●私の失敗
休日の朝。
私はいつもより早く目を覚ました。
ねじ巻き時計の針を見るまでもなく、窓から入る光の位置で大体の時間はわかる。
いつもなら二度寝するところだが、眠れる気がせず身を起こした。
今日はレティシアさんのお茶の講習会に呼ばれている。
講習会と言う名目であるが、たぶんお茶会のようなものだろう。
グローリアさんたちも呼ばれているそうだから、メインはそちらで私はついでに違いない。
そうわかってはいるけれど……
召使もいない小さな部屋いっぱいに服が散乱していた。
昨日のうちに着ていくものを決めようとしたのだが、どうにも決められずにいた。
伯爵家のグローリアさんたちは、きっと素敵な私服を着てくるだろう。
彼女たちに張り合おうなんてことは思わないが、せめてみすぼらしくない格好はしたい。
一番いい服はキモノ。
地元の民族衣装で式典用に一着だけ持ってきた。
これなら見劣りすることはないだろうが……あまりにも力が入りすぎだ。
みすぼらしく見えないもので、でも張り切りすぎていない服。
とても難しい。
散らかした服を拾い上げ、胸元に合わせては元に戻す。
寝る前にもさんざん同じことをしたけれど、まだ決められない。
なんとか数着にまで絞り込んで、あとは合わせられる小物がそろっているかどうかで決めよう。
「これでいいかしら?」
ベッドの上に服を並べて、アンに向かって聞いてみるが、当然彼女は答えない。
彼女は人形なのだから当たり前だ。
アンは、子供の頃の私の髪を植毛された人形だ。
思い付きで動かしてみて、私にトラウマを植え付けた人形でもある。
持ってきたくはなかったのだけど、無理やり持たされてしまったのだ。
……古臭い見た目であまり好きではなかったのだけど、ここでは私の唯一の話し相手になってしまった。
我ながら、少し気味が悪いけれど、言葉にして考えをまとめるのは大切なことだ。
独り言には変わりないのだけど、形だけでもおしゃべりにできるのはいいと思う。
「これなら、みすぼらしくはないし、それほど張り切っても見えないわよね? 靴だって合わせやすいし、鞄もこれで色が合うし」
アンは黙ったまま。
少し意識をすれば、頷かせることぐらいは簡単だが……怖いしむなしいだけだ。
「………」
大体、どうして私はこんなことで悩んでいるのか。
レティシアさんのお茶会に行くのだって、彼女が悪い人なのかどうかを見極めるためなのに。
彼女が私に近づくのに、何か目的があるのなら……それを探り出すのは必要なことだと思う。
そして、まさかそんなことないとは思うのだけど、万が一何も目的がなくただのお人よしなのだとしたら。
……私が気を付けてあげないといけないのでは?
「いえ、まさか。ないわよね」
そんな人がいるわけがない。
それなら、あの人がとてつもない腹黒だってほうがしっくりくる。
「悪い人なら……気をつけないと」
きちんと手土産も用意していかないと。
少しだけ残っていた故郷のお菓子を用意する。
選び抜いた服を身に着け、髪もきっちりと編む。
きちんと礼儀を通し、隙は見せず完璧に!
さぁ、今から出たら指定の時間ちょうどになるはず!
準備は完璧、抜かりはないわ!
ドアノブに手をかける。
きゅぅぅぅ。
と、お腹から情けない音が聞こえた。
「……朝ご飯、食べるの忘れてる……」
こんな失態、ここにきて初めてのことだ……




