったかもだけど。


 それでもボーっとしてると直人の時の感覚で動こうとして、ミスったりするんだよな。

 ……レティシア、スタイル良すぎてなぁ。

 具体的に言うと、手足が長いのである!

 直人の感覚で物取ろうとして、突き指しかけたりな。


 後、レティシアの姿を借りてる後ろめたさも……ちょっと。

 リゼットちゃんと話してる時とか、な。

 かといって『中身は違う人です』とかカミングアウトしても信じてもらえないだろうし、信じてもらったらもらったで、レティシアがいなくなったって悲しませることになるよなぁ。


 これは多少後ろめたくとも黙っとくしかないのだ。


 とにかく、姿と中身が違う辛さはほんっとーによくわかるのである。


 勢いあまって、マリオンちゃんの手をしかと握る。


「わかるのよ……。変なこと言ってると思うかもしれないけど、嘘じゃないの!」


「はわっ、わわわわっ」


 エリヴィラちゃんの姿がプルプルと震えて、マリオンちゃんがスライムの姿になる。

 おーおー、握った手がマリオンちゃんの中に入っていて、なんか面白っ。


「すす、すいません、すいませんっ。すぐ戻ってっ」

「いいわよこのままで。この方が楽でしょ」


 マリオンちゃんの中から手を抜いて、クッションからすくい上げて膝に乗せる。

 小型の犬か、ちょっと大きめの猫ぐらいの重さと大きさ。

 だけどひんやりとしていて、独特のプルプル感がある。


 かわいい。

 いやー、マリオンちゃん女の子してもかわいいけど、スライムとしてもめちゃかわである。

 ずっとこうしてたいわー。


「いっそしばらくは擬態しなくても、スライムのままでもいいんじゃない?」

「それは、気持ちが悪いって嫌がる人もいるだろうし」

「ええー? 私はすごくかわいいと思うんだけど」

「後、このままだと荷物も持てないし、手がないとノートも取れないんで」

「ああ、そうね、そうだったわね」


 やっぱり人間か人間っぽい姿になる必要はあるんだな。


「……だから人間の姿がいるんです。でも、迷惑かけたくない。だから自分だけの姿が欲しいのに、どんな姿になりたいかわからないの」

「うん。そうよねぇ。難しいわよねぇ。一生使うものになるのかもしれないんだし、カワイイ理想の姿が欲しいわよね」


 キャラメイクには妥協は許されないのである。

 たとえそれが自分視点で、自分が見られないカメラアングルだとしてもだ!!


「はい。すごく難しくて、わかんなくなっちゃって」

「それがふつうかもよ? 理想の自分なんて誰にとっても難しいものよ」

「レティシアさんも、ですか?」

「ええ、なりたい自分はあるけど……あまりにも遠いわ」


 うん、俺は百合を見つめる壁になりたい。

 もたれたくなるようなきれいで居心地のいい壁で、欲を言えば壁ドンされる壁になりてぇー。

 全部を見渡せる天井でもいい。

 あー、いや、百合を包み込む空気でもいいなー。

 清浄でいてちょっといい香りする、だけど隣のあの娘の香りを邪魔しない感じのやつ。


 無理なのはわかっている。

 だけどある日異世界の美少女に転移しちゃったりするんだから、望み続ければワンチャンあるかもしれない!!

 ……ないかなぁ。


「ワタシにはその理想すら見つけられない……早くしないといけないのに」

「うーん、その早く。って思ってることがプレッシャーになっているのかもよ? 急がずに、いろんなことを学んで、そのうちふとした瞬間に見つけられるものかもしれないわ。ゆっくり探せばいいじゃない」

「でも、ゆっくりはだめです。姿を借りるみんなに迷惑をかけちゃう」


 あー、それがあったなぁ。


「あのね、もしよかったら」


 これは前から考えていたことだ。

 けど、マリオンちゃんが“自分だけの姿”を求めているのなら余計な申し出かなーっておもってたんだけど。


「私の姿を使わない?」

「……レティシアさんの!?」

「ずっとエリヴィラちゃんの姿でいるのも気を遣うだろうし、私なら全然かまわないから」

「いやじゃ、ないんですか? 自分と同じ姿があって」

「ぜんぜん」


 まー、直人の姿の時に同じ姿になられたら、イヤーな気持ちにはなっただろうけど。

 レティシアの姿だと、一歩引いて冷静にみられる気がする。


 そーれーにー、なーにーよーりー!

 念願の視点変更ボタンの実装じゃね、これ!?


 レティシアを!! 見られる!!

 いやとかあるわけがなく、


「大歓迎よ! あ、もちろんマリオンちゃんが嫌でなかったらだけど」

「いやとか、絶対ないです!! あの、そそその、恐れ多いぐらいで」

「もう、なにそれ」

「レティシアさんは……すごく人気者じゃないですか」

「人気かしら? まぁ、目立つわよね」


 エリヴィラちゃん事件の時に俺は学んだのだ。

 レティシアは目立つ。

 仕方ない。

 三年ダブった同級生とか、目立たないわけがないのである。


「それが嫌でなかったら、どうぞ使って」

「……あ、ありがとうござます。えと、じゃあ」


 ぽいん! とマリオンちゃんは俺の膝から跳び上がってベッドのクッションの上に。

 プルプル震えたかと思うと、レティシアの姿になる。


 おお。

 レティシアだ。

 レティシアだ!!


 鏡の中にしかいなかった、病弱お嬢様な天使が目の前にいた。

 うーわ、かーわーいーいー。

 鏡越しでもかわいかったけど、リアルに存在すると(いや、存在してるんだけど)めっちゃかーわーいーいー!


 あー、三ダブの同級生は目立つって言ったけど、これ三ダブじゃなくても目立ちますわー。

 レティシアのポテンシャル甘く見てたわー。


「あ、あの……ちょっとだけいじってもいいですか? スカーフの色とか」

「はっ……ああ、そうね。学年で違うんだもの、赤がいいわよね」

「白は、レティシアさんの色ですから。ワタシがつけるわけには!」

「気にしなくていいのに。後、他にも気になるところがあったら好きに変えてくれていいわよ」

「気になるところなんて!! でも、レティシアさんにご迷惑をかけないように、レティシアさんの姿を借りてるってわかるようにはします」

「ええ。使いやすい様にしてね」


 マリオンちゃんがいじってくれるなら、絶対かわいくなる方向にしか行かないだろうから安心である。


「私の姿の時に形が崩れても気にしないから、できれば授業に出てほしいわ。さみしいもの。ノートが取れなくてもあとでみんなのを写せばいいし。あ、それって、復習にもなっていいかもね」

「はい。なんだか気持ちがちょっとまとまったみたいで。レティシアさんが姿を貸してくれたから……もう、平気だと思います。たぶん」

「そう」


 うん、一人で悩んでてもドツボにはまるだけだもんな。

 来てよかったー。


「それじゃあ、先生に見つかる前に帰るわね。来れないようならメフティルトちゃんにでも言っておいてね。そしたらお見舞いの許可をとるから」

「はいっ。でも、行きます。きっと」

「ええ。待ってるわ」


 うんうん。

 明日はきっと、教室にマリオンちゃんの姿があるだろう。


 しかも、レティシアの姿のマリオンちゃんが!

 たーのーしーみー!!

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、ずっと考えてはいたのか。妄想にも出さないとか、結構意思が強いな
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