夏休み 3
「お義姉様ぁぁぁっ!」
「は?」
この聞き覚えのある声は……
「グローリアちゃん!?」
よく見れば確かにグローリアちゃんだ。
お化粧して大人っぽい感じになってる上に、髪をアップにして――部分ウィッグでボリュームも足してるのかな?――さらに耳がペタンと寝ているせいで気づかなかった。
いやほら、やっぱりグローリアちゃんと言えばお耳って感じがあるじゃん?
リアルケモミミ、しかも人気のキツネ耳だし?
いやしかし。
いやしかし!!
「もー、パーティとか本当にありえない! 朝からこんな格好させられて薄っぺらなつまらない話を興味もない人とするだけとか! 家のお飾りに私を使わないでほしいし!」
「それでも夕方ぐらいまでには帰れるからましっすよね。成人したらあれっしょ? 日が暮れてから朝までコースっすよね?」
「ね~。お酒も入るからさらにたちが悪いやつだよね~。出たことはないけど~」
「出なくってもわかるっすよね」
「どうせ大人がやることだし〜」
ゆっくりと馬車から降りてきたイルマちゃんラウラちゃんは、おそろい色違いのドレスだ。
胸のすぐ下をリボンできゅっと絞ってウエストのラインを作らない形で、スカートはストンと落ちている。
うんうん、淡い色合いでグローリアちゃんを引き立たせるためのコーデなんだろうけど、薄い生地を重ねてグラデーションに見えるドレスは、シンプルさと似合って妖精のようだ。
「冗談じゃないわよ! 帰ってすぐにパーティパーティパーティ! もうあきあき! 靴も痛いし! どうせ見えないのに!! バカみたい! お義姉様ぁ。あたしもう限界です!」
「まぁ、なんだか大変みたいだけど……みたいだけど……」
「もうこんなドレスすぐ――」
「すごく素敵!」
いやもう、かっわいい!
「ぬいっ?」
「あー、大変よね、大変よね、わかるわ。そんなにウエストを絞めちやって、ドレスも見栄え重視で動きづらそうだし足はやっぱりヒール? 痛いわよね」
「そう! そうなんですっ」
「でも素敵っ。お姫様? お人形さん? 天使なの? 素敵ねぇ。似合っているわぁ。グローリアちゃんのために作ったみたい……いえ、グローリアちゃんのために作ったドレスよね? デザイナーさんのセンスがいいわ。ドレスも素敵だけど、なによりグローリアちゃんを引き立てるためのドレスよね!」
俺はグローリアちゃんの周りをぐるぐる回る。
ほー、ほー、ほほーぅ。
こうなってるんだ。
ほほう。
いやー、いいもん見れた!
ドレス立ち絵とか、バックのデザイン見れないじゃん?
こういう豪華系のドレスはカワイイ系3Dキャラだと少ないし。
海外ゲームとかじゃタマに見るけど……全体的にあれ。
ごついよね、海外ゲーは。
うーん、しかし、豪華!
めっちゃ豪華!
ふんだんに使った赤い生地には折で模様を作っているらしく、光の加減で花模様が浮かび上がる。
しかも、その柄も向きがあるやつでさ、はー、はああ。なるほどなー。
絶対むちゃくちゃ高いぞ。
お姫様のドレスじゃん。
いや、グローリアちゃんお姫様か。
貴族のお姫様なんだよな。
学園にいると忘れがちだけど。
「素敵なお姫様だわ。お人形だったらケースに入れて眺めて……ああ、でも一緒に遊びたいわ。困るわ~」
グッズとか悩むよね!
大事に取っておきたいし、やはり使うことに価値があるって考え方もわかるし!
保存用を買うほど小遣いに余裕はないし!!
「お義姉様のお部屋に置いてもらえるなら、お飾りにも喜んでなります! ああ、でも一緒に遊んでもらうのも……夜とか一緒に寝たりして」
「繊細な人形と一緒に寝るのはおすすめしないわ!」
エリヴィラちゃんがずずっと出てくる。
「今のグローリアさんが人形だとしたら、たぶんビスクドール。このドレスなら抱き人形用の体が布と綿になっているものじゃないだろうし、何より髪。セットされた髪が崩れたら元に戻せないから」
「ああ、確かにそうね」
「抱き人形にするなら……髪はストレートがおすすめですよ」
エリヴィラちゃんが自分の髪をさらりと撫でる。
「むぅぅ。確かにそれはあるかも。今の髪型も崩れたら終わりだし」
「だからガッチガチのセットなんすよ」
「ほどくのも大変だし~」
「あのぅ、それはともかくとして、グローリアお姉ちゃんどうしてそんな恰好でここにいるの? パーティに行く途中なの?」
「それはね」
マリオンちゃんに聞かれて、グローリアちゃんが胸を張る。
「あんまりにもくだらないから、パーティに行くふりをして逃げ出してきたの! ね! このままみんな一緒に別荘に行きましょ!!」
「別荘?」
「小さな別荘で郊外だから何もないけど……みんなと一緒なら楽しいはずだし」
「まぁ」
……グローリアちゃんは小さな別荘とか言ってるけど、絶対小さくないよな?
だってみんなってことは、俺とエリヴィラちゃん、マリオンちゃん、リゼットちゃんに、もちろんエダ。
これで五人にと、グローリアちゃんにイルマちゃんにラウラちゃん、たぶんメイドの人の二人もいるだろうから、少なくとも十人。
そんなに泊まれる別荘が小さいわけなかろう!
その小さいわけがない別荘を、小さいと言えちゃうグローリアちゃんマジお姫様じゃね!?
「ね、いいでしょ? みんなで行けるように大きな馬車で着たし」
ああ、それであんな豪華な馬車で……てことはあの馬車に乗れるの? ちょっと楽しみんーなんですけど!!
「そうは言ってもこんなに急じゃ。みんなも準備があるだろうし」
だよね。
リゼットちゃんの言うことももっともだ。
すごい行きたいけど!
「もちろんそこまですぐじゃなくて。んー、お昼過ぎぐらいに出たら明るいうちに到着するだろうから。それに何でもそろってるからいるのは着替えぐらいで十分だし!」
「なら、十分間に合いそうね」
「着替えだけなら、まぁ」
「マリオンは何も持たなくても平気です!」
「ちょっとうらやましいかも」
お、どうやら皆行く気だな。
さて、俺は。
「エダ、大丈夫かしら?」
「もちろんです。今すぐでも問題ありません」
「ふふ。頼りになるわ」
いやー、エダはホント、しっかりさんメイドである!!
「それじゃあ、あたしは着替えて――」
「え!? 着替えちゃう……わよね。すごく素敵だけど、大変だものね」
残念だが仕方がない。
オシャレはガマン! とか言って、寒い季節に生足出してたりするのは……確かにかわいいんだけど!!
もこもこのトップスと対照的に生足がすらっとあって、足元は防寒仕様のブーツとか、めっちゃかわいいけど!!
つらい思いをしてまでおしゃれをするのは違うと思うんだ(血涙)!
「そ、その前にちょっとテラスで休憩してもいいかも。さすがに疲れたし、咽も乾いたかも~」
「そうよね、そうよね! エダ、お茶をお願いできるかしら? アイスティーがいいかしら」
「はい。すぐお持ちいたします」
一番近いベンチに座って、エダが運んできてくれたアイスティーを傾ける。
はー、グラスに当たる氷の音が涼やかで、添えられたドライフルーツも最高。
そして何より、三人以上余裕で座れる長いベンチに一人で座るグローリアちゃん!!
座るとスカートがベンチいっぱいに広がって……あー、姫姫、姫さまー。
目が楽しい!!
「はー。あんなドレス、私は一生着られないだろうけど、こんなに近くで見ているだけで幸せだわ」
「私も……赤は似合わないだろうけど、ちょっと憧れるな」
リゼットちゃんとエリヴィラちゃん……二人のうっとり顔いただきました!!
かー! いいですなぁ!
「そんないいものじゃないけれど」
なんて言いながら、グローリアちゃんは手に持ったら扇子を口元に寄せる。
まんざらでもないと見た!
「舞踏会とか、華やかだけど退屈よ? 楽団が来るから音楽は悪くないけれど、私はダンスとかあんまり好きじゃないし」
「楽団が」
「ダンス……そうよね、グローリアさんならできるわよね」
おお、二人の眼差しがますますキラキラと。
「うーん。できる、けど、情報量が多くて面倒くさいなぁ。見えないところはうまく省略しないと」
マリオンちゃんはスライムならではの研究に余念がない。
「パーティはたまになら楽しいけれど、連日ともなると飽きてきちゃうし。ああ、でも王族が来るパーティは別格かも」
「連日」
「王族」
グローリアちゃん、別世界の話してるなぁ。
「ふぅ」
グローリアちゃんは空になったグラスを手近なテーブルに置き、ふわりと立ち上がる。
「私、少し席を外しますね」
「あー」
さささっと、イルマちゃんがグローリアちゃんのそばによる。
「グローリアさん、もしかして……だったら。そのー、学園の……は使えないかも? ドア通れないんじゃないっすか?」
「え? あ!?」
ドア?
「急ぎじゃなければ部屋に戻って」
「………」
首をフルフル。
「急ぎっすか?」
「………」
コクン。
「ドレス用のおまる馬車にあるけど~、持ってくる~?」
おまる!?
あ、ああー。
そういうことですか?
「絶対嫌!! お姉さま! 私部屋に戻りますので! あとで!!」
「え、ええ」
「グローリアさん! 校舎の方人がいないから脱いでも見られないと思うわ!」
「ありがとうごさいますぅぅ」
「校舎っすね!」
「急ぐ~」
イルマちゃんとラウラちゃんに両脇からスカートを持ち上げてもらって、グローリアちゃんはスタタタ……と、校舎の方へ。
えぐい高さのハイヒールが両足分ベンチの下に残されていた。
ちょっと違うけど、本当にシンデレラだなぁ。
「……ドレスって思った以上に大変なのね」
「すてきだなー、とは思うけど……思うだけでいいかも」
リゼットちゃんとエリヴィラちゃんが、ものすごく遠い目をしている。
うん、確かに……想像以上にドレスを着ると言うのは過酷な事らしいな。
おしゃれはガマン。
しかし、我慢にも限界があるのだ。
俺……俺は、なるべくに着ない様にしよう。
そうしよう。