●お願いだから
鉄のこすれる音がして、鎧が顔を上げた。
やった!
腕も、足もなんとかうごく。
軸があるからどうしても不格好になってしまうけれど……
ちらりとレティシアさんを見ると、目を見開いてゴーレムを見上げていた。
小さく口を開けて頬を高揚させるその表情に、見とれてしまう。
この人をこんな顔をさせることをできた。
その事実がじわりと私の胸を熱くする。
どうでもいいふりをしても、やっぱり認められたかったんだ……
「はぁー、凄いわねぇ」
「いえ、私なんてまだまだです。母なんかは小山ほどのゴーレムを作りますよ」
そんな承認欲求に満ちた自分が恥ずかしくて、ついそんなことを言ってしまう。
母はゴーレム使いの中でも一、二を争うような人だ。
そんな母と自分を比べることだっておこがましいのに。
「まぁ」
それでも、この人が驚くのが嬉しくて仕方がない。
自己顕示欲の塊みたいでみっともないと思いつつも、失望されたくなくて私は平気な顔を作りつつ、必死にゴーレムに集中する。
動け、動け、動け、動け、うごき続けて!
一度命令を刻み込めば、魔力が尽きるまでうごき続けることもできるゴーレムだけど私にまだそれは難しくて、ずっとうごき続けてと命令を与え続けるしかできない。
集中して逐一命令を出し続ける。
動け、動け、動け、動け、大きく動いて。
ただうごかすしかできないんだから、せめて見栄えよく……
「はっ!?」
突然、ゴーレムの中の魔力が膨れ上がった?
流れる魔力の速度が上がった?
わからないけれど、とにかく突然にゴーレムの力が強まった。
ゴーレムは少し前に出していた命令「動け」を忠実に実行する。
ただし、私が想定していたよりも大きすぎる力で。
「なっ」
なんなの
これはなに!?
鎧を内部から支えていた軸の木が折れる音がする。
自由になった鎧はめちゃめちゃにうごき始めた。
そう、私が派手に見えるようにと指示したうごきで!
「どうしっ、止まって!!」
命令の上書を……ダメ。
受け付けてくれない。
せめて、もっと近づければ!
ゴーレムにつけた髪と命令を出す私との距離が近いほど、命令は通じやすい。
もしくは一か八か、触れて直接命令を叩き込むしかない!
「ダメよ!!」
ぐいっと制服の背中をつかまれて後ろに引っ張られた。
目の前に鎧が倒れ込んでくる。
モーリア先生が助けてくれたんだ。
だけど鎧は起き上がり、不格好にけれど大きく派手にうごき続ける。
うごく先にいるのは……あれはマリオン・ルールさん。
よかった。
あの子なら……
「逃げて!!」
レティシアさんの声が響き、一瞬後に彼女は飛び出してきた。
胸に輝く真っ白なリボンがひらめき、緩やかなウェーブを描く銀髪は大きくなびく。
長いスカートをはためかせ、覗く細い足が力強く床をける。
あんなに華奢な体なのに、躊躇するそぶりも見せず真っすぐにマリオンさんに駆け寄る姿に、私は自分を恥じた。
マリオンさんでよかったなんて、何を考えているの!?
この事態の原因は私。
私が治めないでどうするの!?
「こっちよ!」
レティシアさんがマリオンさんをつかんで引き寄せる。
けれど、鎧も同じ方向に!
止まれ!
止まれ! 止まれ! 止まれ!
だめだ! 遠い!!
モーリア先生の隙をついて、私はゴーレムに駆け寄る。
止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ!
止まれ!
お願いだから止まりなさい!
私にその人を傷つけさせないで!!
「!」
ゴーレムがレティシアさんに触れるギリギリで命令が通った!
ぎしっ、と鎧がうごきを止める。
動くな動くな動くな。
命令を出し続ける。
「レティシアさんっ、今のっうちにっ」
「エリヴィラさん!?」
早く早く早く逃げて。
それまで動くな。
(動け)動くな、(動け)動くな、(動け)動くな、(動け)動くな、動くな! 動くな! 動くな! 動くな!
命令を出し続けて、ゴーレムに残った命令を打ち消しつづけ、レティシアさんがマリオンさんを抱えるようにして、ゴーレムから距離を取るのを見守る。
(動け)動くな! (動け)動くな! (動け)動くな! (動け)動くな! (動け)(動け)動くな! (動け)(動け)動くな! (動け)動くな! お願いだから!! (動け)
抑え込まれた命令が、再び吹き上がる。
「くぅ」
もう、抑え込めない?
まだ……!!
「危ないっ!」
え?
ぱちんとシャボン玉がはじけるように、魔力が消えた。
さっきまで暴れていた魔力が、使い切られた? はじけた? 霧散した? 溶けた?
分からないけど、とにかくなくなったのだ。
レティシアさんが私に飛びついてくる。
柔らかい。
そして、ふわりと紅茶の香りがした。
マリオンさんと二人、私はレティシアさんにぎゅうと抱きしめられ……
私たちの上にさっきまでゴーレムだった鉄の鎧が落ちてきた。




