私のお姉さま
「はい。それでは……」
レティシアさんは、すっと手を上げて背筋を伸ばす。
「それでは……え? 壁?」
「できればこうきれいで触り心地が良くて、壁ドンしても安心な丈夫さと万が一にもけがをしないぐらいの柔らかさがあるといいです!」
「あの、壁って、壁? 時々そんなこと考えていたのは知ってますけど、本気で?」
「はい!!」
それ以外に俺の望みがあるものか!!
「あの、その、無機物に変えるって言うのは、一度あなたを殺してその体を壁の材料にするとかなら可能ですが、そーゆーことではないですよね?」
「そーゆーことでは全くなくて、壁になってみんなを見守りたいとかそんな感じで」
「え、ええっとですねぇ、無機物に意識を持たせるのはそのかなり根本から世界の作りを変える必要があって」
「無理?」
「はい」
「じゃあ、観葉植物で。植物は生きてるし!」
「それも……ちょっと」
これもだめかぁ。
「うーん、そしたら別に何もないなぁ」
「何も、ですか?」
「うん」
「お金とか名声とかなら簡単ですよ?」
「えー、そうは言ってもなぁ。んー、じゃあ今と同じクラスの転校生とかになれればいいかなぁ、なるべく目立たない地味っ娘で、背は低めで前髪長めの目隠れっ娘ででも目は綺麗な子がいいなー。いや、きれいさより視力! 視力はよければよいほどいいものだ‼︎」
「え? あの、もうレティシアでいるのは嫌なんですか?」
「いやじゃないけど、レティシアはレティシアさんが帰って来たんだから、戻るでしょ? エダもリゼットちゃんもすごい喜ぶよ!」
いやー、だましてるみたいで心が痛かったんだよなー。
「いえ、私は女神としての仕事があるのでレティシアには戻れないのですが」
「え!? マジで!? 女神としての時間感覚だと人間の一生なんかあっという間だから~ってのじゃないの!?」
「はい」
「えー! えー! ええー!? そんな……レティシアさんがもうエダやリゼットちゃんと一緒にいられないなんて。グローリアちゃんやエリヴィラちゃんやマリオンちゃんとも絶対仲良くなれるのにっ」
あのメンバーにレティシアさんが入ることによって、メイドとオジョウサマ、幼馴染、センセと生徒、同級生、同級生でありながらお姉さまって言う無限の可能性が広がっていくのに!!
レティシアの中身が俺である以上閉ざされてしまう美しすぎる百合の可能性が!!
「そんな、そんなの、あまりにも悲しすぎる! ひどい! レティシアさんだって戻りたいんだろ? なのに、なんで!」
「……ありがとう」
「え?」
レティシアさんがはらはらと涙を流していた。
「うえええ、ちょっ、どうしたの!? どっか痛いとか!?」
「いえ、あなたがあまりにも美しくて」
「は?」
「自分が犠牲になるとしても、女神である私まで哀れんでくれる。あなたの愛はとても美しくて強い。今のわたしには大きすぎる愛の力。このすべてをあなたへの女神の加護とします!」
「ええ?」
しますって、決定事項かい。
「さぁ、あなたがレティシアとして生きていくために、必要な願いはありますか?」
「う、うーん」
そうか、壁にも観葉植物にもなれず、俺はレティシアとして生きていくしかないわけか。
残念……でもないよな?
夢の女子校生活で、百合眺め放題なわけだし!
うーん、その前提で必要な願いと言うと……あ。
「とりあえず、今のぐっちゃぐちゃの状況何とかしてほしい! なかったことにとか! 悪い人はいないほうがいいし!」
「そうですね、物質に大きく変更を加えることは難しいのですが、意識の変更でうまくつじつまを合わせましょう」
「エリヴィラちゃんの髪とかケガとか治してほしい!」
「はい。治癒と髪も伸ばしておきましょう」
「ありがとう!」
ふー、これで一安心。
何も心配することがなくなった。
「……あの、それだけですか? もっと利己主義なこと願ってもらわないと愛の力があふれるばかりなんですけど」
「利己主義なこと」
利己主義……なんか自分のことでわがまま言えってことか。
「んーと、じゃあ。今、レティシアに男の婚約者がいるんだけど、それをなしにするとか」
「できますけど」
「けど?」
「私がいつか世界の在り方を変えないかぎり、あなたはすぐまた婚約をさせられるでしょう。それなら……えっとですね、婚約者のアダルベルトさん……かわいいですよ?」
「かわいいって言っても男だし」
「あの、アダルベルト様はあなたの世界で言うとこのおとこのこです」
ん?
「おとこのこって……もしや、男の娘と書いてオトコノコ?」
「はい」
「え? この世界ってそれが受け入れられている世界なの?」
「いえ、ちっとも。どちらかと言えば迫害される世界です。だから呪いにかけられたレティシアと婚約させられたのでしょう」
ふむ。
呪い付きのレティシアと男の娘のアダルベルト。
やっかい者同士の婚約だったということか。
「アダルベルト様は本当にかわいいので……ですが私が力を付けた暁には貴族の娘でも無理に結婚をしなくていい世界にしてみせますから!」
「うおおお! 頑張って! マジ頑張って! 同性婚とかもアリに頑張って!」
「はい!」
たのもしー!
「けど、そうなると本当に願うこととかないなぁ」
「そんな、なんて無欲な。この世界のどんな聖人にもあなたほど無欲な人などいません!」
「んなことないと思うけど」
「しかも謙虚だなんて……っ!」
いや、単に今の状況が幸せすぎるだけなんだけど。
「うーんとさ、俺には願い事とかないし、その力は世界をよくするために使ってよ。うん、それが俺の願いかな」
そう、同性婚とか女の子同士の結婚とか、それを良しとする世界とか!!
「わかりました……。ありがとう」
「いや、お礼は俺が言う方だし」
「いいえ、あなたは……救ってくれたんです。あの娘たちを、この世界を……私を」
「レティシアさんを?」
心当たりはないのだが?
「私、あなたみたいになりたい。あなたのような女神になりたい。急に女神になってどうすればいいかわからなかったのだけど、見つけたの。あなたが私の目指すもの……ふふ。あなたは私のお姉さまね」
「いや、そんな女神さまのお姉様とか恐れ多くて!」
「そう思うなら、これからもみんなを愛して。女神のお姉さまとしてふさわしいあなたでいて」
キラキラとレティシアが光って、ぼやけていく。
「今まで通りのあなたでいてください、お姉さま」
耳元で囁くようにレティシアの声がして、光が――はじけた。