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7・ゼロから始める葡萄酒なだけ


「......ほい、ほい...っと。まぁこんなもんかな」


私は机の上に広げた羊皮紙に、ワインの製造方法を細かくびっしりと書き、改めて見直す。


 昨日、フェルヴェルフォン伯爵領が主な特産品として外部に輸出している『葡萄』は、ワインに最適な種類であることが判明した。しかも栽培している2種は、どちらもフェルヴェルフォン領でしか栽培されておらず、非常に市場価値が高いものだった。


 つまり、世界でここだけしか栽培していない葡萄を使えば、もしかしたら世界でここだけのワインを作れるかもしれないのだ。


(......前世で【転生】する直前に、ワインの知識を頭に詰め込んでおいて助かったな......)


 改めて【転生】直前の自分の選択を若干誇らしく感じる。

 そして部屋に取り付けられた呼び鈴でメイドのシシアを呼び、買い物をしてくるように頼んだ。

 ワイン造りには様々な道具や材料が必要なのである。


 羊皮紙に記入した買い物リストをシシアに渡すと、彼女はすぐに領内の市場へと出かけてくれた。

 その間に私は、ワインの製造方法を改めて見直して、問題点を発見した。


(そうか……目先のことに囚われていて失念してたけど、ワイン造りには時間が必要だったな。自家製のアルコール度数の低い奴なら二週間あれば作れるが……やっぱり市場で最も売れるものといえばオールドヴィンテージ、でも私たちには時間がない……)


 そう、簡単に作れる安いワインなら最低数週間で作れるが、市場に出せるレベルのブランド品を作るとなると、とにかく手間と時間がかかる。よくよく考えてみれば、うちで製造できるであろう赤ワインはヴィンテージ向きなのだ。

 ヴィンテージともなれば、軽く何十年か温めておかないと市場に出せるレベルにはならない。


 一般的に世の中でヴィンテージワインが売れる理由は、時間が経てば経つほどワインの味わいが丸くなり、繊細でより複雑なものになるからなのだ。

 ワインにはそれぞれにぴったりの『頂点(ピーク)』があり、その時期を過ぎてしまったりすると評価が下がったりもするから、繊細な調整が必要なのである。

 

(うちで出来る白ワインは最低でも20年は必要だし、赤ワインのほうは……下手すれば30年は必要かもな。やばい、これじゃワインを作ってる間に財政破綻するぞ……)


 うーん、と深く考え込んだ私だったが、その時部屋の入り口のドアが外から軽くノックされた。


「アイリス、いまいるかい?」

「えぇ、いますよ」


 どうやらライアスが来たようだ。

 彼は最近、私の変化を気にして頻繁に部屋を訪ねてくるようになった。

 優しい口調で相談にも乗ってくれるようになったし、冗談も言い合える仲まで回復した。


 そう、いままでデブスで高飛車のわがままお嬢様だった私は、兄からも倦厭されていたのだ。

 直接態度には出さなかったため、愚鈍な今までのアイリスは気づいていなかったようだが、思い返してみればわりとはっきり遠ざけられていたこともあった。


 私から許可をもらったライアスは、ゆっくりとドアを開けて中に入る。

 そして私のそばに近寄ってくると、机の上に置かれたワインの製造方法についてのメモを読む。

 数行読んだだけであっという間に、その端正な顔が驚きに染まった。


「ア、アイリス、これは‥‥‥?」

「えっと、ワインのレシピですわ。実は私、昨日の夜飲んだワインが忘れられなくて、ちょっと気になって調べてみたら、こんな感じで作り方があったので、メモったんですが……」


 とっさに考えた言い訳はなんとも苦しいものだった。

 フェルヴェルフォンの屋敷には小さな図書室もあるが、蔵書のほとんどはワイン造りに全く関係のないものばかりだった。ライアスが気づきませんように、と願っていると、彼は納得したように頷いた。


「なるほど! しかし、すごいね……。もしこれが売れたら、財政難も解決するかもだけど……」

「そうなんですよ。というかお兄様、その考えに至ることが出来るんだったらどうして早く財政状況改善させなかったんですかねぇちょっと聞いてます?」

「ひゅーひゅー」

「口笛してんじゃねぇ!!」


 あからさまに目を逸らして口笛を吹くイケメン兄の襟首をつかみ、ガックンガックンと揺らして問い詰める私だったが、芳しい答えは出ない。

 

 やっぱりあれだ。こいつは領地経営に関しては完全に無能、または素人なのだ。

 というか普通に領地経営してたら、よほどの不作とか飢饉じゃない限りまず借金額はこんなに増えない。一週間前から、いったい何をしてこんなに借金額が増えたのか聞いているが、なぜか一向に口を割ろうとしないのも謎だ。


 私が考え込んでいると、乱れた髪を直したライアスが唐突にこんなことを言った。


「やっぱりネックは時間だけど……はぁ、うちに魔術師がいたらよかったんだけどなぁ」

「……魔術師?」


 前世では聞きなれた単語が私の脳内を駆け巡る。

 _______そうだ、魔術だ!!

 魔術の中には、【時間操作系】と呼ばれるコアな術式も多数存在する。前世の私、『魔王アーヴェナ=シェイストーム』が得意としていたのは、大規模な【時間空転】と呼ばれる術式だ。

 これは無機物の時間を何十年か、何百年か空転させることによって対象物の耐久度を脆くしたりすることが出来る。昔は海戦などでよく使用し、敵の乗った軍艦の時間を【空転】させることで海水の浸食を一気に激しくし、船ごと軍隊を海に沈めたこともある。

 

 要するに、製造に何十年も必要とするワインにこの術式を適用させれば、わずか数日で長期間の熟成を必要とするワインが作れるようになるのだ。


 私はインスピレーションを与えてくれた兄に感謝し、早速実践してみると告げた。

 すると兄は一瞬訝しむような視線を私に向け、唐突に笑いだしてしまった。


「あははっ、アイリス、そんなの夢のまた夢だよっ!! 今この王国で魔術を使える人が何人いると思う? 10人もいないのに、アイリスが魔術を使えるっていうの!?」

「はっ!? じゅじゅじゅ、10人!?」


 ライアス曰く、かつては誰もが魔術を使えていたそうだが、今はその魔術を使うことが出来る知識と素質を持っているのは王都にいる10名の王国軍の魔導師だけなのだという。

 

 この世界に来て一番驚いた。

 嘗ての世界とのあまりの違いに愕然とした私。

 だが、よくよく記憶をたどってみると、私がこの世界に来て今日まで一切【魔術】を試してみようと思わなかった理由が判明した。

 確かに思い出してみると、今世では魔術を使うことが出来ないという事実が当たり前すぎて、それがアイリスの脳に常識としてインプットされてしまっていたため、私も【魔術】を試してみるという発想には至らなかったのだ。


 わなわなと震える私。

 だが同時に、今世での私は生まれてこの方一度も魔術を使おうとしたことがないのだ。

 つまり『使ってない』だけで、『使える』かもしれないのだ。【魔術】に必要とされる叡智や技術は全て【魔王】である私が握っている。

 理論通りにいけばちゃんと魔術を発動できるはず、と自分自身を落ち着かせる。

 

 そう、まずは試してみることが重要なのだ。



 そんなこんなで私は、屋敷の庭に出た。

 目の前には切り株の上に置かれた、暖炉用の薪がある。

 私はその薪に左手を向け、まずは初歩的な炎の術式から試してみることにした。

 目を閉じて、精神を集中させる。体内にある微弱な魔力の流れを掌握し、意図的にその『道』に手を加えて、術式行使に最適な形に整える。

 そしてそのままの態勢を維持し、大きな声で詠唱を始める。

 

 「《炎の精霊よ、我が名を以て汝の力を貸さんことをここに命ず》!!」


 その瞬間だった。

 ボンッッッッッッ!!、という凄まじい軽快な音とともに、薪が丸々一つ炎に包まれた。

 その勢いはすさまじいもので、あっという間に薪を燃やし尽くして自然に鎮火してしまった。

 ある意味予想以上の結果だったが、私の表情は曇ったままだ。


(……本来なら天まで火柱が立つほどの勢いで術式を発動したはずだったんだがな。やっぱりライアスが言っていた通り、半端な知識の量と技術では、素人では到底魔術を扱うことが出来ないな)


 手を握ったり開いたり繰り返して、魔術の不調の原因を確かめてみる。

 外的な要因などは思いつかなかったので、ひとまず先天的なものだという結論を下す。

 おそらく先祖の段階で、なにかしらの微弱な突然変異が起き、それが遺伝して魔術を行使しにくい体質となってしまったのだろう。


 王国全体でも10人、と言われたことなので、もしかしたらこの王国に住む人々のほとんどがこれに該当するのかもしれない…。

 まぁただ、元から行使される魔術が微弱なものであると仮定して発動する分には何ら遜色はないようだ。そこで私は、前世で得意としていた時間操作系の術式の発動を準備する。


 先ほどと同じく、ほとんど木炭となった薪の残骸に左手を向ける。

 前世で培った魔術の技術を呼び覚まし、さらなる集中によってより精度の高い術式を発動させる。


「《時よ、その流れを戻すがいい》!!」


 パッ、と淡い光が木炭を包んだかと思うと、次の瞬間に木炭は元の薪へと変化していた。

 手に取ってみると、先ほど炎の術式をかける前の乾燥した良質な薪に戻っている。

 

「おぉ…! 割と心配してたけど、なんだかんだ言って結局できるじゃないか! くっくっくっくっく!」


 思わず独特な笑いが出てしまった。

 すると遠くから一部始終を眺めていたのか、若いメイドが数人駆け寄ってきた。

 全員私に嫌がらせをされて、裏でこそこそ私の陰口を言っていた連中だったが、今日の反応は違った。

 なんというか、とてつもなく目を輝かせている。


 するとその中の一人、赤い髪をしたメイドが驚いたようにまくしたてた。


「お嬢様!! いっ、今のはっ、噂に聞く【魔術】とやらですかっ!?」

「まさか、お嬢様が魔術を行使できるなんて……すごい…!!」

「あっ、あの、申し訳ありません、今までの無礼をお許しくださいませ!!」


 続けて二人のメイドも慄いたように叫び、三人同時に深くお辞儀をした。

 _______なんていうか、まるでいじめっ子がいじめられっ子に逆転されたような雰囲気だ。

 

 敵対者が武力を手に入れたからやすやすと降伏する、そういう姿勢は私は大嫌いだったが、よく考えてみれば彼女たちも仕事を失ってしまえば食べていく手段が失われてしまう。

 だから雇い主に親しい人物にはへりくだる、これは当たり前のことなのだ……悲しいが。


 三人の手のひら返しぶりに呆気にとられた私だったが、これは使用人たちとの冷え切った仲を修復するチャンスだ、と考え直し、優しい声色で告げる。


「別にいいですよ。私は気にしてませんし、むしろ私のほうが散々ひどいことをしてきてしまったから。【魔術】を使ってあなたたちをどうこうしようなんて考えてないですよ」


 そう言って頭を下げると、3人のメイドが慌てて口々に言う。


「おっ、おやめくださいお嬢様、そんな、わたくしたち如きに頭をお下げになるなんて!!」

「そうです、顔を上げてくださいませ!」

「わたくしたちも特段気にしておりませんわ、ですから…」


 最後に私は一言謝った後、これから今迄とは違い仲良くしてくれるように頼んだ。

 忘れそうになるが私がこの世界に来た目的は『真実の恋愛をすること』。

 その第一歩として自分の評判をよくすることが大事なのだが、その中にはもちろん使用人からの人気度も含まれる。

 

 私は3人のメイドに、これから行うワイン造りのことを簡単に話し、協力してくれるように打診した。

 メイド達は快く協力を約束してくれたため、早速空き部屋を教えてくれるよう尋ねてみた。 

 空き部屋は、これからワインを作るための拠点にするための部屋だ。


 赤い髪をしたメイド______名前はルカというらしい_____が、屋敷の西側にある別館の一階にある倉庫の存在を教えてくれた。どうやらかつては祖父や祖母が収集していた様々なコレクションがあった部屋のようだが、それらは全てライアスの代になってから廃棄されたか、屋敷中に飾られたという。


 そういえば【転生】してから別館を訪れたことはなかったな、と思いつつ、ルカに案内された部屋に向かってみる。どうやら地下室もあるらしく、ワインの貯蔵にはぴったりである。

 

 倉庫全体はさほど広くはないが、ワインの製造をする上で重要な設備を置くぐらいの広さはあるようだ。もともと置かれていた机や棚も、ワイン関係の資料や試作品を作るにはもってこいの場所だった。


「よし、決めた。私はここを拠点にするわ! えぇと、自分の部屋から資料を運ぶから、もしシシアが帰ってきたらここにいるって伝えてくれるかしら?」

「わかりました、お嬢様。他に何かご用件は?」

「特にはない……いや、そういえばシシアが帰ってきたらみんなにもワインの作り方を教えたいから、興味があるメイド達を集めてくれるかしら?」

「そうですね、わたくしも興味がありますし。一応集められるだけ集めてきますわね」

「頼んだ」

「御意ですわ」


 ルカは礼儀正しく一礼して、姿勢よく部屋を出て行った。

 まぁメイド達は私から嫌がらせをされることも金輪際ないんだし、役に立つワインの知識も知りたいだろうから結構集まってくるだろう、と予想していた。


 そう、これが成功したら私は、自分の好みのワインが飲めるのだ。

 なによりも、それが楽しみだった。


 

 

 


 





どうでしょうか。

土日は満足に書く時間もないので、少々雑になっております。

展開が早すぎる、などのご指摘がありましたらぜひ感想と共にお伝えくださればうれしいです。


高評価、ブックマークのほうもよろしくお願いします。


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