●な、なんだってー!
まさかとは思うがこの人は……ただのお人よしでは!?
そんなわけが……あるの?
いけない。
ダメだ。
そんなに人を簡単に信用しては。
お母さんだって、『人は疑いすぎるぐらいでちょうどええんや。人間なんて基本あかんもんなんやから』って言ってたじゃない!
純粋すぎる言葉や、授業中のちょっと抜けた行動。
ふわふわと微笑み、周りに気を配り手を差し伸べるその姿勢……
ただのお人よしとしか思えない……思いたくなる人。
だけど……それらがすべて演技だとしたら?
だとしたらこれほど恐ろしい人はいない。
授業中の態度なんかいくら演じても、位置的にも私にしか見えない。
しかも、やたら刺がついて角ばった、サイキョーのヨロイ(と注釈がついていた)落書きを計算して描けるなんてありえるの!?
ダメだわ。
レティシアさんがただのいい人だって信じたい気持ちが大きすぎて、冷静な判断ができなくなっている。
『人を見たら悪人やと思えって、昔のナンカて偉い人も言ってたやろ。とりあえずみんな悪人やと思ったら間違いあらへん。そんでもしええ人やったら? ええやん。マイナスやった分すごい得した感じなるし』
……ここは母の言葉に従って考えよう。
レティシアさんが悪人だとしたら……いい人のふりをして何をしたいのか?
ここの学園には、身分の高い家の娘たちがたくさんいる。
彼女たちの信頼を得ることができたなら、彼女たちの持つ権力でこの国で成り上がることができるだろう。
すでにレティシアさんは、グローリアさんを味方に引き入れている。
いえ、グローリアさんのお兄さんと婚約をしていたはずだから、ヴェロネージェ家からの支援はわざわざ手を回さずとも得られるのでは?
………。
わからなくなってきた。
レティシアさんを見れば、課題に出されたロックの封印がされた箱をくるくると回している。
古くから使われているので、その分研究も進んでいて強固な魔法だ。
一番安価な札でも、きちんと手順を踏まないと開けることはできないはず。
「んん?」
なのにレティシアさんは簡単に札を剥がしてしまった。
「すごいのね。ロックをそんな簡単に」
「すごいのかしら?」
すごいに決まっている!
ロックを簡単に解除できるなんて、悪用しようと思ったらいくらでもできる。
「私にはあなたのゴーレムのほうがすごいと思うのだけど」
「まさか。ゴーレム術なんてありきたりですよ」
「ありきたりな魔法が一番大切なんじゃないの。炎の魔法が使えなかったらどれだけ大変か」
「……そうね。自分の持っていない物はうらやましくなるようなものかしら」
考えてみれば、地元ではありきたりだけど、こちらではゴーレム術は珍しいかもしれない。
「的確な表現ね……あら」
レティシアさんが明けた箱から取り出したのは、ビスケットの包みだ。
「リゼットちゃんからの差し入れみたい」
「リゼット……モーリア先生?」
「あのね、モーリア先生とは以前同級生だったのよ」
「ああ。なるほどそれでですか」
「それで、仲良しだったのだけど……今は先生と生徒よ。リゼ――モーリア先生は贔屓なんてする人じゃないから!」
「ええ。見ていればわかります。隠す理由もわかるわ。邪推する人がいないとも限らないし」
と言うことは、モーリア先生に聞けば昔のレティシアさんのことがわかる?
「モーリア先生にとっても大切な時だし、迷惑はかけたくないの」
「そうですね」
「だから、これ半分こね」
レティシアさんがビスケットを私に差し出す。
……おいしそう。
「口止め料よ」
「そんな」
「ふふ。モーリア先生と私のことを話そうとしたら、つまみ食いをしたこともばれてしまう。完璧な作戦よ」
「それを聞いたら食べないほうがいいと思えるんだけど」
だけど、おいしそう。
少しおなかのすく時間だし、差し出されたビスケットはシンプルだけど均等に金色の焼き色が付き、低温でじっくりと丁寧に焼かれたのがわかる。
表面には薄く砂糖がカラメルになってかかっていて、見た目もきれい。
「あら、食べないの? これね、モーリア先生の地元の特産でおいしいのよ? 王宮からの買い付けもあるんだから」
「……いただきます」
……耐えられなかった。
「ええ。私も」
かじったとたん、ナッツの香りが口いっぱいに広がった。
王宮からの注文があるというのもうなずける。
口に入れればほろりと崩れるはかなさもあり、表面のカラメルで歯ごたえの面白さもある。
最初はカラメルの甘さが来て、ビスケットの生地は甘さは控えめにして、ナッツの香ばしさを前面に出す。
「あ、おいしい」
ひとかけらもこぼさないように口を押える。
「でしょう? 私も大好きなの」
「でも……飲み物がほしいですね」
「確かにそうね」
「残りは後でお茶といただきます」
これはすぐに食べてしまうのはもったいない!
後でゆっくり食べよう。
「もし紅茶に興味があるなら、お茶の講習会に来ない?」
「紅茶ですか?」
突然誘われて面食らう。
今そんな話をしていた?
「ええ、私の家はお茶を取り扱ってるの。味には自信があるわよ。いかがかしら?」
「興味はありますが――」
「それならぜひ!」
断る前にひどく強引に約束を取り付けられてしまった。
……私を取り込む作戦?
私を取り込んだとしても、利点はないと思うのだけど。
呪いの研究材料として?
わからないけれど、レティシアさんと言う人を見極めるためにも、その懐に飛び込む勇気は必要かもしれない。




