OHANASIしましょ!
「さて、どうしましょう」
イルマちゃんとラウラちゃんが帰ってから残った紅茶をもう一杯。
「グローリア様のことですか?」
ポットに残っていたお茶は渋くなっていたけれど、すかさずエダが用意してくれたミルクのおかげでおいしいミルクティに早変わりだ。
「ええ。嫌われている理由は分かったし、それが誤解だってこともわかったけれど……どう誤解を解けばいいのかしら」
「難しい問題ですね。アダルベルト様との結婚に乗り気ではないと取られるのも困りますし」
いや、誰との結婚でも嫌なんだけどさ。
説明もややこしいので、エダにはしっかり勉強をして世間を見たいから。と説明している。
『さすがレティシア様です』ってキラキラした目でほめたたえられてしまったので、もうこの流れで最後まで通すのだ。
エダの期待を裏切ることなど俺にはできぬ!
「グローリアさんのお兄様が嫌なわけではなくて、今はまだ結婚なんて考えられないだけなのに……」
「お気をつけてくださいね。結婚の意思がないことが先方に伝わってしまうと、もめごとになるかもしれませんし」
「そうなのよねぇ」
結婚の意思がないのはなぜか?
誰かほかに好きな人がいるのでは? 駆け落ちするかも!
その前にさっさと結婚させとけ!
って流れは、かーなーりありそう。
下手を打ってせっかく勝ち取った3年間をふいにしたくはない。
「グローリアさんとは完全に利害が一致しているのだし、話し合えればいいのだけど……ちゃんとわかってもらえるかしら」
「レティシア様なら大丈夫ですよ。絶対にうまくいきますから!」
あふぅん。
輝く笑顔がまぶしいです!
おだてとかお世辞でなくて、心底本心から言ってるのがまた。
この笑顔裏切れない!!
どうやってでもグローリアちゃんと、うまーいこと共同戦線を張れるようにするのだ。
そのためにはまず対話。
お話する機会を見つけ出すのだ。
えー。
えー。
ただいま俺はグローリアちゃんと机引っ付けて向かい合わせになっております。
かれこれ30分ほどこんな感じです。
頑張って作ろうとした機会が目の前にゴロンです。
なぜか!?
昨日のグローリアちゃんによる「やっ!」パシーン。の流れがケンカだと思われたらしく、深刻に取ったお嬢様たちが先生に直訴。
きちんと仲直りをしましょう。の方針で授業でペアを組まされた次第です。
……あのくらいでケンカだ! っと真剣に取られるぐらい、この学園は平和で生徒たちは純粋です。
好きっ!
難を言えば、もう少し心の準備とか作戦とか立ててからにしてほしかった。
ちなみに授業は刺繍です。
魔法関係ない。
一応、規則的に繰り返す動作がどうの~、単純作業を繰り返す集中力がこうの~とか言ってましたが、これ花嫁修業じゃなかろうか?
楽しいからいいけどさ。
レティシアはこんなちまちましたことが結構好きだったらしく、体が覚えていてすいすいと糸が走る。
ハンカチに小さな花が咲いていくのは結構面白いものだ。
教室の中もみんな仲良く和気あいあい。
おしゃべりしながらも手さえ動かしてればいいってことで、カワイイ笑い声やおしゃべりが教室内に満ちている。
まぁ、グローリアちゃんは不機嫌を前面に出したふくれっ面ですけどね。
「こんなの、魔法に関係ないじゃない!」
うん、俺もそう思う。
けど、ブチブチと文句を言いながらも、見本の図案とにらめっこしながらゆっくりだけど確実に縫ってますね。
「こんなのじゃなくて、私は魔法の勉強がしたいのよ!」
「これも魔法の訓練のひとつなんだから」
いや、本当は俺もそうは思わないけど……なんとか会話の糸口をっ!
「そんなのこじつけよ。体よく花嫁修業させたいだけなのよ!」
やっぱ、そうなんだろうなぁ。
「あなたはずいぶん得意みたいね! いつでもお嫁に行けるってことかしら」
「どうかしらね。まだ結婚なんて考えたこともないけど」
「2年眠ってもう一度1年生をやってるんでしょ? もう年増もいいところじゃない」
「そうなのかしらねぇ。眠っていたから実感がないんだけど」
直人としては何言ってんだ? って感じだけど、レティシアの感覚だと普通なんだよな。
この学園だって、ここじゃかなり進歩的な部類。
学園がなかったら、このクラスの子のほとんどはもう結婚させられてただろう。
ううーん。
この感覚、慣れない。
「どうせ結婚するからって、中退するんでしょ。無駄じゃない」
おっ!
向こうから探りが入ったぞ!!
「まさか。私は卒業までしっかり勉強するつもりよ。だから……」
「はぁ!? 卒業のころには行き遅れもいいところじゃない。もうおばさんよ。そんな年でお兄様のお嫁さんになるつもり? 年の差どれだけだと思ってるのよ。恥ずかしくないの?」
勝ち誇ったように言ってるけどさ……
「人間は誰でも年を取るし、お兄さんも同じように年を取るから歳の差は変わらないわよ」
「あっ」
単純すぎるミスに気付いて真っ赤である。
この子、結構抜けてるな。
「でもっ、つ!」
「あら」
恥ずかしさに力が入ってしまったのか、針で指を突いた模様。
白い指先にみるみる赤い血の粒が膨れる。
「大丈夫!?」
「平気よ!」
さっとハンカチを出すまではしたけれど、触られるの嫌なんだよな。
「そんなのいらないから」
グローリアちゃんは自分のハンカチで血をぬぐう。
ちょっと刺しただけだったみたいで、2、3度ハンカチを滑らせると、もう血は止まったようだ。
よかった。
「もう、こんなのあたしがやる必要ないのに。メイドにでもさせればいいのよ! 無駄よ無駄」
「無駄じゃないわよ。こうやってひと針ひと針、好きな人に大好きな気持ちを伝えるつもりで刺していけば……」
「あなた、誰に渡す気なの」
「エダにプレゼントしようかと思って」
「は? 誰?」
「私のメイド。だれも知り合いのいない王都までついてきてくれた子よ」
リゼットちゃんでもいいかなと思ったけど、先生と生徒の線引きをするって言ったし。
この大きさだったら、ちょっと手を加えればエダのヘッドドレスにできそうだし。
「愛情込めて作って、あげるのはメイドに?」
グローリアちゃんは鼻で笑う。
「私はね。けど、グローリアちゃんは好きな人にあげるつもりで縫ってみたらどうかしら」
いつかできる好きな人のために。
って意味で言ったんだけど、グローリアちゃんはそうは取らなかったらしい。
ガタンと音を立てて立ち上がる。
ぱちぱちと聞こえるのはグローリアちゃんが放電してる?
ツインテールがぶわっと広がり、火花が散るのが見える。
「はっ! ばっかじゃないの? 好きな人とか笑わせる。貴族の娘はね、好きな人なんか作っても無駄なのっ! 恋だとか愛だとか臭いこと言わないでよ! どうせ顔も知らない人と結婚するしかないんだか――」
ぱんっ!
と、軽い音が響いた。
それは俺がグローリアちゃんの頬を平手打ちした音だった。