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この病院。居心地よすぎにつき

「お待たせいたしました」


 エダが料理を置いた移動テーブルを、食堂の丸テーブルの脇につける。


 声をかけかねて、しばらくもじもじしていた様子などみじんも見せぬ、しっかりもののメイドの様子だ。

 まぁ、ガラスに映ったその姿、しっかり鑑賞させてもらいましたが!!


 ガラスだと鏡ほどしっかり映らないが、そのかわり全身を見ることができるのがいい。


「カブのポタージュに、クルミのサラダ。白身魚のサンドイッチと、ベリーのスムージーです」


 次々と並べられる料理は、量こそ少なめだが盛り付けにこだわり、色とりどりで目にも楽しい。

 うーん、病院食とは言え、さすが貴族の食卓。

 庶民の男子高校生だった頃の俺のごちそうと言えば、全部茶色だったのに。


 いや、茶色好きだよ?

 全部茶色でぎゅうぎゅうに押し込まれた、豚の生姜焼き弁当とか大好きだしな。


 けど、レティシアの体に入ってからは好みが変わったので、このテーブルに並べられた料理もものすごくおいしそうに見える。


「エダも一緒に、おねがい、ね?」

「はい」


 メイドと一緒に食事をするなんて、本来ならあるまじきこと。

 そんなの知るか。


 と、言いたいが、エダがあれこれ言われるのも嫌なので、レティシアから強く誘っていることを印象づけておく。


 おずおずと、エダは私の向かいに座る。


 うーん、ちょっと居心地悪そうだな。

 ガラスに映る姿が見たいからってここにしたけど、エダに負担をかけるのは忍びない。


 次からは、部屋かな。

 もしくは時間をずらして人の少ない時を狙おう。


 まぁ、今日はもうやってしまったから仕方ない。


「いただきます」

「いただきます」


 食事前のお祈りをしてから、スプーンに手を延ばす。


 あ、こっちの言葉では『いただきます』じゃないけど、似たようなニュアンス?

 変換できる言葉がうまく見つからないので、俺は一応いただきますのつもりでお祈りしてる。


 レティシアの中に転移して記憶を引き継いだので、俺はいきなり日本語とこっちの言葉のバイリンガルになっているのだ。

 おかげで時々混乱するが、呪いの後遺症のせいだってことでなんとかごまかせてる。


 ま、小難しいことは置いといて、ごはんごはん!


 まずは真っ白なカブのスープにスプーンを浸す。

 口に運べはしっかり裏ごしされたカブの、癖のない味と淡い香りが広がり、そのあとから一緒にすりつぶされた野菜の味がやってくる。


 きっと何種類もの野菜を少しずつ入れてるんだろう。


 サラダは少し苦みのある香草に、細かく砕いたクルミとドレッシングがかけてある。

 香草のシャキシャキした歯触りの中に、小さなクルミがプチプチはじけて面白い。


 サンドイッチは、フライされた白身魚に金色のソースをたっぷりと絡め、しっとりとやわらかなパンで挟んである。


 口に入れるとまずパンの甘さが来て、それから甘酸っぱいソース。

 かすかな香辛料の辛みの後に、もぎゅっとした魚の歯ざわりがして、あっさりとした魚の油の味がくる。


 うーむぅ。全体的に上品だ。

 男子高校生には物足りなかったもしれないが、レティシアとしては大満足である。


 エダも周りを気にしてちょっとおどおどしてるが、料理を口に入れるとそのおいしさにへにゃっと笑顔になり、そんな自分に気が付いてキリっと、おどおど、またへにゃ。

 を繰り返して、ころころ変わる表情がとてもいい。


 スープにサラダまでは、頑張ってお上品に食べていたが、サンドイッチはかなり好きな味だったらしく、ほっぺに詰め込んでもぐもぐ味わってる様子、まさにリス!


 はぁ、尊いわぁ。


 じっくりゆっくりもぐもぐと口の中のサンドイッチを味わっているエダを眺めながら、俺は細長いグラスに入った、ベリーのスムージーを手に取る。


 一口でさわやかな甘酸っぱさが口に広がった。

 どうやらちょっぴりミントも入っているらしく、すっとさわやかな香りが鼻に抜ける。


「ありがとう」

「むっぐっ。んくっ。は、はい、なんでしょう!?」


 エダは口の中のものを慌てて飲み下して、きりっとした顔を作る。


「これ、エダが作ってくれたんでしょう」

「え……!」


 びっくり顔がベリーのスムージーばりに赤くなる。


 料理に花を添える鮮やかな赤のスムージーは、他のテーブルにはない品だ。

 加えてエダの指先はベリー色に染まってる。


「赤いマニキュアも良く似合ってるわ」

「あっ、ああっ」


 これでわかんないわけないだろーに。

 ふっふっふ。ツメが甘いところもかわいいじゃないか。


「あ、あの、ちゃんと先生に許可をもらいましたしっ。ベリーは体にいいですしっ」

「ああ、待って待って。怒ってるんじゃないの」

「は……」

「だから、ありがとう。とてもおいしいわ」


 あの小さな手で小さなベリーをつんでこれを作ってくれたかと思うと、なおおいしい。


 そう、指先を真っ赤にてベリーを摘んでは食べ、摘んでは食べ、時にあーんと食べさせ合い、朝露で冷えた指先にベリーで赤くなった唇が触れて、柔らかさと暖かさに驚き距離を取るが、もう一度触れたい触れられたいと――


「早く、レティシア様に元気になってほしいから」

「はっ! あ、元気、ね。元気にね!」


 うーん、元気なぁ。

 元気になったら病院から退院なんだよなぁ。


 いやー、この病院結構居心地よくて。

 この通り食事はおいしいし、エダは世話を焼いてくれるし。

 俺の担当の女性看護師さんがけっこう大人かわいい感じなんで、この人がエダと百合な感じになってくれれば、俺は一生ここにいて二人を見守っていてもいい。


「なれるかしら、元気に」


 ならなくもいいような気がするんだけど。


「弱気になっちゃダメです! レティシア様はリリア魔法学園であんなに頑張っていたじゃありませんか! 元気になってまた学園に戻って……」


 リリア魔法学園?


 あ……っ。


 ア――――!


 わ・す・れ・て・たー!!


 そうだよ、リリア魔法学園だよ!!

 レティシアの記憶にある素敵女子校だよ!!

 元気になれば、またあそこに通えるわけじゃないか!!


 お嬢様ばっかりの女子校だよ?

 先生も女の人ばっかりの女子校だよ?

 あんだけ女子がいっぱいいるんだから、そりゃあちこちに百合の花が咲き誇ってるはずだ。

 咲き誇っていないはずがない!


「そ、そうね! 私、元気になるわ」

「ええ、レティシア様ならきっとなれます!」

「そしてまた、リリア魔法学園に行くの!」



 以降、俺のリハビリに対する真剣さは、医者も引くぐらいの苛烈さを極めた。


 リリア魔法学園というニンジンをぶら下げられた、俺は暴れ馬のごとく突っ走り……

 予定されていた入院期間をガッツリと削って退院を果たしたのであった。


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