夏休み 10
とりあえず、水着から服に着替えて、改めてアルちゃん(アダルベルト君)と話をすることになった。
「………」
「………」
今、アルちゃんは耳をしまってる。
頭の後ろで髪留めでまとめているようだ。
女神レティシアの嘘つき。
男じゃん。
男の娘だって言ってたじゃん。
完全に男じゃん。
確かにきれいな顔してるから、かわいくなりそうだけど男じゃん。
「アルちゃん……女の子だとばかり」
「男の子だよ! 大体、レティシアちゃんが悪いんじゃないか! 上等な服は遊ぶのに向かないからって、自分の服を着せて!」
「あ、ああ、そうだったわね」
ソウダッタミタイダネー。
アルちゃんと話していると、レティシアの昔の記憶がずるるっと引き出されてくる。
昔の友達と話してると、すっかり忘れてたその時のこととか思い出せたりするじゃん?
そんな感じで、ぎゃんかわウサ耳少女(にしか見えない)アルちゃんと遊んだ時のことが思い出せる。
あの頃のレティシアは歳の近い友達とかいなくて、ヴェロネージェの奥様と一緒に遊びに来た同い年のアルちゃんとすぐに仲良くなった。
おさらいだが、ヴェロネージェ家は伯爵家でファラリスは田舎の地主って感じの家柄。
だからアルちゃんが着ている服もめちゃめちゃ豪華で、野原を走り回ったりするのはとてもできない代物。
だけど、一緒に遊びたいレティシアは考えて……自分の服を貸したのだ。
同い年だが小柄だったアルちゃんに、サイズアウトしたけど手放せなかった自分のお気に入りのドレスを無理やり貸した結果。
アルちゃんがヤバいかわいいウサ耳女装少年になってしまったわけである。
普通そんなことしたら、周りの大人が止めると思うだろ?
だれも止めなかった。
否、止められなかった。
だって、めちゃくそかわいかったから!!
かわいすぎて誰も止められないまま、まあ、幼いし二人とも喜んでるし、田舎で遊んでいる間ぐらいはいいんじゃね?
ってことで、短くない滞在期間をアルちゃんは女装少年として過ごすことになったのだ。
回想終わり。
「あの時、女の子の服を着せたことが原因で、アルちゃんはそれからずっと女装するようになったのね……」
「ずっとじゃないし!! いや、どうしてぼくがまだ女装してるって――グローリアに聞いたの!?」
あ、やっぱまだ女装してるんだ。
女神レティシアの言う通りなのか?
「ええっと、ほら、ブラを見ていたじゃない?」
「あれはっ」
「ええ。ただ、興味があっただけよね。いやらしい興味じゃなくって、構造とかデザインとかそういったところで」
「……うん」
「女性らしいラインを作ろうと思ったら必要だけど、なかなか手に入るものじゃないものね」
「そう。異世界転移者の作ったものなんて、頭の固い人たちは手も触れようとしないし……挨拶しようと入ったら見えたから、つい。ごめんなさい」
「いいのよ。きちんと整理してなかった私も悪いんだもの。鞄の中が散らかっていたことはみんなに内緒ね。私も内緒にするから」
「う、うん!」
「ところで、どうして今は男の子の格好なの? 女の子の服でもいいのに」
アルちゃんが男なのは仕方ない。
仕方がないが、どうせなら女装してくれていたほうが目が楽しい。
いやさ、やっぱり人間大事なのは中身ですよ。
見た目なんか包装紙。
包んじゃえばどんなものでもきれいにできる。
だったら見るだけならかわいい方がいい!!
「ちゃんと男の格好しないと、レティシアちゃんに嫌われちゃうかと」
「そんなことで?」
「だって、ぼくレティシアちゃんに嫌われたらっ」
う、うーん無理もないかなぁ。
さっき、思い出したあれこれなんだけど……
アダルベルトは12兄弟の末の男の子で、兄ちゃんがいすぎて相続権はほとんどない。
こっちでは兄弟みんなで分けようね、じゃなくて、長男が跡継ぎとして全部相続する。
これは、でっかい家ほどその傾向が強い。
財産を分散させて、家の力が弱まったらいろいろヤバいから。
ちょっと前まで戦争してた国だから、そのへん大変なんだろうなぁ。
さらにアルちゃんは見ての通りうさぎ獣人。
両親ともきつね獣人なんだけど、先祖にうさぎ獣人がいたらしくて隔世遺伝したみたい。
草食系獣人は雑食・肉食獣人より下に置かれていることが多くて。
もうすぐ成人のアルちゃんは、レティシアとの政略結婚という駒でなければ、着の身着のまま追い出されてしまうかもしれないのだ!
これは、レティシアに媚も売りますわ。
だけど、そういうことなら。
「いいのよ。あのね、私も結婚する気はないの」
「そんな、婚約解消とか困るっ」
「待って、すぐにじゃないの。私、結婚とか考えられなくて。今はとにかく学校に行きたい。卒業した後のことはまだ考えてないけど……自分の力で何かできたらいいと思うの」
「自分の力で……そんなすごいこと考えているなんて」
いや、別に普通って言うか、野郎と結婚しないためにはやるしかないって言うか。
「だから、お互いにいい関係を築いているふりをしない?」
「ふり?」
「ええ、アルちゃんと婚約解消したら、私も他の人と今すぐ結婚しろって言われるかも。学園生活を続けるためにそれは困るの。アルちゃんも私と結婚とか考えられないと思うけど、ひとまず卒業するまでは」
「別に……レティシアちゃんが嫌だってわけじゃ」
「いいのよ無理しないで。女の子の格好してても私は気にしないし、むしろ素敵だと思うわ」
その方が目に優しいし。
ついでに、
女の子の格好をしたぼくを受け入れてくれるの?
って、感激する路線になって、うまく味方になってくれねーかなー?
「……別に女の子の格好をしたいわけじゃないけど」
「え? じゃあ、どうして?」
どういうことだ?
「だって、男の格好してると、女の子に好かれてしまうから」
それの何が悪いんだ?
いいだろ?
うらやましい!
「ぼくは、女の子に好かれたいわけじゃない」
そうなの?
いや、男として女の子には好かれたくないか?
まあ、直人の時からモテと言う意味で好かれるのはあきらめていたけど。
ん? 好かれたくないし、レティシアと結婚もしたくない男の子ってことは
「恋愛対象が男の人なの?」
……これは結構悩みどころの問題である。
突き詰めれば、かわいい女装少年どうしの恋愛は百合と言っていいのか問題である。
BLは百合に通じるという言葉を聞いたことはある。
ねーよ!!
ありえねぇよ!!
だってついてるんだぜ!?
と、言い切ってしまいたくもなるが……
それが全く男としての特徴が見えない、美麗イラストだったりしたらっ。
作者は男として描いているのかもしれないが、女の子どうしの百合として消費することも可能というかっ。
これは、俺の中で未だ答えを出せない問題である。
「ちがう!! ぼくは、女の子が好き!」
あ、ちがうんだ。
「女の子の格好もそのためだよ!」
「まさか、女の子の格好をしていると、女の子の警戒心が薄れるからとか、そんなの理由で!?」
こいつ、敵か!!
「違う! 僕はただ女の子が仲良くしているのを見ていたいだけなんだ!」
んん?
「女の子がたちが仲良くしているのを見ると、なんか幸せな気持ちになれるんだ。へんなこと言ってるかもしれないけど」
「わかる」
「え?」
「わかるわ、その気持ち」
「本当!?」
俺はアルちゃんとたくさん話をした。
もちろん、百合の話である。
この世界に「百合萌え」の言葉はいまだ生まれていないが、そのソウルはすでにあるのである。
あたりまえだ。
女の子が存在する限り、百合は生まれるものだから。
そして、確信したのである。
アルちゃんも百合男子であると!!
ああああああー!!
直人の時から百合男子仲間いなかったから、話すのめっちゃ楽しい~!!
ああ、もう、すべての言葉に、
「わかるわ」
って相槌を打ちたくなる。
「だけど、男の格好をしていると、女の子はぼくを好きになるんだ」
え?
わかんない。
てか、むかつく。
「つらいんだ。素敵だと思ってみていた女の子たちが、ぼくをめぐって争うのを見ているなんて!!」
「ああ」
まぁ、それはまぁ、まぁ。
つらいんだろうけど、やっぱなんかムカつく。
「それで、レティシアちゃんと過ごした時のことを思い出して女装してみたら、ぴたっとそんなことがなくなって」
「よかったわね」
ヨカッタデスネー。
「気づいたんだ。ぼくは女の子たちの間に入ることは出来ないけど、彼女たちの絆を深めるための当て馬にはなれるって」
「なんて素敵な考え方なの!!」
同志よ!!
間違いなく彼は同志!
俺たちは二人、熱い握手を交わした。
「お義姉様~!」
と、どやどやとグローリアちゃんを先頭に女の子たちがやってくる。
「と、お兄様……ずいぶんと仲良くなっていますのね……」
ん、なんかグローリアちゃん引きつってる?




