夏休み 1
どーもー、この世界の女神・レティシア・ファラリス!
の、抜け殻に入ったほうの直人ことレティシアです!
いやぁ、世は夏休みですよ、夏休み。
夏と言えば女の子たちが薄着になる季節ですね!
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じりじりと照り付ける太陽。
あまりの暑さに日陰を渡って歩いても、じっとりと汗ばむ。
胸元を摘んでみても、ほんの少ししか涼しくない。
かわりに立ち上る皮膚で温まったしめった空気の中に、貸してもらった制汗剤の香りがふわっと立ち上る。
ああ、彼女の香りだ。
汗かきだから置いてあるんだ。
へへ、お揃いで買ったんだよ。
と、のろけながら貸してくれたボトルは携帯用の大きさじゃなくて少し呆れたけれど、それがとても彼女らしい。
ミントと少しのシトラスの香り。
いつもつかってるフローラル系のとは違って、すっきりとして少し刺激的。
ああ、やっぱり彼女らしいな。
意外とちゃんと、彼女のことわかってんじゃん。
悔しいなぁ。
少し日焼けした自分の腕を眺め、そっと……手の甲に口づけた。
彼女のことを思いながら、彼女の香りに包まれながら。
私だけしか知らないファーストキスは、少し涙に似た味がした。
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うむ。
夏、開放的で素敵な百合っプルがたくさん誕生しつつも、その裏で悲恋もあるだろう。
だがそれは、新たな恋の始まりであるはずだ!
「レティシアちゃん、まだ寝てる?」
「!? え? リゼットちゃん?」
俺は寝間着のリゼットちゃんによって、半分夢心地の百合妄想から引きずり出された。
リゼットちゃんの寝間着はすとんとしたデザインのシンプルなワンピース。
シンプルなんだけど、学園でも随一のおっきいバストがぐぐいと胸元を持ち上げている。
一見テントを着ているみたいでやぼったいんだけど、やぼったいからこそセクシーといいますか……
おおう。
窓際に立つと薄手の生地越しにボディラインが透けて見えて!
おお、これがセクシーというものか。
どんな女の子でも見とれること間違いなかろう。
「そうよ。もしかして素敵な夢の邪魔をしてしまったかしら?」
そう、昨夜からリゼットちゃんの部屋にお泊りしていたのだった。
夏休みに入ってほとんどの生徒が寮を出て行ったので、お泊り会がはかどります。
同級生だったけど、今は先生と生徒なのでお泊り会はこっそりが原則。
贔屓してるとか思われたら、リゼットちゃんが大変だからなー。
「起きても素敵な夢の続きみたいよ」
うむ、俺がここにいる理由を知りさらにレティシアとしての生活が大切になった。
ものすごい偶然というか、正直何か勘違いされたような気がしないでもない理由で俺は第二の人生をやっているのだ。
一日一日を大事に生きなくては。
……今までもとても大事に噛み締めて生きていたので、同じ生活を続けるだけだが。
「ふふふ。それならよかったわ。さ、エダさんが来る前に着替えなきゃ。寝坊しちゃったのがばれちゃうわ」
「そうね」
俺はいそいそと寝間着から着替える。
同じ部屋でリゼットちゃんが着替えていて、なんかおっぱいわしわししてブラに詰め込んでいるのは見ない。
見てないよ?
露骨にさけるのも不自然なので、普通に着替えながら目の焦点をちょっとずらしてなるべく見ないように見ないように!
けがれなきリゼットちゃんを俺の視線で汚してはいけないのである!!
「夜更かししちゃったから、まだちょっと眠いわね」
「そうねぇ」
昨夜はリゼットちゃんと昔話に花を咲かせた。
俺がレティシアになる前の話で、一応記憶はされてるんだけど、それをリゼットちゃんの口からきくのはすごく楽しい。
ただ……昔話はだんだん減って、最近の話ばかりになっていく。
俺がレティシアになってからの話だ。
女神になったレティシアがどんどん消えていくみたいで、しんみりしてしまう。
レティシアが、リゼットちゃんたちと仲良くしているところを見たかった!!
「ああ!?」
「どうかした?」
「う、ううん、何でもないわ」
何でもなくはない。
俺は重要なことを思い出した!
視点変更ボタン!
視点変更ボタンを女神・レティシアにお願いするべきだったのに!!
壁や観葉植物なりたいなどと、欲をかいたせいで忘れていた!!
しまったぁぁぁ!!
今となっては後の祭りだ。
いつかまた会えたら忘れないでお願いしてみよう。
ああ、しかし視点変更ボタン。
欲しかった。
と、コンコンとノックをしてエダが入ってきた。
メイドとか執事とかは、空気みたいにそこにいるものでノックとかはしないんだが、ここはリゼットちゃんの部屋だからね。
でも、フツーに部屋でもノックはしてほしいなぁ。
だらだら気を抜いてる姿とか見られたくないし。
「あら?」
朝食を持ってきてくれるはずのエダは、なぜか手ぶらだ。
「何かあったの?」
「いえ、お部屋にエリヴィラさんとマリオンさんが居らっしゃいまして」
ドアからひょこっとエリヴィラちゃんとマリオンちゃんの顔が覗く。
なんだか不機嫌そう?
「お泊り会、楽しそうでいいですね」
エリヴィラちゃん、ちょっと声が怖いですが。
「モーリア先生、うーらーやーまーしー! マリオンだってお姉ちゃんとお泊り会したかったのに!」
「……私だって、そうです」
「楽しそうだけど、みんなで泊まるには部屋の広さが足りないわね」
グローリアちゃんの部屋ならできそうだけど、グローリアちゃんは夏休み開始と同時に自分の家に帰っている。
みんな一緒に行こうって誘われたけど、さすがにいきなりお邪魔するのもなーってことで、落ち着いたら迎えに来てくれる手はずになっている。
まぁ、レティシアだけなら、グローリアちゃんの兄ちゃんと婚約してるんだし、ずうずうしく行ってもいいんだろうけど……
男の娘らしいとはいえ、男が婚約者なの……なんかきついし。
せめてみんなと一緒に行きたい。
「はい。みんなでお泊りできないのは仕方ないんで……せめて朝ごはんは一緒に食べてほしいな……って」
「本当はお姉ちゃんと二人っきりがいいけど、みんな一緒でがまんするぅ」
「と、言うわけなので、食堂でご用意させていただきます」
なるほど。
「みんなでご飯、楽しそうね」
「あ、だったらエダさんも一緒に!」
お、リゼットちゃんナイスな提案。
「いえ、私は」
「いいじゃない。もう食堂は貸し切りみたいなものだもの。ね」
「ええ、一緒に食べるとおいしいわ」
「私もいいと思います」
「マリオンも賛成ー!」
「ええっと」
おし、もうひと押し。
「せっかくの夏休みなんだもの。いい思い出になると思うの」
「う……でしたら、よろこんで」
やったぜ!
「あ、でもお茶はエダが淹れたのを飲みたいわ」
「はい、それだけは譲りませんから」
エダは胸を張って、にっこりと笑って見せた。




