尊死の次にいい死に方
この柔らかあったかい物体は……おっぱい。
おっぱいですね。
わかりますとも。
正直おっぱいなんて慣れてるんですよ。
自分もふたつ持ってるんで。
ええ、自分もですね、女の子になったら女体ヒャッホーイ! になるかと思っていたんですけどね。
こう、自分にヒャッホーイとか……できないもんなんだなぁ。
これは俺の趣向でヒャッホイできる人はできるんだろうけど。
やっぱり俺は、関係性とかそこに至るドラマも含めて百合は尊いものだと考えているので、女体をポンと与えられても困るんですよ。
って、思ってたんですけど!
こんなぐいぐい押しつられると、その、やっぱりドキドキします!
なんかいい匂いもするし。
やわらかなケープ越しに頬に感じるプリっとした感覚と、ブラのレースのさらっとしたところの境目が、ちょっとおっぱいに食い込んで段ができているところまでわかっ――ギブギブギブギブ息ができない!!
ぱしぱしと背中を叩いてギブアップの宣言をすると、ようやく離れてくれた。
死ぬかと思ったわ!!
おっぱいで圧死とか、尊死の次にいい死に方かもしれないが、俺にはこれから女子校ライフが待っているのだ!
こんなところで死んでる場合ではない。
俺は大きく深呼吸をして酸素を取り込みながら、俺を殺そうとしていたおっぱい……もとい女性を見る。
「はわわ、ごめんなさいっ!」
死にかけたけど、半泣き顔かわいいので許します!
ふむぅ。
ちょっぴりオレンジがかった金髪は、かっちり系のボブカット。
きつめにもなる髪型だけど前髪から覗く太め眉毛と、その下にあるくすんだ緑の優しげな瞳がふんわりとした雰囲気を作り出してる。
鼻は丸めでかわいく、アッシュピンクの優しい色合いに塗られた唇は、ふっくらセクシー。
一見すると、素朴でかわいい。って印象を受けるんだけど、よく見るとあちこちにセクシーが隠されている。
『あいつのこといい女だって気づいてるのはオレだけだぜ!』ってみんな思ってるってパターンの娘だな!
しかし、この半泣き顔……覚えがあるような。
この人、知っているぞ?
俺はレティシアの記憶を遡り……見つけた。
「リゼットちゃん!」
彼女はリゼット・モーリア。
レティシアが前にここに通っていた時の、同級生だ。
二人とも辺境領主の娘で、経済状態も似ていたもんだから、参考書とかを貸し借りして仲良く主席を争っていた秀才ペア!
思い出の中のリゼットちゃんは今より少し幼くて……
「大きく、なったわね……」
美人になったし、背も伸びたけど、なによりそのおっぱいすごない?
二年前はエダといい勝負だったよね?
シスター服のケープがかかっていても、存在を主張するとか、なかなかにけしからん大きさなんですけど。
「ふふっ。ヒール履いてるから」
いや、そっちじゃないし。
「覚えていてくれたんだ」
「忘れるわけないわ」
レティシアの中にあるリゼットちゃんとの思い出は、ついこの間の出来事のように鮮明だ。
二人ともメイドを連れていなかったから、禁止されているのに消灯後こっそりとお互いの部屋に行き来して、ベッドの中で勉強したり、将来のことを話したり、厨房を借りて自分の故郷のお菓子を作ったり……ってなにそれエモくない?
って、あれ?
「どうしてリゼットちゃんがここに?」
確か卒業したら故郷に帰ってすぐに結婚することになってるとか聞いた覚えがある。
顔も見たこともない婚約者がいるって話で……
ひどい話だけど、この世界じゃそれが普通なんだよな。
冒険者とか自分の腕一本で勝負する人たちはそんなことないんだけど、女の子でなまじ貴族だのに生まれたら政略結婚の駒にされるの決定みたいなもんだし。
「わたし、この学校の先生になったの」
「まぁ! よかったわね! すごいわ」
「首席で卒業できたから特別に。レティシアちゃんが眠ってくれたおかげかも」
「そうよ。私がいたら主席は譲らなかったもの。感謝して」
呪いのことをこんなに軽く笑えるのも、親友なればこそ。
くっ。いいなぁ!
「はい。おしゃべりはそこまでよ」
記憶のままのかわいいおばあちゃん校長が、パンパンと手を叩く。
「話したいことはたくさんあるでしょうけれど、まずは復学のお話をしましょうね」
「は、はい!」
「そうそう。先に言っておきますが、ファラリスさんはモーリアさんが担任するクラスです」
「まぁ」
おおぅ。
過っての親友でライバルが、先生と生徒って……イイ……
「プライベートまでは口出ししませんが、他の生徒の手前教室ではお互い言葉遣いに気を付けるように」
「はい。えっと、モーリア先生。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。……ファラリスさん」
他人行儀なセリフがなんだかひどく照れくさくて、俺とリゼットちゃんは顔を見合わせて笑った。