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お買い物・5

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 初めて、お屋敷の中に入った。

 私みたいな町娘には、縁のなかった場所。


 ただ、その外観を見てため息を吐くしかできなかった場所に私はいる。

 どこもかしこも想像していたよりもずっと豪華で、ゴミひとつない絨毯は柔らかくて雲の上でも歩いているみたいだ。


 持っている中で一番きれいな服を着てきたけれど、ここではみすぼらしいだけだ。


 長い長い廊下を歩き、ひとつの扉にたどり着く。


 扉の向こうは広い部屋。

 その真ん中でゆったりとソファーに座りティーカップを傾けるのは、このお屋敷のお嬢様だ。


 日の光に当たったこともないような白い肌。

 金の髪はキラキラと輝き、身に着けた宝石よりも美しい。

 薄い色の瞳がちらりと私を見る。


 この瞳を私は知っている。

 一月前、お嬢様の馬車が町を通った。

 その時、馬車の窓越しに視線があった。


 視線があったなんて思っているのは、きっと私だけ。

 だけどあの日から、お嬢様は私のあこがれだった。

 ああ、その人がこんなに近い。


 私を連れて来てくれた人が、一礼して部屋から出ていく。

 私はお嬢様と二人っきりだ。


「は、初めまして私は……」

「名前なんていいわ」


 ぴしりと言われて私は肩をすくめた。

 そうだ、お嬢様は私なんかの名前を覚える必要はない。

 何十人もいるメイドの一人なんだから。


「あなたはね、私のメイドなの。私の初めてでたったひとりの私だけのメイド。一人しかいないのだから、名前なんていらないの」

「ひとり……」

「そうよ。あなたの主人は私。私だけなの。あなたに命令できるのは私だけ。あなたはたとえお父様の命令でも聞くことはないのよ」

「お嬢様だけが私に命令できる……」

「そうよ。あなたはこの家に雇われてメイドじゃない。私に雇われているの。私があなたを選んだのよ」


 突然、お屋敷にメイドして務めるようとの話が来た。

 お屋敷に雇われるなんて、こんな名誉なことはなくて、すごくうれしくて。

 けれど、違ったのだ。


 私はお屋敷ではなくて、お嬢様に雇われたのだ。

 この、宝石のようにキラキラした美しい人に選ばれて。


 何百人もの町娘の中から、そして何十人のメイドの中から私が選ばれた。

 誇らしさに、体が熱くなる。


「それにしても薄汚い服ね。脱ぎなさい」

「え?」

「荷物を置いて、服を脱ぎなさい。ここで」

「は、はい」


 私はゆっくりと服を脱ぐ。

 ブラウスのボタンをはずし、腕を抜いて絨毯の上に畳んで置く。

 スカートも同じく。


「下着もよ」

「はい」


 お嬢様の言葉に、逆らうことなんかできない。

 お嬢様の命令は絶対なのだ。

 お屋敷の旦那様も、王様も、神様だってもう私に命令なんかできない。

 私に命令できるのは、お嬢様だけ。


 私は全ての服を脱いだ。

 靴だって脱いで並べた。


「ん……」


 少しひんやりした空気が、直に素肌に触れる。

 涼やかなお嬢様の視線が、私を見つめた。


「それも」

「え?」

「髪につけているものも外しなさい」

「はい」


 リボンをほどいて、服の上に落とす。

 これでもう私は、本当に一糸まとわぬ姿だ。


「思った通り綺麗ね」


 お嬢様が立ち上がり、人差し指で私の顎を持ち上げる。

 お嬢様に触れられたところが、熱い。


 やわらかなお嬢様の髪が、私の肌を撫でる。


「はぁ」


 肌は敏感になりすぎて、肌にあたる髪の本数さえ数えられそう。


「服も、持ってきた荷物もすべて送り返します。このお屋敷にいる限り、私が与えるもの以外を持つことは許しません。これからはあなたが食べるものも着るものも、すべて私が管理するのよ。あなたは私のメイドなのだから」

「はい。お嬢様。私はお嬢様のメイドです」

「いい子」


 ふっと、お嬢様がほほ笑む。

 冷たい印象のそのわずかな微笑みが、私を不思議なほど熱くさせる。


「湯を用意してあるわ、身を清めなさい」

「はい、埃の一粒も、匂いも全部洗い流します」

「そうよ。終わったらあなたの服を選びましょう。全部私が選んであげる。そうしたら――」


 そうしたら、私は完全にお嬢様のメイドになる。

 お嬢様だけのメイドに。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 とまぁ、それは大げさですけど!


 メイドの服は制服なわけっすよ。

 制服なんで、雇い主が支給するのが当然。


 エダの雇い主は俺。


 つまり、俺がエダに服を買ってあげないといけなかったんです!!



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