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●それは荒唐無稽な話

 あたし、グローリア・ヴェロネージェは伯爵家に産まれた。

 誰もが恵まれた家に産まれたと言う。


 確かに恵まれてはいるのだろう。

 欲しい物は大体手に入るし、物語の人のように飢えたことなんかない。


 兄・姉・兄・あたし・妹と続く5人兄弟で、上のお兄様は物心ついたころには勉強のためほとんど屋敷にはいなかった。


 下のお兄様はおとなしくて、少し体が弱いせいもあって保養地と図書室を行ったり来たりだったが、優しくて物知りな下の兄とは仲が良かった。


 パーティに忙しいお母様の代わりに私を育ててくれたのはお姉様だった。

 イルマやラウラと一緒に駆け回ることが好きな私を世話するのは大変だっただろう。

 それでもお姉様はいつも笑っていた。


 お姉様は物語が好きだった。

 よくお芝居に連れて行ってもらったし、たくさん本を読んでもらった。


 お姉様は恋の話が好きだった。

 貧しい娘が、身分を隠した貴族に見初められる。

 貴族の娘が、牧夫と手を取り海へと逃げる。

 敵対する国の二人が、恋に落ちる。

 どの物語も幸せな結末を迎えるものばかり。


「すてきなお話ねー」

「そうね。だけど全部作り話。嘘のお話なのよ。それを忘れちゃだめ」


 お姉様はいつも言っていた。


「恋は素敵だけれど、全部本当のことじゃないのよ」


 にっこりと笑うお姉様に、あたしは不満で頬を膨らませた。

 だって、どのお話も素敵だった。

 恋をしたことのないあたしでもわかるぐらいに。

 ドキドキもハラハラもあったけれど、いつも最後は幸せだった。


「それは私がハッピーエンドを好きなだけよ。そうじゃないといやなの」

「どうして?」

「だって、せっかくの物語なんですもの。思いっきり荒唐無稽で何も考えずに楽しめるのものがいいじゃない」

「こうとうむけい?」

「でたらめでありえないことって意味よ。特に私たちには遠い話よ。それでいいの」


 そんなものかと、納得した。


 お姉様が結婚したのは、今のあたしの歳。


 遠くにいる顔も知らない人の元に、嫁いでいったお姉様とはそれから一度も会っていない。


 お姉様は大事にしていた本を、全部私に譲ってくれた。

 お姉様の本は、すべてハッピーエンドの恋愛小説。


 思いっきり荒唐無稽。


 並んだ本の背表紙を眺めるたびに、そう言ったお姉様の言葉を思い出す。


 お姉様にとって、これはすべて荒唐無稽な夢物語だったのだ。

 でたらめでありえない、愛すべきただ(・・)の物語。


 お姉様と同じ年になって、あたしにもそれがよくわかるようになった……


 だけど、あたしにはまだ時間があるはずだった。

 侯爵家の兄弟は上から順番に結婚することになっていて、下のお兄様の結婚はまだだった。


 それと言うのも、婚約を進めていた地方領主の娘が呪いにかかって眠り続けているからだ。

 こちらからの婚約破棄は難しく、向こうからの破棄の連絡はない。


 ずっと眠り続ける彼女に対し、『もういっそ死んでしまえばいいのに』なんて言う人もいたけれど、あたしには助けでしかない。

 下の兄さまが結婚するまで、あたしの結婚の話は動かないんだから!


 リリア魔法学園に入ることができたのは、本当に運がよかった。

 ヴェロネージェ家には、私の歳になった女の子に対するノウハウがなかったのだ。

 だってあたしぐらいの歳になると、みんな結婚してしまうから。


 そこで、あたしを持て余した両親に、結婚したお姉様がリリア魔法学園を進めてくれた。

 あたしは自分の魔法が制御しづらい。

 子供の頃に一度大きな事故を起こしたこともあるし、気が高ぶるとあふれだしてしまう。


 幸い人にケガをさせたことはないけれど、これを制御できるようになるかもしれないと、両親はあたしを送り出してくれた。


 お目付け役として、イルマとラウラも一緒だったので寂しくなんかはない。


 お姉様が嫁いでから初めて来た手紙には、しっかりと勉強して独り立ちできるようになったら、あたしは好きなところに行けるのだと書いてあった。

 時代は変わりつつある。

 女の子でも好きに生きることができる時代が来るって。

 そのためにも、今は力を蓄える時だって。



 私には夢物語だったけれど、あなたは夢をかなえることができるわ。



 手紙の最後には、こう記されていた。


 あたしは、リリア魔法学園で力をつけてどこにだって行けるようにする!



 そう心に決めたのに……


 あたしがリリア学園の寮に入った日、兄の婚約者レティシア・ファラリスが目覚めたと連絡が入ったのだ。


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