夏休み 8
「ぷはぁ!」
エリヴィラちゃんが水面から顔を上げる。
「はぁ、は、どうでした?」
「うんうん。すごくよかったわ! 後息継ぎさえできたら完璧ね!」
「それが難しくてなかなか」
「エリヴィラちゃんならすぐよ」
実際すぐだろうなー。
手をつないでのバタ足から始めたのに、小一時間ほどで泳げるようになってるんだから!
改めて考えるとまじすごい。
うっそだろー?
俺、ビート板離せるようになるまで結構時間かかったのに!!
その才能に嫉妬してしまいそうだ。
「息継ぎができないなら、ずっと顔を出していればいいじゃない」
頭をぴょこんと出した犬かきでグローリアちゃんが言う。
「だってそれ難しいんだもの」
「そう?」
グローリアちゃんはきょとん顔だが、いやそれすっごいむずいよ。
「ええ、グローリアちゃんたちはすごいわ。安定して浮いていられるし、早いし」
犬かきってなんかのんびりぱちゃぱちゃー♪ ってイメージだけど、グローリアちゃんの犬かきはなんかすっごい速い!
多分、俺がクロールするよりずっと早い!
離れたところから「お義姉様~!」って全力で泳いで向かってこられると、すーっと顔だけ近づいてくるので一瞬ビビるぐらいに早い!
「そんなっ! お義姉さまの泳ぎの方がずっと素敵です!」
「うん! お姉ちゃんの泳ぎ方はお魚みたいですっごいきれい!」
マリオンちゃんが、俺の胸元にぷかっと浮いてくる。
「マリオンねぇ、水の中でお姉ちゃんが泳いでるの見るてると、すっごく幸せな気分になれるの」
「うふふ。そぉ?」
マリオンちゃんはスライムだから、呼吸があまり必要ないのかかなり長い時間水に沈んでいられる。
一部だけ水面に出てればいいのかな? それとも体内に空気を取り込んでいるとか?
うむ、興味深い。
そんなわけで、人間の形での泳ぎはあんまり上手じゃないけど、息継ぎが必要ないので問題なさそう。
「はぁ。水面に顔を出して、急いで息をしようとすると水が入ってせき込んで。それが怖くて。せっかくお姉さまが教えてくれているのに」
「今できなくても、きっとすぐにできるようになるわ」
「だといいんですが」
「エリヴィにお姉ちゃんも、顔を出す泳ぎ方すればいいのに」
「グローリアさんの泳ぎ方は難しいのよ」
「ううん、リゼットお姉ちゃんの泳ぎ方の方」
「あれは……」
「ねぇ」
エリヴィラちゃんとグローリアちゃんが顔を見合わせる。
「あたしは、むりかも?」
「リゼットさんじゃなきゃ、ねえ」
「呼んだかしら?」
少し離れたところで泳いでいたリゼットちゃんがこちらに顔を向ける。
「ううん、なんでもないわ」
「そう?」
リゼットちゃんはゆったりと水面で揺れている。
さて、話はちょっと変わって、男にとって興味深い話をしたいと思う。
つまりおっぱいの話を。
お風呂に入ったりしてなんとなくそうだと知っていたけど、おっぱいは浮く。
本当に浮く。
どのくらい浮くかというと、重力が反転するぐらいに浮く。
こう、ほら、下が丸い雫のかたちで胸の所についているおっぱい。
それが、ちょうど逆雫の形になるぐらい浮く。
胸元を見ると、上なのに下乳の形が見える!
不思議!
まあ、これはレティシアに限ったことで、胸の形も千差万別。
浮力を得たおっぱいがどんな形になるかもきっと個性があるのだろう。
……いや、そんなまじまじと見てないからわからんけど!!
でも、おっぱいが浮くのはみな同じ。
さらにリゼットちゃんぐらいになると、泳ぐのも大変そうで……
けど「水の中にいると胸が軽くていいわ」とか言っててびっくりするよね!
レティシアもけっこうあるけど、そこまで重いとか邪魔だなーって思うのは走ったり跳ねたりする時ぐらいだし。
やはりあれだけのものとなると、全然違うんだな。
そんなリゼットちゃんなので、泳ぎには苦労した。
水着がほとんどふんわりしたドレスで、ブラみたいに胸をホールドしないから流れ放題で。
しかも結構浮くからバランスが難しい。
思考錯誤を繰りかえした結果、リゼットちゃんは背泳ぎという武器を手に入れた!!
「うふふ。この泳ぎ方。いつまででも浮いてられるわ」
離れて見てるとなんか頭が三つあるみたいで……
「初めてこれが役に立ったかも」
ぱちゃぱちゃっと水をはじきながら自分で胸を叩くと、一瞬遅れてぷるるっと揺れる。
おおぅ。
目に毒? いや、薬か?
「リゼットさんはちょっと特別だから」
「あたしもそのうちできるようになるかもしれないし!」
「そうね。リゼットちゃんも二人の歳のころは、とってもスレンダーだったから」
「え?」
「本当ですか?」
「え、人間凄い」
「その話聞きたいっす!」
「詳しく~」
をぅ!? ラウラちゃんとイルマちゃんまで来た!?
「あら? やっぱりわたしの話?」
リゼットちゃんが泳ぐのをやめてこちらにやってくる。
ぽふん、って感じに浮いていつもより高い位置にあるおっぱいに目が行ってしまうのは致し方なく。
いや、つい見ちゃうから。
「なに?」
きょとんとするリゼットちゃん。
ふと周りを見ると、女の子たちもみんなリゼットちゃんの胸元に注目していて……
うん、やっぱり性別関係なく見ちゃいますよね!?
その後、たっぷりリゼットちゃんとの思い出話をした。
一応記憶としてはあって知っていることなんだけど、それがリゼットちゃんの口から語られると!
いいね!
レティシアとリゼットちゃん!!
超お嬢様学園にやってきた、ほとんど庶民オジョウサマの二人が切磋琢磨しながら主席を争い合う。
それでいて親友!
かー! 素敵な組み合わせです!
そんな感じでたっぷり水と戯れ、話し、湖から上がった時にはどっと疲れがやってきた。
おおお。
浮力のない世界ヤバい、体が重いしめっちゃ冷えてる!
みんなも同じだったようで、ひとまず水遊びは終わり。
各部屋で着替えることになった。
ひとりになると、とたんにだーるーいー。
もう、なんか食べるか昼寝するしかしーたーくーなーいー。
けーどー、みんなで集まっておしゃべりするなら、絶対にいーきーたーいー!
誰も見てないからって、もう背中丸めてトボトボって感じの体力を消耗しない歩き方で出てきた部屋へ。
ん?
誰かいる?
エダだろうけど……やっべ! 荷物適当に置いてきた!
怒られる~!
エダにやさしくしかられるの嫌いじゃないけど、失望されるのだけはいーやー!
「エダ、すぐ片付けようと思ってたのよ」
「え?」
「エダ、じゃない」
そこにいたのは明らかにエダじゃなかった。
くるんくるんの金髪巻き毛。
肌は健康的だが真っ白で、頬や唇はまさにバラ色。
宝石のごとくきらっらっきらの青い目は、外側に長く伸びるまつげに縁どられている。
胸元はふわっふわの白いレースに飾り、目の色と合わせたのであろう青いスーツを着た……男。
男―!?
そしてその手には、レティシアの……
「ブラー!?」
「袖―!?」
俺と男の声が重なった。




