●叶えたい
もやもやは一晩たっても、放課後の擬態練習の時間になっても続いていた。
言われるままに擬態をし、それを無邪気に喜ぶレティシアさんを見ていても……そんなに気が晴れない。
小さい。
やわらかい。
弱い。
かわいいにはマイナスがたくさん含まれている。
モノを知らない幼くて力のない子供を、かわいいと言うように。
ワタシは弱い。
とても弱い。
スライムなんて対処法さえ知っていれば、子供だって駆除できる。
弱いからかわいいわけではない。
けれども弱ければかわいくでもなければ、生きていけない。
ワタシは、そうして生きてきた。
なのにどうして、とても強いメフティルトさんとロズリーヌさんがワタシをうらやましいなんて言うんだろう?
ワタシの方こそ、二人がうらやましい。
できるならかわいいよりも、強くなりたい。
うんと強く……
「うーん、擬態って本当に難しいのね」
真剣な表情で考え込むレティシアさん。
そんな様子もかわいい。
彼女は弱い。
解呪の力は自分に降りかかる呪いを避けるだけで、スライムだって駆除できない。
だからレティシアさんは怖くない。
彼女は弱い。
だからかわいいんだ。
……いや、違う。
全然違う。
レティシアさんは弱くない。
だって、彼女はワタシを助けてくれた。
自分が大けがをするかもしれないのに、話したこともないワタシをゴーレムから助けてくれた。
強くなければそんなことできるはずがない!
弱いのに、強くて、かわいい。
混乱してしまう。
「ごめんなさいまだまだ時間がかかりそうだわ」
「いえ、ワタシすごく楽しいのでっ、いっぱい時間がかかったほうが嬉しっ、あ、じゃなくて、嬉しいですけど、ご迷惑をっ」
『ま、いいけど。適当にがんばんなさいよ』
ふと、昨日のメフティルトさんの言葉を思い出す。
適当に……そのつもりだった。
ワタシだけの姿は欲しいけど、無理だってわかってて。
ただレティシアさんがどうしてかわいいのか、そのかわいいを知りたくて……あわよくば盗んでしまおうなんて下心で。
そんな自分が恥ずかしくなる。
「あの、本当のことを言うと、簡単に自分だけの姿ができるだなんて思ってなくて。でも、協力してくれるのが嬉しくて。だから、あの、姿ができなくても謝らないで下さいっ。じゃなくて、ワタシが謝らないといけないぐらいで」
もう、隠してはいられない。
「親戚にも、自分だけの姿を持っていない人がいます。おじいちゃんは一緒に戦った戦士の姿をもらったそうです。その人はもう帰ってこないから……」
「そう……」
「だからもし、飽きたりしたら言ってください。それでいいですから」
それでいい。
ワタシはもう、十分すぎるほど楽しかった。
これ以上、レティシアさんの貴重な時間を無駄に過ごさせるわけにはいかない。
「マリオンちゃん……」
レティシアさんは小さくため息を吐く。
体が緊張するのがわかる。
「もう、飽きたりするわけないじゃない。どんなに時間がかかっても付き合うわ。少なくとも卒業するまではね」
「………」
卒業するまで。
それは今の私には、ずっと、と同じ重さで。
思わず涙がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえた。
「あ、あのぉ」
「ん? どうしたの?」
なんとか醜態をさらさずにいられたのは、突然別のクラスの女の子たちが声をかけてきたから。
五人ぐらいで集まって、何とか声をかけてきた様子。
レティシアさんは人気者だ。
歩いているだけで人が振り向く。
声をかけてくる人が少ないのは、お互い牽制しあっているからだ。
彼女たちも一人で声をかけるなんてとてもできなくて、集まってなんとか声をかける勇気を持てたのだろう。
そんな彼女に擬態の練習として構ってもらえるのは、少し誇らしくもある。
「そ、その、私たちお願いがあるんですけど」
「まぁ、なにかしら?」
「あ、レティシア様じゃなくて、マリオンさんに」
「ワタシですか!?」
思っても見なかった事態に慌ててしまう。
どうしてワタシ!?
擬態したことへのクレーム……は、ないな。
最近はずっとエリヴィラさんの姿だし。
他にクレームを入れられるようなことは、何もしていないと思うんだけど!?
「はははいっ。なんですかっ!?」
「ここで擬態の練習をしているのを見てて」
「実はお願いがありまして」
「もし失礼なことだったら謝りますっ」
「いいいえ、失礼なんかなにもっ」
前置きはいい。
罵る気ならさっさと済ませてほしい。
口触りのいい言葉で前置なんかいらない。
ワタシはいやなことは、さっさと済ませてしまいたい質なのだ。
「できれば、この人に擬態してもらえないでしょうか!!」
勢いよく差し出された手に、思わず飛び退きそうになった。
レティシアさんたちと一緒でなければ、実際に飛び退いていたと思う。
この学園にいるからには彼女たちは魔法を使えて、その魔法のほとんどはワタシを簡単に殺すことのできるものだから。
なんとかその場に留まれたのは、レティシアさんたちが近くにいるから。
ただ、それだけだった。
それでも一瞬警戒して動けなかったが、女の子たちが差し出したのは一枚のカードだ。
一目で高級とわかる真っ白な紙に、豪奢な模様が金の箔押しになっている。
開いてみると、一人の女性? の姿絵があった。
男の人の服を着ているけれど、体つきは女性だ。
かわいいとは対極にある、凛として強いイメージの人。
「まぁ、素敵な人ねぇ」
横から覗き込んだレティシアさんが、感心したように何度もうなづく。
「は、はい! 水鏡トップスターのサラディナーサ様です!」
「去年トップに就任したのでレティシア様はご存じないかもしれませんがっ」
「歌唱力もダンスもすごくて。よろしければチケットをお分けしますのでぜひっ!」
「あ、あら?」
女の子たちの勢いに、さすがのレティシアさんも引き気味だ。
「この人に擬態してほしいのね?」
「は、はい」
「だめでしょうか?」
「それは私じゃなくて、マリオンちゃんに聞かないと」
「そ、そうですよね。どうかしら?」
「こういうこと、頼んでいいか分からなかったんだけど」
「私たち、どうしても近くでサラディナーサ様を見てみたくて!」
「は、はぅぅ」
簡単に擬態してほしいなんて言うけれど、これは大変なことだ。
何枚も重ねた複雑な衣装、数えきれないほどのアクセサリー、化粧は舞台映えする濃い物。
材質は様々で、色だって普通では考えられないぐらい。
さすがに難しいとレティシアさんを見ると、何かを期待したようにうんうんと頷かれた。
この無言で頷く様子が、本当にかわいくて……つい、願いを叶えたくなってしまうのだ。




