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●触れることはできない

 レティシア・ファラリスは時々とても遠くを見つめるような目をする。

 体育の時間、運動場で一人離れて立つ彼女は今もそんな目をしていた。


 本当に、はかない。

 風が吹けば飛びそうなぐらい。


 あたしの悪意にも気づかず飄々として……この子こんなのでこの先、生きていけるのかしら?

 いじめなきゃいけない相手なんだけど不安になる。

 だけど、手加減なんかできない。


「さぁ、あたしの実力、見せてあげるわ」


 きちんと宣戦布告!

 レティシア・ファラリスはおおらかすぎるから、ちゃんと宣言しておかないと気が付かないだろうと、三人で相談して決めておいたのだ。


 ……当の本人は宣言の意味に気付いているの分からないけど。

 勝った後に侮辱の言葉をかければ、いやでもわかるはずね!

 侮辱も三人で意見を出し合って決めてある。

 ラウラは本当にたくさん言葉を知っていてすごいわ。


 とにかく、しっぽのない人に負けはずがない。


 と、思っていたのにっ!


 レティシア・ファラリスはスタートの合図とともに、すさまじい勢いで飛び出した。

 あまりに驚いて一瞬スタートが遅れたが、すぐに追いつく。


 彼女は前に前に滑るように走る。


「うぬぬっ」


 奥歯をかみしめ、とにかく足を動かす!

 レティシア・ファラリスは私より背が高く、その分足も長い。

 だから、彼女以上に足を動かさないといけないっ。


 ゴール何て見ている暇ない。

 とにかく走って、走って……レティシア・ファラリスが速度を緩めたのを見て、とっくにゴールを通り過ぎているのに気付いた。


「はっ、はー。どっち!?」


 上がった息で、測定の子に声をかけた。


 あたしの方が早かった。

 そのはずだけど……


「ええーっと、タイムは――」

「タイムよりどっちが先だったの!?」

「えーっと、それは」

「どっち!?」

「んんー? たぶん……同着、かな?」

「なんですってぇ!?」


 そんなはずない。

 ……って言い張れないのが悔しい。

 スタートの出遅れさえなければっ!


「くぅぅ。ならっ、もう一度よ!」

「ふー、はぁぁ……私は構わないのだけど、まだ全員の測定が終わってないし、今度にしない?」

「みんなが終わったらっ、もう一度よ!!」

「あのぅ、グローリアさん。いいかなぁ」


 おどおどした様子で、クラスの子が声をかけてきた。


「ん? どうしたの?」

「ソフィーさんが足をひねっちゃって。ソフィーさん保健委員だから」

「あら、保健委員はもう一人ているでしょ? えっと、たしか、サマンサさん」


 今あたしはそれどころじゃないんだけど!


「サマンサさんもうすぐ測定で、その」

「そっか。わかったわ」


 仕方がないわ。

 どうして投票であたしが選ばれてしまったのか分からいけど、クラス委員になってしまったからには仕事はしないと。


「私が保健室まで連れていくわね。……勝負はお預けよ!」

「え、ええ」


 ……本当にこの子、次まで覚えていられるのかしら?



 保健室に連れていき、報告などを済ませているとすっかり時間を使ってしまった。

 急いで着替えを済ませて、三人でレティシア・ファラリスの席に行く。


 再戦の約束を忘れないように、釘を刺しておかないと!

 

「レティシアさん」

「………」


 ……どうしたの?

 ひどくぼんやりして……

 まさかまた呪いの何かじゃないでしょうね!?


「レティシアさん!!」

「ふぁ!?」


 大きな声で呼ぶと、ようやくこちらに気が付いた。

 ……なんだ、体育で体力を使いすぎただけみたいね。


「心ここにあらずね。疲れてるのかしら!?」

「ごめんなさいね。なに……か……しら」


 レティシア・ファラリスはこちらを見て、またひどく遠い目をする。

 このまま遠くに行ってしまいそうで、あたしは慌てて言葉をかけるが、それが耳にまで届いているかわからない。


「~だから、あたしは――」

「グローリアちゃん、タイが曲がっていて……」


 すっと、白い手が延ばされた。


 パチン。

 と、記憶の蓋が開く。


 物置でこっそりと遊んだ居た時。

 物音に驚いて、小さなイルマとラウラが抱き着いてきた時。

 あたしは無意識に魔法を発動させていたらしい。


 突然の衝撃と、吹き飛ばされるイルマとラウラの姿。

 奇跡的に命に別状はなかったけれど……それでも彼女たち二人はしばらく不自由な生活を強いられた。


 痛々しい姿でベッドに横たわりながらも、あたしのせいじゃないと笑ってくれた彼女たちの姿がよぎる。


 あれから……あたしは素手で人に触れることができないでいる。

 魔法のコントロールはできているはずだけど、またあんなことがあったらと、怖くて仕方がない。


「やっ!」


 持っていた教科書で、延ばされた手を叩いてしまった。

 やってしまった!


「ごめっ……」


 だめ、謝ったらダメ!

 あたし、この子をいじめなきゃいけなんだから、これでいいのよ!!


「きっ、気安く触らないでよね!」


 あたしはそれだけ言って、教室を出た。

 じゃないと、罪悪感に押しつぶされてしまいそうだから。


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