夏休み 12
目が覚めたら夕方だった。
うおー、結構ぐっすり寝たなぁ!
やっぱ、水の中って疲れるな!
ゆっくりと身を起こすと、おっきな窓から夕焼けの森の景色が見えた。
あー、夏の日の夕焼けって、なんかこうエモいっすよねー。
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太陽が夕焼け色になっても、夏の気温は衰えたりしない。
重さを感じるほど湿気を含んだ空気を、四方から響く蝉の鳴き声が振るわせる。
汗で濡れたユニフォームが入ったカバンが、重く肩に食い込む。
部活は楽しいけれど、帰り道はいつも憂鬱だった。
部活が楽しいから、余計に帰り道が寂しくなる。
友だちの帰り道はみんな逆方向で寂しいし、方向が同じ先輩は一人だけ。
無言で先を歩く先輩を少し怖いと思っていた。
けど、この前気分が悪くなって立ち止まったら、すぐに先輩は気が付いてくれた。
私のことなんて、全然見てないと思ってたのに。
水を買ってくれて日陰で休んでいる間、先輩はずっと隣にいてくれた。
無口だけど、優しい人だって、その時わかった。
あの日から、帰り道が楽しい。
疲れているし、鞄は重いし、暑くて汗は気持ち悪いし、蝉の声は相変わらずうるさい。
先輩は変わらず無口で、先を歩いてる。
それでも、歩く速度を私に合わせて一定の距離を保ってくれている。
ただ歩いているだけだけど、私には大事な時間。
曲がり角を曲がると、夕日が真っすぐに目に入って、私は俯いた。
アスファルトの上に先輩の影が長く伸びている。
夕方になっても夏の日差しは強くって、先輩の影はくっきりと黒い。
ポニーテールが揺れるのがわかるくらいに。
くん。
って、胸が痛くなる。
咽に何が詰まった時に似ているような、違うような、変な気分。
むっとする熱い空気。
緑の匂いがするゆるい風。
色濃くなっていく光。
先輩の影。
そっと、手を宙に浮かす。
私の影が、先輩に近づく。
私の影と先輩の影が手をつなぐ――
ものすごくいけないことをしている気がして、慌ててぎゅっと鞄をつかんだ。
先輩がちょっと振り向く。
どうしたの?
声に出さない疑問が聞こえた気がした。
「何でもないです」
「そ」
先輩はまた前を歩く。
心臓がどきどきすのは暑いせい。
顔が赤いのは、明るすぎる夕日のせい。
全部、全部夏のせいだ。
今日は、そういうことにしておこう。
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夏のせいにして突っ走ってもええんやで!!
くぁぁ。
にしてもグローリアちゃんたちはよく寝てるなぁ。
お、エリヴィラちゃんの鼻がぴーぴーと小さな音を立てている。
リゼットちゃんは……横向きで猫みたいに丸くなってる。
マリオンちゃんは、寝ている時はスライムなのか。
ふむ。
「お目覚めですか」
エダが、ちょっと声を潜めて言う。
「ええ。ちょっと寝すぎちゃった。はしゃぎすぎたかしら?」
「体力がついてきた証拠です。いいことですよ」
「そうね」
レティシアは俺が直人だった時よりずっと体力があると思うが…
エダは立つのもおぼつかなかった時に、リハビリを手伝ってくれたからなぁ。
エダの中では、レティシアはまだ病弱なお嬢様なんだろう。
にしても。
「みんなよく眠っているわね」
「皆さんは、レティシア様の隣を決めるために、ゲームをしていらしたので。レティシア様よりかなり後に眠られてますから」
「あら」
何それ楽しそう!
誘ってくれよ!
って言いたいところだけど、あの眠気には勝てなかった気がする。
「けれど、そろそろ起きたほうがいいような」
「もう少し寝かせてあげない?」
だってものすごく気持ちよさそうに寝てるんだもん。
「ですが、夕食前に着替えなければいけませんし」
「着替え?」
このままでいいと思うんだけど、エダがいるって言うならいるんだろうな。
しかし起こすのはちょっとかわいそう。
悩ましいな。
「はーい、グローリアさん起きるっすよー!」
そんな俺の悩みをぶち抜いて、イルマちゃんがバーンとドアを開けて入ってくる。
もちろんラウラちゃんも一緒だ。
「うんにゅ?」
グローリアちゃんが起き上がるのを先頭に、エリヴィラちゃんとリゼットちゃんも起き、マリオンちゃんは素早くいつもの姿に。
「起きないと~。着替える時間なくなるよ~?」
「着替え? そんなに急がなくてもいいじゃない。お母様が来てるわけじゃないのに……来てるの?」
「来てないっす」
「なによ、脅かさないで!」
グローリアちゃんのお母さんは怖いのか。
「けど~、アダルベルト様がいるよ~」
「お兄様はそんなうるさいこと言わないでしょ?」
「言わないでしょうけど、いいんすか? ……アダルベルト様、気合入ってますよ」
「まさか」
「まさかっすよ」
グローリアちゃんがベッドから飛び降りる。
「エリヴィラさん、リゼットさん、マリオンちゃん! 行くわよ」
「はーい!」
「え? ええ?」
「ふみゅ?」
マリオンちゃんがピシッと。
エリヴィラちゃんが戸惑いながら。
リゼットちゃんは、半分以上寝ぼけてくにゃんくゃんと揺れながら連れていかれた。
「さぁ、レティシア様も着替えましょう。ドレスも用意していただけましたし」
「まぁ。グローリアちゃんが? 準備がいいわね」
「ええ、本当に」
ん? ドレスってもしかして、あのトイレいけないやつですか!?
と、一瞬身構えたがエダが出して来たのは、胸の下で切り替えがあるゆったりしたデザインのものだった。
よかった。
ふぅむ。
グローリアちゃんが着ていたみたいな、ザ・お姫様! って感じのドレスよりレティシアに似合うなこれ。
グローリアちゃんセンスいいぞ!
いやー、よかったよかった。
お姫様ドレスはあれ、ウエストめちゃくちゃ締めるじゃん?
あれはいやだ。
マジいやだ。
だってあんなの、何も食べられないし!
レティシアは病弱設定ゆえに、コルセットは免除されているきらいがある。
これからもやつから逃げるために、病弱なふりをすべきかもしれない……!
病弱・ひ弱なふりをするにはどうしたらいいか?
とか考えているうちに、やってきました夕食の時間!
ヒャッホイ!
病弱・ひ弱イメージは小食から……と、思ったけどやるにしても明日からにしよう。
明日からに!
と、言うのも、こっちのマナー的なことで、お客様が来た一日目はパーティなのだ。
貴族とかだけのアレだと思うけど、お客様が着たら連日もてなすべし!
って決まりが簡易化されて行って、連日のおもてなしパーティーは一日目だけとなったのだ。
その一日目だけのパーティも、仲のいいお友達同士とか気心が知れた間柄だとキャンセルさせることも多いし、今回は大人の人がいないからやらないかと思ってたけど。
ヴェロネージ家の強さを思い知らされるな!
さずかに小規模なのだろうけど絶対にごちそうが出る!
泳いでからの昼寝で、胃袋の中はいい感じに空っぽだ。
いざ行かん! 美食の園へ!!
扉を開けると……そこは美少女の花園だった。




