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●お姉さまのためにできること

 結局あの後、レティシアさんは教室には戻らず、もう大丈夫だとの知らせだけをもらい私たちは心配しながらもそれぞれの自室に帰らされた。



 今日は長い一日だった。

 部屋に帰るとどっと疲れが出るかと思ったのに、ひどくそわそわして落ち着かない。


「ねぇ、ねぇ。アン」


 お人形のアンは当然黙ったままで、ガラスの瞳で私を見つめる。

 アンの瞳は特別な作りのガラスで、どこから見ても見つめ返してくれるのだ。

 昔はそれが怖かったけれど、今では愛しい。


「愛しい気持ちは、増えるものなのね」


 そんなこと知らなかった。

 レティシアさんのことを事を考えると、それだけで胸が熱い。

 誰かのことを、こんなにも愛しく思えることがあるなんて。


 もし、いつか彼女に裏切られるようなことがあっても構わない。

 あの人を信じて裏切られるなら、その痛みさえもきっと愛しい。


 だけど……

「ねぇ、アン。私は本当に嫌な子だわ」


 裏切りでも、憎しみでもあの人にもらえるなら何でも受け入れたい。

 だけど、彼女が他の子に心を奪われることを考えると、胸に黒いものがわいてくるのをためられない。


 レティシアさんの周りには、ただでさえ彼女に特別な想いを抱く子たちがいる。

 それは当然だ。


 彼女はどこか浮世離れしてふわふわとしているようで、誰にも曲げられない真っすぐな自分を持ち、私たちがそれが当たり前なのだと思い込んでいた世界を、別の角度から見つめる柔軟さも持っている。


 不思議な人。

 とても不思議で……もっともっと知りたくなってしまう。


 ……それは、私だけじゃない。


 グローリアさんはとても積極的だし、クラスの子たちだってあんなやり方ではあったけど、行動してる。

 私は?


 大きなゴーレムを作ってレティシアさんに喜んでもらおうとしたけれど、結局迷惑をかけただけ。

 ただ気にかけてもらって、声をかけてもらえるのを待っているだけじゃ人形と変わらない。


 いえ、人形はそれでいいの。

 きれいでかわいくて、愛されるために産まれたんだから。


 私はアンの髪をなでる。

 自分の髪だけど、きれい。

 さらさらとしていて、いつまでも撫でていたくなるぐらい。


『髪下ろしてみたら? こんなにきれいな髪なんだもの、きっとその方が似合うわ』


 レティシアさんの言葉がふとよみがえった。

 その時のことを思い出して……顔が熱くなってしまう。


 似合う、かしら?


 半分ほどけたままになっていた髪。

 もう片方のリボンもほどく。

 髪はほどけで真っすぐに戻る。


 どうせなら、レティシアさんのような優しいウェーブになればいいのに。

 私の髪はとても頑固だ。


 だけど、彼女がきっと似合うと言ってくれた。

 なら……明日はこの髪型で教室に行こう。


 お人形はかわいければ愛してもらえる。

 私はお人形ほどかわいくはないけれど、せめて隣にいてレティシアさんが恥ずかしくない程度には……きれいでいたい。


 お化粧だ、アクセサリーだ、流行りだとしか言わない子たちをちょっと軽蔑していたこともあるけれど、あれは間違いだった。

 彼女たちは、自分を磨くために努力をしていたんだ。


「負けてられない」


 負けられない。

 できることは何でもしないと。


 髪に指を通して、艶を確かめる。

 ふと……髪を食べさせたら、その人を操れるんじゃ? なんて言われたことを思い出す。


 あの時は、なんてバカなことをと思ったけど、ありえるかもしれない?

 もちろん、ゴーレムのように操るなんてことはできないだろうけれど、ほんの少しなら?

 どちらにしようか迷っているものを、決める後押しぐらいなら?


 そんな力がこの髪にあるのなら……欲しい。


 それはもう呪いなのかもしれないけれど、もし、それができるなら……

 ほんの少し、ほんの少しずつでも、レティシアさんを私に振り向かせることも可能かもしれない。


 今はたまたま運が良くて、レティシアさんと一緒の行動が多いけど、魔法での組み分けが必要無くなれば、私なんかただ隣の席にいるだけのクラスメイトの一人だ。

 席替えでも行われたら、話すこともなくなってしまうかもしれない。



 そういえばクラヴジーおじさまが、ゴーレム術が生体に与える影響についての研究をしていたはず。


 私は机に座り、レターセットを取り出す。

 何か研究の手伝いができないか聞いてみよう。


 できることは、何でもしなきゃ。

 なんでも。

 なんでも……お姉さまのそばにいるために。


「お姉さま……」


 グローリアさんの真似かもしれないけど、とてもしっくりとくる。


「お姉さま。私、きっと……」


 あなたを振り向かせて見せます。


「ふふっ」


 自然と笑みがこぼれる。


 できることは何でもするわ。


 お姉さまがきれいだと言ってくれた髪を下ろして。

 グローリアさんに負けないぐらい積極的になって。

 クラスの子たちから、一歩抜きんでた存在になるために……


 手段なんて選んでられない。


 お姉さまにはそれだけの価値があるんだから。


 だから私は……なんだってするわ。

 なんだってするの。


これにてエリヴィラちゃん編、完結ですー。

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