●私のお姉ちゃん
姿じゃない。
なによりその心のありようが理想なのだ。
ワタシはずっと姿に囚われていた。
自分で姿を変えられる。
好きな姿になれるんだから、一番かわいくて一番愛される姿になるべきだと思い込んでた。
姿は大事なもの。
その思いは変わらない。
姿は、ワタシ以外が一番最初にワタシに接する場所。
ただの包装紙じゃない。
ワタシと言う存在の一番外側にあるもので、とても大切なもの。
けれど、それだけに囚われていてもいけない。
「いやじゃ、ないんですか? 自分と同じ姿があって」
「ぜんぜん」
屈託なくレティシアさんが笑う。
自分の姿を貸すなんて、大変なことなのに。
とても長いこと借りることになってしまいそうなのに。
「大歓迎よ! あ、もちろんマリオンちゃんが嫌でなかったらだけど」
それを何でもないことのように提案してくれる。
ほんの少し首を傾けた彼女の銀髪が、あまり明るくないランプの光を受けてキラキラと細かい虹色に反射した。
キレイ。
本当に、泣きたくなるぐらいにキレイ。
それから……何を話したのかあまり覚えていない。
レティシアさんの姿になってみて……慌ててしまったあまりに姿を少し変えてもいいかなんて、失礼なことを言ってしまったけれど。
レティシアさんは、それもあっさりと了承してくれた。
姿を借りるときに、一部を変えるなんて……あなたの姿に難があると言っているようなものなのに!
そんなことは全然気にしてないように、たくさんたくさんワタシのことを気遣ってくれた。
レティシアさんが帰ってしまった後、ワタシは小さな姿見の前に立つ。
古い鏡は小さすぎるしくすんでる。
新しい鏡が欲しい。
大きくてピカピカの。
ランプも買おう。
魔法を込められた、明るいのを。
だって、これからその鏡に映るのはレティシアさんの姿なんだから。
姿ひとつで、こんなにも気分が変わる。
「これが、かわいい?」
女の子たちが口にする『かわいい』
ワタシが求めていたものだ!
今までのワタシは、ただ誰かが言うかわいいを学んでなぞっていただけ。
かわいいを追いかけながら、「かわいい」と連呼する人たちにあきれていた。
だって、かわいいなんて簡単に作れるもの。
「間違ってたのね」
鏡の中のレティシアさんが困ったように笑う。
かわいいは、ただの作られた姿や、マニュアル通りの行動じゃない。
ドキドキして、嬉しくて、抱きしめたくて、見つめたくて、近づきたくて……
そんな気持ちがぎゅっと詰まった言葉だ。
かわいい。
かわいい。
かわいい。
かわいいには色々な意味がある。
少女たちはあまり考えることなく、感覚でかわいいと言う言葉を使う。
かわいい。
かわいい。
いろんな意味の、大好き! をぎゅっと詰めて言うのだ、かわいい。と。
「かわいくなりたい」
ワタシは初めて、本当にそう思った。
かわいく。
かわいく。
かわいくなりたい。
レティシアさんの姿は完璧だ。
直すところなんてない。
白いリボンはレティシアさんだけのものだから赤に変えるけれど、それだけじゃ足りない。
レティシアさんの姿に、ワタシの心じゃあまりにも釣り合いが取れない。
もちろんいつかは追いつきたい目標ではあるけれど、まだまだ早いし……何より鏡やガラスに映る姿がレティシアさんだと……その、緊張してしまう。
今でも鏡の中の自分から、目を離すのが難しい。
手を延ばして鏡に触れる。
ワタシよりほんの少し冷たくて固い鏡面にがっかりして安心した。
レティシアさんのことを思うと、気持ちがちくはぐで自分でもよく変わらなくなるけど……
それが楽しい。
かわいくなりたい。
きっと初めて、本当にそう思う。
かわいくなりたい。
かわいくなりたい。
生きていくためなんかじゃない。
あの人に、かわいいと思ってもらいたくて!
かわいい。
かわいい。
かわいい。
ワタシはかわいいを知ってる。
誰かのかわいいを生んでなぞったかわいいを知ってる。
それは本当のかわいいじゃなかったけど、ワタシの武器だ。
かわいい。(ちいさい)
かわいい。(かよわい)
かわいい。(まもりたい)
そんなのをぎゅっと詰めて、そしていつかは追いつきたいって願いを込めて。
ワタシはレティシアさんの姿を縮める。
いつかあの人になるための予行演習として……まだ小さいレティシアさんに姿を変えていく。
これは簡単なことじゃない。
ワタシはレティシアさんの子供の頃を知らない。
見たこともないレティシアさんを、今の姿から割り出していく。
今のレティシアさんをしっかり見ていたからこそできること。
ワタシの今できるすべてを使って、一番かわいくなる!
爪の先まで完璧に。
けれど髪を細くきれいに作るのは大変だから、ここはそのままで。
レティシアさんはスライムのワタシもかわいいと言ってくれるから。
そのままの自分をかわいいと言ってくれるから……ワタシは安心してかわいくなれる。
鏡の中、ピンクの髪をした小さなレティシアさんがワタシを見る。
レティシアさんじゃない、ワタシだ。
ワタシはマリオン。
「うん、大丈夫。マリオンはかわいいから」
ワタシの魔法は擬態じゃない。
かわいい、だ。
かわいいの魔法をかけろ。
魔法の使い方は、レティシアさんが教えてくれた。
まだ、あの人ほど上手じゃないけれどいつかきっと追いつくから。
それまでは今まで集めたかわいいを総動員して補えばいい。
「レティシアさ……お姉ちゃんにかわいいって言ってもらうためなら、マリオンは何でもするよ」
夜が明けるのが待ち遠しい。
早くお姉ちゃんに会いたいな。
おねぇちゃんを思えば、気持ちまでかわいくなるようだ。
はにかんでほほ笑む小さなレティシアさん……
うん。
鏡の中にいるワタシは、間違いなく世界で二番目にかわいいわ!




