●変化
レティシアさんと擬態の練習を始めた日から、ワタシの学園生活は劇的に変わった。
まず、エリヴィラさんが少し以前の姿を貸してくれたので、毎朝擬態モデルと鉢合わせするのを避ける必要がなくなった。
これが思った以上に快適だ!
擬態モデルにすれ違いざまに嫌な顔をされることもないし、間違って声をかけられることもない。
これだけでこんなに快適だなんて!!
自分だけの姿に思考型スライムが固執する理由がよくわかった。
正直、固定の姿があれば楽だろうぐらいしか考えていなかったのだが、この快適さを知ってしまうとがぜん欲しくなってしまう。
そして、
「おはよう、マリオンさん」
教室に入るなり、レティシアさんがあいさつをしてくれる。
「お、おはようございますっ」
少し声が上ずってしまったかもしれない。
「どうかしたの?」
「いいぇっ。何でもないですぅ」
レティシアさんが、一目でワタシをワタシと認識してくれる。
自分の姿を持っている人にとってはきっと当たり前のことで、ワタシにはあまりにも特別なことだ。
『おはよう、マリオンさん』
この一言だけで、ワタシは一日幸せだった。
我ながら単純だ。
どこかフワフワとした気分で一日を過ごし、放課後……
「マリオン、帰るよ」
「はぅ」
メフティルトさんの声ではっと我に返った。
レティシアさんは擬態の練習を続けると言ってくれたけれど、あれは本気だったのだろうか?
スライムとの約束を律儀に守るだろうか?
急に不安なる。
スライムが他の種族から対等に扱われないのは当たり前のことで、だからこそワタシたちはかわいいを武器にするしかないのだ。
あんな約束はその場の雰囲気で、まさか本気にしているなんて。と、笑われても仕方がない。
……仕方がないけれど、嫌だ。
すごく楽しかったから。
スライム扱いじゃない、ただの女の子として扱おうとしてくれた人はいた。
けれど、ワタシをスライムの女の子として尊重してくれた。
それがすごくうれしくて、楽しくて。
だから、嫌な思い出で塗りつぶされるよりは、自分で終わらせた方がいいかもしれない。
このまま何もなかったみたいにメフティルトさんと一緒に帰って、あと数日エリヴィラさんの姿を借りていつもに戻って。
ああ、そんなこともあったなぁなんて思い出すことができればいいのかもし――
「メフティルトさん、ごめんなさい。マリオンさん私たちと約束があるんだけど、急ぎの用事かしら?」
「ん? いや、別に」
レティシアさん!?
「マリオン。約束なんかあったんだ」
「ぁの、姿を作るに協力してくれてるんです」
「ふーん。2日続けて同じ姿してると思ったら、そんなこと始めてたんだ」
「はい」
何を無駄なことをしているの? と笑われるのを覚悟した。
「いんじゃない。がんばんなよ」
え?
驚いているうちに、メフティルトさんはロズリーヌさんと教室を出て行った。
……昨日からワタシの日常は劇的に変わった。
ワタシが思っていた以上に、劇的に変わっていたのだ。




