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●とても、とても大きな人

「はい……」


 なんて言ったらいいんだろう。

 そうだ、発端は「かわいい」がわからなくなったからだ。


 かわいくなりたい。

 かわいいは嫌い。

 生きるためにかわいくなくては。

 でも、かわいくなくても好かれることは出来る?


 えっと、だから……


「ワタシが、どんな姿が欲しいのか、それがわからなくなっちゃって。考え始めると姿が崩れてしまって……」

「それが、擬態をしすぎるとよくないってことなのかしら?」

「……!! ああっ! そっかぁ!」


 レティシアさんの言葉がすとんと腑に落ちた。


「そっか! そーだったんですね! ……てっきり遊んでないで勉強しなさい。ってのを言い換えただけだって思ってました! そうなんだぁ。……ちゃんと言ってくれたらいいのにぃ……」

「大人の言うことって時々すごく回りくどいものね」

「は、はい……」


 レティシアさんは、何でもない事みたいにくすくすと笑う。

 なんて、なんて聡明なんだろう。


「でも、難しいわね。擬態の練習は必要なのに擬態をしすぎちゃいけないなんて」

「……ワタシたちは種として新しいから、大人もよくわかってないのかもです」

「種?」

「それって大変なことよね? 知らずに無理してない? 擬態の練習で無理させてしまってないかしら?」

「な、ないです!! 無理してないです!!」


 ワタシは慌てて首を振る。

 無理なんか少しもしていないし、この人に気を遣わせるのは絶対嫌だ。


「ワタシ、初めて誰かに擬態して楽しかったんですっ。初めて、擬態することで喜んでもらえたから!」

「初めてだなんて、大げさね」

「本当に、初めてなんです。擬態して喜ばれるなんて。いつも、嫌がられていたから。自分に擬態した存在があるのって、嫌、ですよね。ワタシだって自分だけの姿を真似されたらきっといやだと思うです」


 じわりと体が熱くなる。

 恥ずかしいような、悲しいような不思議な気持ち。


 誰かに自分の考えを話すなんて、なかったことだ。

 話せるような人間はいなかったし、メフティルトさんやロズリーヌさんにはこんな愚痴のようなことを話して煩わせることなんかできない。


「なのに、それを自分でやらなきゃダメで……うぅ。ごめんなさい。なんか、変なこと言っちゃってます。自分でも何言ってるのかよくわかんなくなってきちゃいました。

「いいのよ、わかんなくても。話して、聞いてるから」


 こんなこと言われたって困るだろうに、レティシアさんはそう言ってほほ笑む。

 ほっと、体から力が抜ける。


 この人には何でも話せてしまいそう。

 何故かすごく安心してしまう。

 嫌われるかもとか、幻滅されるかもとか……そんな心配が消えてしまうのだ。


「ワタシ、自分だけの姿が欲しくて。それは、本当なの、です。だけど、姿なんてどうでもいいのかもしれないかも」


 ワタシが、ワタシたちがどんなに嫌な子になってしまっても、この人は全部丸ごと受け止めて包んでくれる。

 まるで幼い子供が母親の愛情を信じてやまないように。


「授業が受けられる形なら、それでよくて。でも、自分だけの姿はなくて。誰かの真似をして嫌がられるの、ワタシもやだ」


 信じられるから、吐き出せる。

 自分の気持ちを。


「それでも、誰かの姿を写さなくちゃダメで。ずっとは悪いから毎日変えて。けど、いろんな姿をしてると混乱しちゃう。自分の姿がわかんなくなって、姿と気持ちが違うのはつらくて」


 自分が気づいてもいなかった、押さえつけていた思いを。


「なんて、こんなのわかんないですよね。ワタシなのに、ワタシじゃない姿になる気持ちなんて……」


 定型の人にわかるはずもないこ――


「わかるわ!」

「ふぇ?」


 ただ、同意してくれただけだと思った。

 うんうんと頷いて、話を聞いてすっきりさせてあげる。

 そんな考えでの言葉だと思った。


「わかるわ。マリオンちゃんのその気持ち」


 だけど、ワタシの手をきつく握った彼女の表情は、見たこともない泣き笑いだった。

 涙こそ流してはいないけれど、それは痛みを知っている者の表情だ。

わかるはずもないことなのに、彼女はこの痛みを知っている?

なぜ?

どうして?


「わかるのよ……。変なこと言ってると思うかもしれないけど、嘘じゃないの!」

「はわっ、わわわわっ」


 疑問はたくさんあるけれど、正直それどころじゃない。

握られた手が熱くて、恥ずかしいのか、嬉しいのか、逃げたいのかぐちゃぐちゃになって擬態を維持できなくなってしまう。


 なんとか持ちこたえようとはしてみたが、ぐずぐずと崩れてスライムの姿になってしまう。

 それどころかレティシアさんの手がワタシの中に入ってしまっている!

 スライムは生きているものは溶かせない。

 説明はしてあるけれど、気分がいいはずもない!


「すす、すいません、すいませんっ。すぐ戻ってっ」

「いいわよこのままで。この方が楽でしょ」


 振り払ってもおかしくないことなのに、彼女は慌てることもなくそっと手を引き抜き、あまつさえワタシを抱き上げて膝に置いた。


 信頼、されているんだ。


「いっそしばらくは擬態しなくても、スライムのままでもいいんじゃない?」


 ワタシはスライムだけどそんなことは関係なく……ううん。レティシアさんはワタシをスライムとして接してくれて、それでも一人の友人としてくれている。


 なんて、なんて大きな心を持った人なんだろう。

 この人は本当に計り知れない。


「それは、気持ちが悪いって嫌がる人もいるだろうし」

「ええー? 私はすごくかわいいと思うんだけど」

「後、このままだと荷物も持てないし、手がないとノートも取れないんで」

「ああ、そうね、そうだったわね」


 だけど、それが人間の全部じゃない。


「……だから人間の姿がいるんです。でも、迷惑かけたくない。だから自分だけの姿が欲しいのに、どんな姿になりたいかわからないの」

「うん。そうよねぇ。難しいわよねぇ。一生使うものになるのかもしれないんだし、カワイイ理想の姿が欲しいわよね」

「はい。すごく難しくて、わかんなくなっちゃって」

「それがふつうかもよ? 理想の自分なんて誰にとっても難しいものよ」

「レティシアさんも、ですか?」

「ええ、なりたい自分はあるけど……あまりにも遠いわ」


 彼女は目を伏せて小さく微笑む。

 こんなに優しくて、大きな心を持っていて、姿だって十分にかわいいのに。

 まだまだ理想を追い求める姿勢が美しい。

 彼女の理想がどんなに遠く壮大なものでも、この人は追い求めきっといつか叶えるだろう。



「ワタシにはその理想すら見つけられない……早くしないといけないのに」

「うーん、その早く。って思ってることがプレッシャーになっているのかもよ? 急がずに、いろんなことを学んで、そのうちふとした瞬間に見つけられるものかもしれないわ。ゆっくり探せばいいじゃない」

「でも、ゆっくりはだめです。姿を借りるみんなに迷惑をかけちゃう」

「……あのね、もしよかったら」


 少しの沈黙の後、彼女は切り出した。


「私の姿を使わない?」

「……レティシアさんの!?」

「ずっとエリヴィラちゃんの姿でいるのも気を遣うだろうし、私なら全然かまわないから」


 ワタシがレティシアさんの姿になる?

 それは……それは……すごく、どきどきする。

 心臓なんてないけれど、そんな感じ。


 わくわくする?

 期待している?

 喜んでる?


 うん、今ワタシはすごくうれしいんだ。


 だって……たぶん……きっと、絶対。

 ワタシの理想はレティシアさんだから!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 百合百合は素敵ですね、良い治癒です〜 引き続きも期待しています!
[一言] 理想の姿のレティシアさん+庇護欲を誘う可愛い子供の姿 って感じかな~?
[一言] こっからどうしてロリシアになったのか気になる
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