お買い物・5
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初めて、お屋敷の中に入った。
私みたいな町娘には、縁のなかった場所。
ただ、その外観を見てため息を吐くしかできなかった場所に私はいる。
どこもかしこも想像していたよりもずっと豪華で、ゴミひとつない絨毯は柔らかくて雲の上でも歩いているみたいだ。
持っている中で一番きれいな服を着てきたけれど、ここではみすぼらしいだけだ。
長い長い廊下を歩き、ひとつの扉にたどり着く。
扉の向こうは広い部屋。
その真ん中でゆったりとソファーに座りティーカップを傾けるのは、このお屋敷のお嬢様だ。
日の光に当たったこともないような白い肌。
金の髪はキラキラと輝き、身に着けた宝石よりも美しい。
薄い色の瞳がちらりと私を見る。
この瞳を私は知っている。
一月前、お嬢様の馬車が町を通った。
その時、馬車の窓越しに視線があった。
視線があったなんて思っているのは、きっと私だけ。
だけどあの日から、お嬢様は私のあこがれだった。
ああ、その人がこんなに近い。
私を連れて来てくれた人が、一礼して部屋から出ていく。
私はお嬢様と二人っきりだ。
「は、初めまして私は……」
「名前なんていいわ」
ぴしりと言われて私は肩をすくめた。
そうだ、お嬢様は私なんかの名前を覚える必要はない。
何十人もいるメイドの一人なんだから。
「あなたはね、私のメイドなの。私の初めてでたったひとりの私だけのメイド。一人しかいないのだから、名前なんていらないの」
「ひとり……」
「そうよ。あなたの主人は私。私だけなの。あなたに命令できるのは私だけ。あなたはたとえお父様の命令でも聞くことはないのよ」
「お嬢様だけが私に命令できる……」
「そうよ。あなたはこの家に雇われてメイドじゃない。私に雇われているの。私があなたを選んだのよ」
突然、お屋敷にメイドして務めるようとの話が来た。
お屋敷に雇われるなんて、こんな名誉なことはなくて、すごくうれしくて。
けれど、違ったのだ。
私はお屋敷ではなくて、お嬢様に雇われたのだ。
この、宝石のようにキラキラした美しい人に選ばれて。
何百人もの町娘の中から、そして何十人のメイドの中から私が選ばれた。
誇らしさに、体が熱くなる。
「それにしても薄汚い服ね。脱ぎなさい」
「え?」
「荷物を置いて、服を脱ぎなさい。ここで」
「は、はい」
私はゆっくりと服を脱ぐ。
ブラウスのボタンをはずし、腕を抜いて絨毯の上に畳んで置く。
スカートも同じく。
「下着もよ」
「はい」
お嬢様の言葉に、逆らうことなんかできない。
お嬢様の命令は絶対なのだ。
お屋敷の旦那様も、王様も、神様だってもう私に命令なんかできない。
私に命令できるのは、お嬢様だけ。
私は全ての服を脱いだ。
靴だって脱いで並べた。
「ん……」
少しひんやりした空気が、直に素肌に触れる。
涼やかなお嬢様の視線が、私を見つめた。
「それも」
「え?」
「髪につけているものも外しなさい」
「はい」
リボンをほどいて、服の上に落とす。
これでもう私は、本当に一糸まとわぬ姿だ。
「思った通り綺麗ね」
お嬢様が立ち上がり、人差し指で私の顎を持ち上げる。
お嬢様に触れられたところが、熱い。
やわらかなお嬢様の髪が、私の肌を撫でる。
「はぁ」
肌は敏感になりすぎて、肌にあたる髪の本数さえ数えられそう。
「服も、持ってきた荷物もすべて送り返します。このお屋敷にいる限り、私が与えるもの以外を持つことは許しません。これからはあなたが食べるものも着るものも、すべて私が管理するのよ。あなたは私のメイドなのだから」
「はい。お嬢様。私はお嬢様のメイドです」
「いい子」
ふっと、お嬢様がほほ笑む。
冷たい印象のそのわずかな微笑みが、私を不思議なほど熱くさせる。
「湯を用意してあるわ、身を清めなさい」
「はい、埃の一粒も、匂いも全部洗い流します」
「そうよ。終わったらあなたの服を選びましょう。全部私が選んであげる。そうしたら――」
そうしたら、私は完全にお嬢様のメイドになる。
お嬢様だけのメイドに。
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とまぁ、それは大げさですけど!
メイドの服は制服なわけっすよ。
制服なんで、雇い主が支給するのが当然。
エダの雇い主は俺。
つまり、俺がエダに服を買ってあげないといけなかったんです!!




