●病名は仮病です
初めて人を叩いてしまった。
暴力はいけないとわかっているのに。
思わず……なんて恥ずかしいことだ。
理性で自分すらも制せないなんて、情けない。
レティシア・ファラリスに謝らないと。
いや、謝ったらダメだ。
嫌われなきゃダメなんだから!
でも……
でも……
ベッドの中で一晩考えたけど、答えは出ないままに窓の外は明るくなった。
気が重い。
朝なんて来なくていいのに。
「お嬢様、お時間です」
メイドのニコーレが無慈悲に寝室のカーテンを開けた。
開け放したドアからに見えるリビングではリリアーナがぱたぱたと三人分の朝食を運んでいる。
イルマとラウラも一緒に食べるのが、こちらに来てからの習慣になっている。
けど、起きたくない。
教室に行きたくない。
「……きょ、きょきょ、今日は頭が痛いので、やすむたいのございます」
「まぁ、まぁ、それは大変でごさいますね。おかわいそうなお嬢様」
リリアーナは悲しげな顔で目じりにすっと指を這わせる。
「では、起きてください」
「今の聞いてた!?」
「おはよ~」
「おはよっす、グローリアさん」
イルマとラウラがノックもせずにやってくる。
もう制服に着替えているし……どうしてこんな日だけ行動が早いのよ。
「ん~。グローリアさん、まだ寝てるの~?」
「お嬢様はご病気なのです」
ニコーレが深刻そうに言う。
「え? 病気!? なんのっすか!?」
「わたくしはお医者様ではございませんので、断言はできませんが、たぶん、きっと、おそらく、間違いなく仮病でございます」
「仮病か~。大変だぁ」
「これは一大事っすね」
二人は心配するようなことを言いながら寝室に入って切ると、無慈悲にシーツを引きはがす。
「ちょっと!」
「仮病はね~、少し体を動かすといいんだよ~」
「そそ。後はご飯食べて気分転換っすよ。ほら着替えて着替えて」
「制服はこちらに」
寄ってたかって着替えされられ、朝食の席に座らされてしまった。
今日の朝食は、アイシングがかかったやわらかなパン。
ビスケットが数種類。
ドライフルーツの練りこまれたハードタイプと、ココアの入った柔らかい物、シンプルなもの、雑穀が入ったもの。
粉砂糖がかかったフルーツとクリームの盛り合わせとミルクと紅茶、コーヒー。
食べなれたメニューだ。
この学園は生徒がいろんな地方からやってくるので、メニューは日替わりで各地のものになる。
食から各地のことを知るためと言うが、時々ぎょっとするようなものも出る。
(さすがに食性が違う生徒のための特別食は別にあるけれど)
気持ちは食べたくないのに、眠れなかった夜のせいでおなかが空いている。
「あ、今日は紅茶でお願いするっす」
「私も~」
二人はいつもコーヒーを垂らしたミルクなのに、珍しい。
「ん? んん?」
「やっぱり違うんだね~」
「っすね」
紅茶を飲んだ二人は顔を見合わせて頷きあう。
「何の話?」
「何でもないっすよ。たまには紅茶もいいっすね」
「さっぱりしていいよね~。あ、パンちょうだい~。お砂糖がいっぱいついてるの~」
おいしそうに食べる二人につられて、ビスケットに手が伸びる。
「どっすか? 食べたら仮病の方は少し良くなったっすか?」
「あまりよくないわ。できたら休みたい。どんな顔してレティシア・ファラリスに会えばいいのよ。絶対怒ってるわ」
「怒らせていいんだよ~? そのためにいろいろやってたんだし~?」
「嫌われたかっただけで、怒らせたいだけじゃないもの」
「矛盾してないっすか?」
わかってるわよ。
でも、認めたくはなくて、ビスケットを口に入れて答えをごまかす。
「ここでずる休みしたら~、明日はもっと行きづらくなるよ~?」
それもわかってるわよ。
「ま、ちょっと手は回しときましたから、安心して登校してほしいっす」
「そ~そ~」
二人がここまで言ってくれるなら……なんて……信じたあたしがおろかでした!!




