夏休み 15
さて、こんな時頼りになるのはやっぱりエダだよな。
ついでにお茶ももらおっかなー。
レティシアの好みかもしれないけど、今俺はすっかり紅茶派だ。
直人の時はとっちかってーとコーヒー派だったんだけどな。
まあ、インスタントコーヒーばっかだしブラックも飲めなかったんだが。
とにかくエダの淹れるお茶はおいしいし、何よりエダがおいしくなるように淹れてくれてるってのがでかい。
おいしくなぁれ、モエモエキューン☆ より、真剣な顔で温度と時間に気を配ってくれる方がよっぽど上級のおいしさの魔法なのだ。
……いや待てよ?
エダのモエモエキューン☆ とか良くない?
「それでおいしくなるのならもちろんやります! おいしくなーれ! モエモエキューン!!」
も、いいし、
「え? そんなの聞いたこともないんですけど……はい。レティシア様のお願いならもちろん。……おいしくなぁれ。もえもえ、きゅん? ですか?」
ああー、どっちも捨てがたい。
どっちもすごくいい。
そしてまだ実際はどうなのか? という第三のドリームも残っている。
たっぷり想像を楽しんでから、まだ真実を求めることができるなんてなんとばらしいことか!!
エダは……あれ?
お茶のサーブをしているのは、ヴェロネージェ家のメイドさんだ。
「エダはどこかしら?」
「エダさまは裏の方に」
「裏? どうして?」
「わたくしにはわかりかねます」
ふむ。
このメイドさん困らせても仕方ないよな。
「そう、じゃあちょっと失礼するわね」
「そんな、お呼びしますが」
「いいのよ」
わざわざ裏にいるってことは、何かしてるんだろうし。
俺はやんわり止めるメイドさんを振り切って、裏って呼ばれてる衝立で囲まれている部分に滑りこむ。
ふーん。
衝立があるだけで、ずいぶん薄暗くなるもんだな。
エダは……あ、いた。
食器や時間差で出すらしい料理が置かれた場所の一番奥の隅っこに座り込んでグラスを磨いている。
「エダ?」
「レティシア様! どうかなさいましたか?」
「それはこっちのセリフよ。今日はお茶のサーブをしているんじゃなかった?」
「これは、こちらの方にお願いしたほうがいいかと」
「どうして?」
お茶を入れるのはエダが一番上手だし、こっちのメイドさんもそれを認めてエダに教えてもらってたりするのに?
「私は……ちゃんと学んでメイドになったわけではないですし……こちらの方と並ぶことなんてとても」
「何言ってるの! エダは私の最高のメイドよ!」
俺はそれを疑ったことなどないぞ!
「ありがとうございます。それより何かご用事があるのでは?」
「あ、そうだった。マリオンちゃんを知らない?」
「マリオン様なら、おひとりでお庭の方に向かっておられました」
「庭?」
「はい。少し前ですけど」
「そう、ありがとう」
庭って言っても、外出たらそく森みたいな場所だぞここ。
エダの様子がおかしいのも心配だけど、マリオンちゃんも心配だ。
エダはここに居ればとりあえず危ないことはない……よな?
うん。
「じゃあ、ちょっと見てくるわね。エダ後で話したいから夜にでも時間を頂戴」
「はい」
メイドのケアも主人の務め。
なんだけど、俺にちゃんとできるかなー?
ううーん。
ま、とりあえずマリオンちゃんだ。
衝立から見てぐるりと見渡す。
はわー!
グローリアちゃんとエリヴィラちゃんのダンスはわー。
男装の王子様とお姫様のダンスもいいけど、姫姫ダンスもいいっ。
めっちゃいい!
ちがう!
ちがわないけど、庭庭!
入り口から向かって左側は、土地の高低差を利用したバルコニーになっている。
なので、庭に行けるのは右のみ。
そちらからテラスに出て見回すけど、マリオンちゃんの姿はナシ。
もっと奥に行ったのかと歩を進めると、灯りがなくなったせいで途端に暗くなる。
と言っても、漏れる光で足元なんかは余裕で見れるぐらい。
今までめちゃめちゃ明るいところにいたせいだな。
「マリオンちゃん。マリオンちゃんいるの?」
と、植え込みがかさっと動いて、ピンクの頭がちらりと見えた。
「マリオンちゃんそこにいるのね」
「あああっ来ちゃダメですっ」
「どうして!? なにかあったの!」
「ちがいます。ここは危ないので、刺があるので」
「まぁ、ケガはないっ!?」
「私は平気ですからっ」
植え込みからにゅるんとスライム姿のマリオンちゃんが現れる。
服はスライムの中に入っていて、目の前に来るとくるんと反転するようにドレスを着た女の子型になる。
「私はスライムですから怪我しませんので」
「そうかもしれないけど」
なんかおかしいぞ。
言葉遣いがやけに丁寧だし……なんか一回り小さくなってないか?
ぴったりだったおさがりドレスが少しダボついてる。
これもおさがり感がマシマシでいいんだけど。
「どうしてこんなところに? せっかくのパーティなのに」
「せっかくのパーティだから……スライムなんかがいたらダメですよね」
「え? どうして?」
マジでどうして?
いいじゃん別に。
この世界モンスターだからって差別もあんまなさそうだし。
(俺が知らんだけでなんかあるかもだけど、ドラゴン娘のメフティルトちゃんが侯爵令嬢だしなぁ)
「スライムだし。作られたものだし」
「それが?」
「………」
マリオンちゃんは俯いて黙り込んでしまう。
こりゃ何もないわけがないが、俺がずかずか踏み込んでいいのかがわからん!
「とりあえず、こんな暗い所に居たら心配だから中に戻りましょ? ここに隠れていいから」
ドレスのストールを外して、前でまとめる。
「私が抱っこしてるから。これならよくない? 私も安心できるし」
「んっ。抱っこ……ううぅ。はいっ!
マリオンちゃんはくるりとスライム姿に。
ドレスはきれいに畳まれてまとめられている。
纏めてねーもドレスはでかいな。
スカートの中のぽわぽわがでかい。
なのでドレスはテラスに置いてある椅子に乗せといて、ストールをかぶせたマリオンちゃんとホールに戻る。
この心地よい重さと、ストール越しに感じるぷにょぷにょがたまらんですな。
異世界万歳!
ホールに戻ると、素晴らしいことにグローリアちゃんとエリヴィラちゃんのダンスがまだ続いている。
ひゃっほぅ!
リゼットちゃんの隣に戻って腰を下ろす。
「あら、マリオンさんそっちにしたの?」
リゼットちゃんが不思議そうにストールにくるまれたマリオンちゃんを覗き込む。
「ええ、まぁ、はい」
マリオンちゃんは歯切れ悪くプルプルと震える。
ほんとどうしちゃったんだろ?
どうしちゃったんだろうと言えば、リゼットちゃんもである。
さっきケープをかけてるのは見たけど、今はかけてると言うより着こんでいる。
上半身をケープですっぽり包んでるのだ。
「リゼットちゃん、そんなに寒い? エダに温かいお茶を用意してもらいましょうか?」
「寒いわけじないわ」
「なら、どうしてそんなの着てるの?」
オシャレでもないよなぁ。
大体ドレスとと会わないデザインで。
膨らんだロングスカートの上がケープですっぽりだから、なんか釣り鐘みたいなシルエットになってる。
「……ドレス何て張り切りすぎよね。しかも私なんかがグローリアさんのお母様のドレス何て」
「そんなことないでしょう。とても似合っていたし。ね、マリオンちゃん」
「うん」
「でも、太ってるし」
「え?」
どこが?
「胸も大きすぎてみっともないし」
「はい?」
「いつも悩んではいたけど、削れるわけじゃないし……痩せても胸だけ残るからあきらめるしかないかって」
「へぇー」
『ダイエットしたら胸からなくなる―』とかいてるの聞いたことあるんだが、やっぱ体質って人それぞれなんだな。
あ、いや、感心するところじゃねぇよ!!
「そんなことないわ! 胸がおっきいのだって素敵よ! リゼットちゃんのチャームポイントじゃない」
「それは、レティシアちゃんが友達だからそう見えるのよ」
「ちがうわっ」
そうたちがうのだ!
リゼットちゃんのおっぱいは素晴らしい!
その大きさもさることながら、形に肌のきめの細かさ、おしとやかなリゼットちゃんにそれがあるギャップとかいろいろいろいろ!!
「本当に違うのよ……」
リゼットちゃんのおっぱいがどれだけ素敵なものなのか、語りつくせないぐらいにあるのだが!
それをキモくならずに伝えられる自信がねぇぇぇ!!
「いいのよ。無理しなくても」
ちがうんだあぁぁぁぁ!!
「だから、そのね」
「お義姉様ぁぁ」
「はぐっ」
このみぞおちを確実に狙う一撃は、グローリアちゃん!
間一髪、マリオンちゃんを持ち上げられてよかった。
あ、てことは、ダンス終わっちゃったのっ!?
もっとしっかり見たかったのに!!
「エリヴィラさんったらひどいんですぅ!!」
「ど、どうしたの?」
あっちもこっちもなんか忙しい!
「エリヴィラさんが友達止めるって!!」
「えぇ? どうしてまた」
「違うわ。ただ私は学園の外では、一緒にいないほうがいいって言っただけで」
「もう友達じゃないってことでしょ!?」
「そうじゃなくてっ」
なんか修羅場。
修羅場だけど、イイ。
グローリアちゃん普段『私たち友だちよね』とか言わないタイプなのに、友達じゃなくなることに対して、こんなに慌ててるとかっ。
「ただ、あなたが気にしないのはわかってるけど、他の人たちは私が呪いの血筋だってこと嫌がるじゃない」
「だーかーらー?」
「私だけならいいけど、あなたまで変な目で見らるようになると困るわ」
「そんな目で見る人なんかと付き合いたくないわ!」
そうだ! グローリアちゃんよく言った!!
しかし、こんな急にみんなが拗らせ始めるなんて……
絶対におかしい。
これは、絶対何かある……。
なにかあるっーか、あいつの仕業だろあいつのっ!!