紅茶が先かお義姉さまが先か
納豆の匂いが充満する教室は辛そうなので、グローリアちゃんたちを外に連れ出した。
「ふぁぁ、凄い匂いだったわ」
「なんか服に匂いが染みついてないっすかね?」
「平気だと思う~」
「ごめんなさいね。私、匂わないかしら?」
念のため口はゆすいできたけど。
「大丈夫です! お義姉さまはいつもいい香りですわ!!」
「うんうん~。私たち香水とかも苦手だけど、レティシアさんの香りは好きかも~」
「確かに納豆の匂いはしないんすけど、何の匂いっすかね?」
ややや、そんな三人して匂い嗅ぐの辞めて。
臭くはないと思うけど、なんか恥ずかしいから!
昨日お風呂入ったし、もちろん服も清潔だけど、これは、恥ずかしい!
「納豆の匂いはありませんわ!」
「でも、何だろこの甘い香り~」
「すんすん。紅茶の匂いじゃないっすか、これ」
「そう、きっとそれよ。エダがお茶の出し殻で家具を磨くの。きっとそのせいで香りが移ったのね」
イルマちゃん鼻が利く、さすがのわんこである。
「紅茶の香りがお義姉さまの香り……と言うことは、お義姉さまの香りの紅茶が存在するということで、それはもう飲むお義姉さまと言っても過言でないのでは……?」
「レティシアさんのメイドに頼んだら、分けてもらえると思うよ~」
「でも断られたらっ!」
「同じ紅茶を仕入れたいって言えばいいと思う~。売ってるんだし~」
「それよ!」
グローリアちゃんとラウラちゃんは、なんかひそひそしてるけど何話してんの?
また面白いじめ再開すんの?
「レティシアさん所で飲んだお茶、おいしかったっす。あ、今度おんなじ葉っぱ分けてもらえたりするっすか?」
おいおい、来たこと内緒にしてるの忘れたの?
忘れてるんだろうな。
グローリアちゃんも気づいてないみたいだし……いいか。
「いいわよ。エダに頼んであげるわ。淹れ方のレクチャーもしてもらう?」
「おー、いいっすねー」
「あああ、あたしも! あたしにも分けてください!」
「わ~、グローリアさんのとこでもあのお茶が飲めるのいいかも~。でもレクチャーは見てるだけでいいや~」
「じゃあ、エダに伝えておくわね」
うんうん。
やはり故郷の味が受け入れられるのはうれしい。
心の故郷の味は……あれはまぁ、しょうがなかろう。
日本人でもダメな人はダメだしな。
あ、そういえば……
「エリヴィラさんに、あまり自分に近づかないほうがいいって言われたのだけど、どういうことなのかしら?」
「あぅ。それは」
グローリアちゃんの耳がぺしゃりと落ち、ラウラちゃんの耳はそっぽを向く。
イルマちゃんは変わりなし。
「あのぅ、こんなこと考えるの良くないとはわかってるんです。でも、やっぱりみんなお義姉さまのことを心配してるからで」
「私が心配?」
「エリヴィラさんの魔法、呪いなんすよ!」
「呪い……」
ってぇと、レティシアが眠る原因になったあれ?
「厳密に言うと違うんです! でも、その流れを引く家系で、禁呪ではないんですけど、やっぱり……その」
「あら」
へぇ、そうなのか。
呪いねぇ。
建前上だが呪いに対抗する力を手に入れるために、俺はここに来たんだよなぁ。
授業内容がフツーのお嬢様学校な感じで、あんまり魔法のことやらないので忘れかけてたわ。
「禁呪でないなら、関係はないのではなくて?」
「そう思いたいんですけど、呪いの家系の人と会うのはエリヴィラさんが初めてで」
「怖がられるからかな~、あんまり表に出てこないもんね~、呪いの人」
「たしかに見ないっすね」
「そうなの……」
「よくわからない力だから、怖いのか怖くないのかもわからないし。でも、お義姉さまのように実際に呪いにかかったことのある方が近くにいると」
「気をつけたほうが方がいいのかな〜ってね〜」
「まあ、かんがえちゃうっすよね」
ふーむ。
なるほど、そんな理由かぁ。
しかし、呪い、ねぇ。
自分がかかっといてなんだけど、実感ないし。
それよりもこれからも和食を食えるか否かが問題なのだ!!
「エリヴィラさん。昼食のリクエストの書き方なんだけど」
「! あ……この用紙に書けばいいだけだから」
ぺらりとリクエスト用紙を渡される。
ふむふむ。
これによかったメニューを書き込む……う~ん。
「あのね。私思うのだけど、食べなれていない人にいきなり納豆というメニューはきついと思うの。だからもっと受け入れられやすい料理から浸透させるべきじゃないかしら」
「え……あの」
「例えば、えーっと、お肉を甘辛くしてジンジャーの香りをつけて焼いた」
「生姜焼き?」
「そう、それ。つづりを教えて。後、薄いお肉をお野菜と一緒に甘辛く煮て卵にくぐらせて食べるもの」
「すき焼き?」
「きっとそれだわ!」
生姜焼きやすき焼きのこっちでの名前を教えてもらって記入!
焼き魚もおいしかったけど、男子高校生、やっぱりお肉が食べたいです!
「本当に詳しいのね。それも本で?」
「たぶんそうだと思うけれど、人に聞いたのもあるかもね」
いや、本当は単に俺の好物なんですけど。
「そう。……じゃあ、これで用は終りね」
「どうもありがとう。またリクエストしたい料理を思い出したら、名前を教えてくださいね」
「私にはかかわらないほうがいいと言ったはずですが」
「ええ、聞いたわ。魔法の系列のことも。けど、私は気にしないわ。あ、もしかしてあなたのほうが何か言われたりするの? だったら控えるけど」
「別に……陰口を言うような弱虫は、陰口以外のことはできないですから」
「ふふっ。強いのね」
うんうん。
凛として強い女の子。
いいですなぁ!
「けれど、拒絶しているだけじゃ何も変わらないわ」
グローリアちゃんたちとか、陰口を言ってるわけじゃなくて接し方が分かんねぇって感じだったし。
「変わる必要があるかしら?」
「変わってみたら、面白いことがあったりするのよ」
実体験から言わせていただく!
異世界のお嬢様にTS転移したら、女子校に入って女の子眺め放題の天国で過ごせるのだぞ!
もっともここまで変われとは言わないし、変わり方も知らないけど。
実際、俺どうしてこうなってるのか全然わからないしな。
「そう。覚えておくわ」
「ええ、覚えといてね」
個人的にエリヴィラちゃんはみんなと仲良くしてほしい。
だって、このクラスに(もしかしたらこの学園に)ただ一人の和風美人なんだもん!
一輪で凛と咲く花のごとき彼女だけど、寄り添う花があってもまた美しいはず。
俺はただ……それを眺めていたいのだ!!




