伝説のアレ
体育の授業が終わったら、サクサクと着替え。
おっと、ここで着替え風景をじっくり眺めてウェッヘヘなんてしようとするやつは恥を知れ。
そんなのはのぞきと同じで犯罪なのだ。
席が端っこなので見ないように着替えるのが楽で助かった。
犯罪だとわかっていても、見たい気持ちは存在するから!
欲望を理性でぐっと押し殺し、もぞもぞと着替え。
心を無にして時が過ぎるのを待つのだ。
無だ。
「………」
「レティシアさん」
すべての煩悩は消え失せ、俺は宇宙と一体になる。
「………」
「レティシアさん!!」
「ふぁ!?」
無から引き戻されると、目の前にグローリアちゃんと彼女が率いるモフモフたちがいた。
着替えはみんな終わっているな。
よしよし。
「心ここにあらずね。疲れてるのかしら!?」
たぶん『ボーっとしてんなよ』って言いたいんだろうなぁ。
「ごめんなさいね。なに……か……しら」
目の前のグローリアちゃんの姿に、俺は言葉を失った。
金髪ツインテ赤リボンに、もっふりキツネ耳でちょっと釣り目な委員長は……着替えたばかりのせいだろう。
胸元を飾るリボンスカーフが……少し……曲がっていた。
こここ、これっ、アレができるんじゃないか?
百合を愛好するものならだれもが知っているといってもいいアレを!
百合を特に愛好していなくても、ラノベなら結構読むよ。って人なら聞いたことがあるかもしれないアレ。
もはや古典といって差し支えない……いや、古典と言うより聖書的な扱いの……
伝説のアレ!!
グローリアちゃんは何か言ってるが、申し訳ないが頭に全く入ってこない。
ここでアレをするのは結構唐突だよな。
だけど、こんな機会はもう一生訪れないかもしれないのだ。
見逃していいのか?
いい訳がない!!
これを逃せば俺は一生後悔することになるだろう!
やるしか……ない!
「~だから、あたしは――」
「グローリアちゃん、タイが曲がっていて……」
「やっ!」
伝説の言葉を言い終わる前に、伸ばした手を持っていた教科書で払われた。
痛くはなかったが、ばちん、と、結構いい音がした。
「ごめっ……きっ、気安く触らないでよね!」
叫ぶように言い、踵を返して走り去ってしまう。
「まってぇ~」
ちょっと遅れて、ラウラちゃんが追いかけていく。
……そ、そうだよな。
急に触られそうになったらいやだよなぁ。
信頼関係がないどころか、マイナス状態の人間からだとなおさらだもんな。
うえー。
自分のことしか考えず、盛大にやらかしてしまった。
叩かれた手は痛くないが、なぜか泣きそうだったグローリアちゃんの表情に心が痛い。
「あの、ごめんなさい。えっと、グローリアさんは、悪気あったわけじゃないんす」
残ったイルマちゃんがぺこぺこと頭を下げる。
「わかってるわ。急に手を出した私が悪いの。きっとびっくりさせちゃったのね」
「あのあの、グローリアさんがあんなことしたのは、理由があるんす」
「そうなの?」
「あの……」
ここじゃ話にくいことなのかな。
「良かったら放課後。遅くなってもいいから部屋に来る?」
「! いいんすか!?」
「もちろんよ」
「じゃあ、じゃあ、ラウラも一緒でいいすか?」
「ええ。歓迎するわ」
「ありがとうございますっ。ちょっと遅くなるかもしれませんが、お邪魔させてもらうっす」
ぺこんと頭を下げて、イルマちゃんは席に戻った。
グローリアちゃんとラウラちゃんは授業が始まるギリギリに戻ってきたが……
この日、グローリアちゃんはもう目も合わせてもらえなかった。




