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●困る

 ……困る。

 とても困る。

 お茶がおいしい。

 お茶もいいものなのだろうけれど、淹れ方でこんなにおいしくなるものなのか。

 

 ……本当に困る。

 久しぶりのおしゃべりが楽しい。


 こっちに来てから話し相手と言えばアンぐらいで、教室でレティシアさんと話すのだって少し緊張したぐらいだったのに。

 今日はもう……多分ここ一月を全部合わせたぐらいしゃべっている。


「あ、レティシアさーん、これ最後の甘納豆。グローリアさんと食べてくださいっす」

「そうそう~。私たちいっぱい食べちゃった。ごちそう様~」


 ラウラさんとイルマさんが、底の方に少しだけ残った甘納豆を、レティシアさんに差し出す。


「あら。二人はもういいの?」

「うへへ。食べすぎちゃったっす」

「うん~」

「じゃあ、いただくわね。グローリアさん。少し休憩しましょ」


 メイドさんにお茶の淹れ方を真剣に教わっているグローリアさんの元に、レティシアさんが行ったのを見計らい、イルマさんとラウラさんはグローリアさんが持ってきたクッキーに素早く手を延ばす。


「これとこれとこれ~」

「これも……ギリアウトっす」


「な、何をしてるの?」

「しー! しー! ちょっと待ってくださいっす」

「こんなものかな~」

「いや、これも。うん、これでいっすね」


 器に盛られたクッキーは、半分ぐらいナプキンに包まれて、イルマさんの服の下に隠されてしまう。


「それ、どうするの?」

「いや、そのっすね……」


 イルマさんが声を落として顔を近づけてくる。


「これ、クッキーじゃなくて炭なんすよ」

「炭……」

「残ってるのはギリギリクッキーだよー」

「ギリギリ」

「こうして気持ちよく過ごしてもらうのも、グローリアさんのお目付け役の仕事っすから」

「てゆ~か~。これレティシアさんに食べさせちゃダメなやつ~」

「ずいぶんレティシアさんに気を遣うのね。そんなに難しい人なの?」


 この人たちから見た、レティシアさんを知るチャンスかもしれない。


「ん~? 難しくはないすっね。たぶんこの炭食べても笑ってくれるとは思うんすよ」

「気を使ってるって言うか、そうしたいから~?」

「レティシアさんにおいしくないって言われたら、グローリアさんがベッコベコにへこみますから」

「そう……」


 確かに……そんなことになったら、グローリアさんの絶望っぷりはすさまじいだろう。


「どうしてグローリアさんはそんなにあの人を尊敬しているのかしら」

「ん~? 変な人だからすかね?」

「うん。そうかも~」


 イルマさんとラウラさんが互いに頷きあう。


「変……?」

「変なんだよねぇ、あの人。当たり前を当たり前にしないから。納豆食べるし」

「当たり前を違うって言ってくれるの、楽しいよね~。納豆は食べるけど」

「お茶会だって、格下の人が格上の人招待するとかダメっすもんね。レティシアさんはお義姉さまだからありかもしれないけど、ふつーはしないっすよ」

「だから面白いの~」


 常識外れ。

 確かに……。


 呪いにかけられていて、呪いは怖いという常識にとらわれない

 最初からそんな人だったのか……それとも二年の眠りの中で変わったのか?

 死をのりこえたから得たものなのか。


 グローリアさんと楽し気に話すレティシアさんに、そんな影は感じられない。

 不思議な人、だ。

 だからこそ知りたくなるのだ、あの人の本当を。


「エリヴィラさん、珍しいものをありがとう。よかったらあたしのクッキーも食べてみてね。厳選した材料で作ってるんだから」


 甘納豆を食べ終えたグローリアさんがクッキーを進めてくれるが……


「………」

「………」


 イルマさんとラウラさんが無言で頷く。

 残りは食べても大丈夫なのようだ。


「いただきます」

「どうぞ」


 恐る恐るかじる。

 一瞬焦げ臭いかと思ったが、薄くてパリッとした触感の後、ほんのりと甘さがやってくる。


「おいしい」

「でしょう!」

「とても丁寧に作っているのね」

「わかるかしら!?」

「ええ」


 焦げてはいるけれど、それは薄くパリッと焼き上げようとしたからだろう。

 しかもこの量。

 ずいぶん時間がかかったはずだ。


「レティシアさんがそんなに好きなの?」

「そ、そそそりゃあ、あたしのっ、お義姉さまですもの!!」

「そう」

「……お義姉さまだし、強くて素敵だもの」

「強い。そうね。はかなく見えるけど、不思議と強い人」

「わかるかしら! そうなの。不思議なのっ! つかみどころがなくて……ミステリアスなところがねっ」

「たしかに……」


 だから、知りたくなる。

 本当のあの人を。


「それでね。お義姉さまは……」

「私の話かしら?」


 メイドさんと話し込んでいたレティシアさんがこちらを振り向く。


「い、いえ」

「なんでもないです!!」


 その笑顔は、困る……。

 何か黒いものを隠している、悪い人だと思っていなきゃ……無条件で信じてしまいたくなるから。

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