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●楽しい

 かなり難しいけれど、やってみたい。


 今までなら、こんなに面倒くさい擬態をしようなんて思わなかった。

 擬態をするなら簡単なものがいい。


 よく観察した、知っているものが一番。

 見なくても絵に描けるもののように、見なくても擬態できるものは楽なのだ。


 日替わりで生徒を擬態するのだって、コツをつかめば楽だった。

 多少改造が入っても制服だから、布の質は同じ。

 制服の形と大体の体型で体は出来上がり。

 後は顔だけ気をつかえばいい。


 だがこれは……

 情報が多い上に、外見に注目されることはわかり切っている。


 擬態するならするで完璧にしないと、ひとつのほころびでみっともないことになりかねない。


「あ……頼んでくれて、平気! だけど、これ一枚じゃよくわからないから、もっといろんなところからの写し絵があったらうれしい。身長とかもわかればいいかな」

「身長は176センチ!」

「ファンクラブの会報にいっぱい載っていますわ!」

「衣装はぜひこれで!!」

「ありがと」


 受け取ってじっくりと見る。

 指定された衣装はキラキラと装飾は多いが、材質は絞られている。

 あの背中に羽根を背負ったのにされたらどうしようかと思った。

 あれは羽根だけでかなりの種類があって……できないわけではないけれど!


「へぇ、トップと言うことはこの人が一番なの? お姉さまの方が素敵だと思いますけど」

「そうですわ。比べるまでもないでしょう」


 じっくりと写真を見ていると、エリヴィラさんとグローリアさんの声が聞こえた。

 ワタシも同意見だ。


 たしかにこの人はスタイルが完璧で、垢ぬけているし、飛び抜けた美人。

 自分の見せ方を知っている自信のある表情で、着ているものだって完璧だ。

 それでも、ワタシにはレティシアさんの方が好ましく思える。


 冷静に考えれば、絶対にこの女優さんのほうがきれいなのに。

 美人すぎて親しみが持てないから?

 化粧が濃いのが……化粧を取ったら地味な人かも?


「二人とも。気持ちはうれしいけど、人の好きなものにそんな言い方しちゃいけないわ。好きなものを好きって言えるのは素敵なこと。でしょう?」


 レティシアさんの言葉に、観察をしながら必死に女優さんのあら捜しをしていた自分が恥ずかしくなる。

 好きなものは好き。

 それでいい、はず。


 好きなもの……好き。

 ワタシは何が好きなのだろう。


 かわいくなりたくて、かわいいを探して学んできたけれど……かわいいは好きじゃない。

 生きるために仕方なくしていることだ。


 ワタシの今までは全部かわいいにささげられてきたけれど、かわいいは好きなことじゃない。

 じゃあ、何が好きなの?


 そう自分に問いかけてぞっとする。

 わからない。

 ねぇ、ワタシは何が好きなの?

 ……わからない。


 好きについて考えるのが無性に怖くなって、ワタシは擬態に集中する。

 写し絵にないところは想像で、不自然にならないように。

 角度を変えても違和感が出ないように。


「きゃああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!」

「!?」


 四方から降ってくる悲鳴がハウリングした。

 びりびりと表面が振動する。


 ワタシを囲む女の子たちが、ワタシに向かって叫んでいる。


 いつの間にこんなに人数が増えていたんだろうか。

 少し距離はあるし、好意的なのはわかるけれど、この人数で叫ばれるとさすがに怖い。


「ど、どうでしょうか?」


 レティシアさんに声をかける。


「写し絵そのままよ。ねぇ、私は水鏡ショーを見たことがないからわからないのだけど、そっくりなのかしら?」


 いつもと変わらない落ち着きが嬉しい。

 彼女は私がどんな姿をしていても、あまり気にしないでいてくれる。

 ……スライムの姿になった時にも。


「マリオンさん、あの、ポーズをこう! お願いします!」

「えええっと、こう?」


 女の子たちに言われるままにポーズをとる。


「きゃあぁぁぁぁぁー!」

「きゃー! きゃー!」


 歓声が上がる。

 笑顔がある。

 熱く見つめられる。

 祈るような崇拝の視線。


 ワタシはこれが欲しかった。

 みんなに好かれたかった。

 かわいいは愛されるための手段だ。

 そのためにワタシは、ずっと、ずっとかわいいをしてきた。


 この姿は、ワタシが求めてきたかわいいじゃない。

 なのに、欲しかった反応がかつてない程に向けられている。


 かわいいじゃなくてもよかったの?

 かわいくなくてもよかったの?

 じゃあ、今までワタシがしてきたことは何だったの!?


 考えたくない。

 考えたくない!


「目線こちらにお願いします!」

「そのまま髪を掻き上げてください!」

「ええっとぉ、こ、こぅ、ですか?」


 思考から逃れるために、ワタシは擬態に集中する。

 これだけ装飾があると、自然に動くのも一苦労なのだ。


「あー、もうすこし、こう」

「え? ええ?」


 注文が多いけれど、集中するにはいい。


「手の角度を、こう。ね?」


 レティシアさんがついっと寄ってきて、指定されたポーズを取ってくれる。

 服のしわの出方がわかってありがたい。


「こぅ」

「そうそう、で、目線を向こう」

「こんな感じですか?」


「きゃー! きゃー!」

「ひゃあああん!」


 黄色い悲鳴が上がる。


 女の子たちのお願いでレティシアさんと二人でいろいろなポーズをとると、さらに声が高くなる。

 レティシアさんは視線になれているのか、動じることなくポーズを取りほほ笑む。


 レティシアさんは自分がきれいだと知っているんだろう。

 自分の姿を自分で美しいとわかっている。

 自分で自分が好きで、容姿にコンプレックスを持っていない。


 レティシアさんより今のワタシの擬態の方が美しいけれど、その隣にいて恥ずかしがったり自分を卑下したりしない。

 素敵だ。

 とても素敵なことだ。


「あ、の、ありがとうございます」


 レティシアさんにだけ聞こえる声でお礼を言う。

 擬態をすることでこんなに喜んでもらえるのが……実はちょっとうれしい。


「私、何かしたかしら?」

「は、はい。ワタシ、こんなにみんなに喜んでもらえたの、初めてで。すごくうれしいし、楽しいです!」

「これに関しては、私なにもしてないわよ? 全部マリオンちゃんが頑張った成果よ。この擬態もすごくよくできてるし」

「ワタシだけじゃ、こんなには……」

「次はこのポーズいいですか!? できれば衣装はこちらに!! レティシア様も一緒に!!」


 ずいっと、写し絵が差し出される。


「こ、この衣装ですね」

「いいですか? 無理なら言ってください」

「だいじょうぶです!!」


 正直、ものすごく面倒くさい衣装だけど、やってみたいと思える。


 たくさん擬態をして、レティシアさんとポーズを取って、笑って。

 嫌われ者だったワタシが、こんなにも好かれて、ちやほやと持ち上げられて。


 楽しかった。

 楽しかったのだ。


 部屋に帰って、ひとりになるまでは……


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