夏休み 7
「ふふ。みんな素敵よ。でも、泳ぐには袖が邪魔ねぇ」
「そう? これでも、だいぶ大胆だけど」
シフォンのマントをひらひらさせながら、リゼットちゃんが言う。
「大胆……」
レティシアの記憶が引っ張り出される。
記憶というか、常識?
この世界では、腕を見せるのはかなーり恥ずかしいことなのだ。
特に上流階級の女の子にとっては。
袖の短い服ってのは動くのが楽。
つまり労働がしやすい服。
腕を出して働かなきゃならないなんて、落ちぶれたものですわね! オーッホホホホホ!
ってこと。
つまり、エダの七分袖のメイド服なんかは……バリバリ働くキャリアウーマンのスーツや、軍服、現場の作業着のような労働してます! って感じの服になるわけか!
メイド服の時点ですでに働くための服装なのに、さらにバリバリ働くイメージがあるってことか。
うぉぉ、エダ、カッコイイ!
でも、そのせいで学園の制服に夏服らしい夏服がないのか!?
女の子たちは暑くてもずっと長袖なわけか!?
……体操服は……あれも半袖と言うにはちょっと長かったっけ?
そういうデザインかー。って気にしてなかったけど。
直人の時で考えると、女のくせにズボンはくとかはしたない! みたいなこと?
今時そんなこと誰も言わないぞ?
「それってちょっと時代錯誤じゃない?」
「え?」
「えぇ?」
エリヴィラちゃんとグローリアちゃんが、カッと目を見開く。
いや、そんなびっくりした顔で見られると、こっちの方がびっくりするって言うか。
「だ、だって、おかしいわよ。確かに袖のあるデザインもかわいいけど、袖がなきゃはしたないから、袖のある水着じゃないとダメって言うのは違うと思う。大体、泳ぎにくいじゃない。水着に袖は危険だわ」
「だから、いざという時には外れるようになってて」
グローリアちゃんがつけ袖をいじる。
「けど、外すのが恥ずかしいなら、ギリギリまで我慢してそれが原因でおぼれてしまうかもしれない」
レティシアの記憶によれば、こっちだって男の水着はハーフパンツみたいなのだ。
なのに女の子にだけかわいいけど危険な水着を着せるってのは……
「やっぱりおかしいと思う」
そりゃあ、水辺でちゃぱちゃぱやるだけならこの服みたいな水着で問題ないかもだけど、せっかくだから俺は泳ぎたい!
あ、ちなみに直人は運動できないもやしだけど、唯一水泳だけはそこそこできるのだ。
直人の親が『走るのが遅くてもそうそう死なないが、泳げなくて水に落ちたら死ぬ』って理由で物心ついたころから水泳を習っていたからである!
もやしゆえに、水泳で大会に!! とかは全く考えず楽しく泳げるだけだけど。
さらに言えば死の危険は別の所にあったけど!
「水はとても楽しいけど怖い物よ。だから私たちは万全に準備をして挑まなきゃならないわ」
本当は髪もまとめて水泳帽に入れろと言いたい。
「はしたない。なんてここにいるだれも思わないわよ。だから恥ずかしいことなんてない。大体、男の人なんてもっと面積の少ない水着でしょ? 女の子だけ袖もなきゃいけないなんておかしいわ」
肩の所を探ってみると、外れやすくなっている。の言葉通り、レースを飾りのパールにひっかけているだけだ。
落ち着いてやれば簡単に外れるけど、おぼれてる時に~となったら結構きついぞ!
腰のひらひらもおんなじ感じか。
いらんいらんこんなの。
かわいいけど泳ぐには超邪魔!
プチプチーっと外して、ガウンと一緒にソファーにポイ。
「きゃああっ、レティシアちゃん! そんな! 大胆すぎるわ!」
リゼットちゃんが両手で顔を隠しながら言うけど、目のとこばっちり空いてる。
「モモモモ、モーリア先生の、言う通りだわ。お姉さまっそんなのもう裸とおんなじじゃっ」
「はわわわわわっ。せっかくお義姉さまに似合うデザインを! でもそれもセクシーすぎて最高ですっ」
エリヴィラちゃんとグローリアちゃんは顔真っ赤である。
えええー?
これそんなエッチなカッコなの?
そこまで反応されるとちょい恥ずかしいんですけど?
「お姉ちゃん、さすがに目のやり場に困っちゃうよぉ」
マリオンちゃんは、もじもじしつつちょっと形が崩れて全体的にとろんとしてきている。
「あぅあああぁぁっ。お義姉さまが超絶セクシーに……そんな恰好あたしだけに見せるべきでは!?」
「グローリアさん~、落ち着いて~?」
「こんなの他の誰にも見せられないっ」
「ここにはワタシたちしかいないっすよ……グローリアさん、深呼吸。それは目をえぐるための構えみたいっすけど。いいっすか、ワタシらの方がグローリアさんより早いっすよ」
「そう、だったわね」
「わ~、私たちが遅かったら~どうだったのかな~?」
ふふふ、三人とも仲がいいなぁ。
しかし、ラウラちゃんイルマちゃん含めて六人、なんかみんなにガン見されているな。
これは、その、自分では普通だと思うけど、なんか恥ずかしい!
なので、
「えーい!」
俺は泉に飛び込んだ。
うっひょー! 気持ちいいー!!
水がものすごく透き通っていて、丸く角の取れた小石が泉の底にたまっているのが見える。
水辺は浅めだけど、中心部分は結構深め。
湧水かな? 砂が舞い上がっている部分もある。
探せば魚とかもいそうだ。
息が続く所まで、水の中を堪能して……浮上。
「ふぅ」
「おおお、お姉さま!?」
「レティシアちゃん!? 大丈夫!?」
エリヴィラちゃんとリゼットちゃんは、真っ赤から真っ青になっている。
「もう、そんな心配いらないわよ。すごくきれいな水。みんなもきたら?」
「はーい!」
マリオンちゃんが大きく手を上げたかと思うと、ガウンと袖がしゅっと消える。
腰のひらひらは短くふわっとアレンジされて、大人っぽく背伸びをしつつ子供らしいかわいさをアピールする。
ううーん、神業!
かつセンスがいい!!
「やっ!」
とぽん!
「えーい!!」
「ん~!」
どぼぼちゃ!
続いてラウラちゃんイルマちゃんも飛び込んでくる。
二人ともちゃんと袖を取っていた。
「ふぃ~」
「つめたーっ!」
「きもちいいですぅ」
マリオンちゃんはスライムだからなのかぷかりと浮いて、ラウラちゃんイルマちゃんは犬かきである。
ん? ラウラちゃんは猫だけど……犬かきでいっか!
「ちょっと、あなたたち!!」
「もー、グローリアさんだってワタシらだけの時には袖なしじゃないっすかぁ。いいじゃないっすか、うるさく言う人いないんだし」
「そうよ。私たちしかいないんだから、ね?」
「う、うーん、うう~。笑わないでくださいね」
グローリアちゃんは真っ赤になりながら、ゆっくりと袖を外す。
なんか……腕を出すのとか何でもないことなのに、そんな顔されるとすっごいエッチな感じになっちゃうんですけど?
「う~、もー、恥ずかしいっ」
真っ赤なまま、グローリアちゃんは、ぽちゃんと泉に入る。
む、水しぶきを立てない入水。
泳ぎになれているな?
思った通りグローリアちゃんは犬かきですいすい泳いでくる。
頭はずっと水面に出ていて、ツインテールの先しか濡らさない安定感さすがである。
「泳ぎがうまいのね」
「これくらい獣人なら当然です。というか、人間の人って泳げたんですね」
「そりゃあ……」
う、こっちではちょっと珍しいこと……だったかも?
レティシアも泳いだことなかったみたいだし。
やべっ。
「ま、まぁ、泳げないよりは泳げた方がいいでしょ?」
「それは当然ですけど」
「泳げるって自信があれば、いざ水に落ちた時にも自分で対処ができるようになるわ。自分で何かをするってことは大切なことなのよ」
あー、そんなん当たり前だろ!
何か自分でも何言ってるかわかんなくなってきた!
「え?」
ほら、グローリアちゃんたちきょとんとしてんじゃん!
「えーっとね、そのー、自分の命を守るのは大切でー、うーんと、ほら、私、危ない目にも合ったし」
いや、だから何だよ!
「……レティシアちゃんはそんなことを考えていたのね」
「はい?」
リゼットちゃんがまじめな顔で頷くが、え?
「自分を守るために、世間の常識を疑い、間違っていると思えばそれを打ち破る。なかなかできることじゃないわ」
「え、まぁ、ね?」
や、なに?
「そう、わたしたち、着るものまで言いなりになっている必要はないのよ。自分の好きなものを着て、自分の好きな仕事をして生きていいはずよ」
ぴっと、肩のリボンをほどくとひらひらの袖が張らりと落ちる。
「私も、そう。呪いの血筋だっていう人たちを古い言い伝えに縛られたかわいそうな人たちだって思ってたのに……私だって常識に縛られてた。お姉さまの言うとおりだわ。こんなの絶対おかしい」
エリヴィラちゃんは首の後ろをちょっと触って引っ張ると、するんと袖だけが抜けた。
なんか、よくわからんが納得してくれたならよかった。
「そうそう、せっかくグローリアさんのご招待なんだもの。いっぱい楽しみましょ」
「そうしたいところなんだけど」
「はい」
リゼットちゃんとエリヴィラちゃんは、顔を見合せて眉を下げる。
「えっと、えっと、もしかして泳げないですか?」
マリオンちゃんに言われて、二人は頷く。
「あ、じゃあしょうがないかなぁ。水辺で遊べるように準備もしてあるし、ここは泳いで遊ぶ人と、水辺で遊ぶ人と別れればいいのでは?」
「ええ、グローリアちゃんたちは気にせずに遊んでいて。リゼットちゃんとエリヴィラさんには浅いところで私が泳ぎを教えるわ」
「ふぇ!? そんなっ」
「もうグローリアさんは人を出し抜こうとするの、やめた方がいいっすよ」
「根本的に~向いてないし~」
俺は岸にむかって砂利の上に立つ。
まるっこい石が、足の指の間に入り込んでくすぐったい。
「まず、水になれるところから始めましょうか」
「ええ」
「はい!」
両手を延ばすと、二人が片方ずつ手を取った。
二人の袖のない腕の上に、木漏れ日が揺れていた。




