●夢の後
お茶会からの帰り道、体がどこかフワフワしていた。
手には、レティシアさんに分けてもらった紅茶の小袋。
正直、私には安い買い物じゃなかった。
今月は節約しなきゃいけないし、グローリアさんとの格の違いも見せつけられた気がする。
けれど、買ってよかった。
グローリアさんが、お義姉さまの香りと言っていたけど……確かにそうかもしれない。
胸に抱いた袋からこぼれる香りは、たしかにレティシアさんのイメージに近い。
落ち着いてやわらかな紅茶の香りの中に……芝生を裸足で歩いた時のような自然の香りが隠れている。
部屋に戻ってもフワフワした気分は抜けないままだ。
……私、今日は、何しに行ったんだろう。
結局レティシアさんの正体なんてわからなくて、ただおしゃべりをして、お茶とお菓子をたくさんいただいて。
こんなに楽しいこと、本当に久しぶりで……いつもの部屋がひどく寂しく思える。
だけど、これが普通。
明日から、また私の普通に戻る……
……つもりだったのだけれど。
「で、今度はあたしがお茶会を催して、お義姉さまをおもてなししようと思うの!」
「え~、でも~、レティシアさんお茶にはすごく詳しいんじゃないかな~?」
「メインをお茶にしなきゃいいんじゃないすかね」
「お茶会がいいの!」
「………」
どうして、私は席に着くや否や、グローリアさんたちに囲まれているんだろうか?
彼女らの隙間からクラスメイト達の視線を感じる。
今まで孤立していた私が、突然クラス委員長でもあるグローリアさんたちに囲まれていれば気になりもするだろう。
どうしてこんなことになっているのかと。
……私が知りたい。
「でね、エリヴィラさんに協力してほしいの!」
「協力?」
「そう! お義姉さま、エリヴィラさんの地元にすごく興味があるでしょ? だからエリヴィラさんの地元のお茶やお菓子を取り寄せたいの」
「あ~、それはいいかも~。私もあの甘い豆食べたい~」
「臭いのじゃなきゃアタシも楽しみっす」
ああ、なるほどそういうことか。
「できるけれど、少し費用がかかるわよ」
「そのくらい、お義姉さまの喜ぶ顔には代えられないわ!」
「そう」
「お義姉さまって、すっごく幸せそうに笑うでしょ? あの笑顔のためならなんだってできるもの!」
「それは……少しわかるわ」
あの人は、とても幸せそうに笑うのだ。
母親が小さな子供を見守るように。
育てた花が開くのを待つように。
「わかる!?」
「ええ……少し」
「そうよね! わかるわよね!!」
グローリアさんが身を乗り出す後ろで、イルマさんとラウラさんは若干引き気味だ。
「アタシはわからんないっす」
「同じく~」
「凄く優しくて、何でもいいわよ、いいわよーって言ってくれるのに、時々頑固になる心とか!」
「そうね。人への思いやりも深いけれど、自分をしっかり持ってもいるのでしょうね」
「そう、そうそう、そうなの!!」
「ふ~ん」
「へー」
「もー、二人はこれだから!」
イルマさんとラウラさんの興味なさそうな様子に、グローリアさんが頬を膨らませる。
「いや、レティシアさんが優しくて懐が深い人ってのはわかるっすよ」
「一緒にいてたのしいよね~」
「……けど、あたしのお義姉さまだからっ!」
「わかってるっすよ」
「グローリアさん、めんどくさい~」
「エリヴィラさんもっ」
「はい?」
「レティシアさんはあたしのお義姉さまだってこと、忘れないでくださいね」
「……ええ」
グローリアさんのお兄さんと婚約をしているってことは、言われなくても知っていることだけど?
「おはようございます」
おっとりと優しいが、良く通る声が教室に響く。
教室の入り口にふわふわとした微笑みを浮かべた、レティシアさんの姿があった。
「おはようございます、お義姉さま!」
「おはよう。グローリアさん。皆さんもおはよう。ふふ、昨日は楽しかったわね」
「はい!」
楽し気なグローリアさんたち。
彼女たちは、気づかない。
私たちに向けられる、クラスの子たちの表情を……




