40・状況整理と嘘と真実なだけ
2、3年ぶりに投稿です。
フィロテラス王国、フェルヴェルフォン領の外れ。
王都へ続く街道を走り抜ける豪奢な馬車の中から、窓枠に肘をつきつつ外を眺める第二王子は憂鬱な瞳を虚空に投げかけていた。
その姿を不安げに見つめていた護衛の一人が、おずおずと王子へ進言をする。
「殿下、危険ですので窓からお離れください。ここは王都から遠く治安維持に関する報告の真偽も怪しい土地。それに殿下は政治的に危うい立場です、刺客などが襲ってきましたら……」
「……」
半眼で護衛を鬱陶し気に見遣ると、イザヤは窓から離れてレースのカーテンを乱雑に閉めた。
先程まで令嬢と親しげに話していた彫刻の様なその顔は、今や能面の如く一切の表情を消している。
父王の危篤に加え、各地の貴族の不自然な動き、そして兄である第一王子の不気味な噂話…… 齢十六の少年には肩の荷が重い、否重すぎる状況である。幾ら生まれながらにして強大な開心術を開花させ、凡ゆる全てを記憶する能力という稀有な才能があろうとそう簡単に捌ける容易い試練ではない。
開心術。
王家の正統なる後継者に、極めて稀に隔世遺伝するという先天性魔術能の一種。
かつての世界、つまり伝承でしか伝わらないような太古の時代には、この大地を覆う神秘の壁_____つまり魔術を扱う為に必要な純粋元素としての大気魔力が満ち満ちていたという。
しかしとある時期、大陸を統べたという強大な魔術の女王がその行方を眩ました直後から、神秘の壁は薄れて一般人が魔術を扱うことは出来なくなったという。現代まで続く数世紀越しの研究でもその根本的な原因や解決策は見出せないが、王家や王家に連なる家系、そして一般人にも稀に魔術を扱うための才能_____先天性魔術能が発現することだけは確認されている。この魔術能の発現の仕方は多岐に渡り、その強度も様々である。
イザヤの知るフィロテラス王国に拠点を構える魔術師、その一〇人の内半数以上が先天性魔術能によって生まれつき強大な魔術を操る事ができる。まさに神話の所業といったところだろう。
現フィロテラス国王であるセドルフ・ラ=フィロテラスもまた、そのような才能を持っていた。しかし彼が扱えたのは極めて限定的な誓約魔術であり、今のように危篤になる状態を回避するだけの魔術を扱うことはできなかったのである。
一方でイザヤの持つ先天性魔術能は、視界に入れた凡ゆる存在の深層心理を見通す強力なものである。人間に近しい存在ほどその思考を、まるで書物を読むかの如く精細に把握出来るのだ。イザヤの前では権謀術数や暗殺の企みなど不可能_____の筈だったが。
「チッ、兄上め。余計な事をしてくれる……」
「殿下、どうかなされましたか」
「……いや」
イザヤの兄である、第一王子のクリストール・ラ=フィロテラス。
彼は第二王妃の巧みな情報工作によって、どのような先天性魔術能があるのか、そもそも能力を保有しているのかが長らく秘匿されてきた。しかし第二王子お抱えの諜報部隊が得た最新の情報によれば、彼は周囲の魔術を無効化するという魔術能を持っているという。
奇妙なことに、イザヤの開心術発動には意識的な予備動作が必要であるが、例えそれを正確に行なっても宮中で他者の心を読めなくなる事態が近年急激に増えていた。それ故に宰相や敵対派閥の面々の心を読もうとしても、まるで無機物を相手にするかのように失敗することが多々あったのだ。しかしそれが第一王子の仕業だとすれば合点がいく。
これにより行動の先回りをする事ができなくなったイザヤは、王宮内での『維持派』の動かし方に迷うことが多くなり、結果として対立派閥の跳梁跋扈_____ひいては父王の暗殺未遂という事態まで許してしまったのだ。
幸いなことに、この一時的な封印は第一王子から離れさえすれば平常通りに戻る。
故に彼は、地方行脚にも似た地道な公務を遂行しつつ、各地に散らばった宮外の主要な『維持派』や『中立派』の爵位持ちらに声をかけ、必要ならば開心術で人身を掌握して勢力を着実に固めている。
来るべき崩御とそれに伴う混乱に対処する為に。
さて。
旧知の仲であるルナ=エレティエーズを使い、地方の『維持派』を結束させることには現状成功している。
そして『中立派』を動かす、となった段階で真っ先に出た名前がフェルヴェルフォン伯爵家だった。
フェルヴェルフォン家と言えば、先祖を辿ればそれなりに高位の官職を得ていた宮中伯の家系であり、今でもその領地の広さからは嘗ての栄光が伺えるという。
ルナ曰く、以前までは無能な兄領主が治めていた規模だけのハリボテ伯爵領だったとのことだが、ある日を境に表舞台へと登場した_____悪名高きアイリス=フェルヴェルフォンがデビュタントも終えない年齢にして伯爵領の管理を始めてからというもの、次々に領地直産の新たな商品が流通して建て直しが図られているのだという。
そして件の令嬢と対面したルナは、「彼女は何か、以前と明らかに違う。しかしそれは警戒すべきであるが、王子にとっては最大の協力者となり得る可能性もある」と不気味な笑顔で報告をしてきたのもイザヤの記憶に新しい。
そして。
イザヤはアイリスとの会話から、彼女が明らかに年齢不相応で、策略に長けた何者かであると確信を得ていた。
普通に考えれば、彼女と同い年の令嬢なぞ虚飾と色恋にその全てを注いでも可笑しくない。
確かにアイリス嬢も、少し顔を近付けただけで赤面するなど初心なところもあったり、その身体を鍛えようとアグラヴェインまで獲っていく場面すらあった。しかし、決してそれらに心血を注ぐわけではなく、あくまでも領地経営を行う『主人』としての核を何処かに感じる対応であったのは確かなのだ。
極め付けに、現状の情勢に対する理解の素早さ、そしてこちらを完全に信じ切らない猜疑心。これらはそこら辺の真っ当な地方領主ですら得ているか怪しいものだ。
そのあまりにも大人びた姿勢に面食らい、驚いたイザヤはついつい尋問のような形式で彼女を味方に引き込むことに注力してしまった。しかし奇妙なことに、アグラヴェインの件があった直後辺りからイザヤは持ち前の開心術を全開にしているにも関わらず、時折アイリスの感情が読み取りにくくなることがあったのだ。
第一王子が近くに居ないにも関わらず、自身の能力に何かしらの異常が起こっている。
完璧主義者のイザヤにとって、その針のような違和感が妙に気になるのだ。
されど、開心術の不調に関する研究など、魔術の廃れた現世で進められる訳もない。故に王宮へ戻り、大図書館やら魔術研究家に話を聞いても望みの答えを得られる確証もない。
そのような様々な事情も相俟って、イザヤは非常に疲弊しているのである。
「あの、殿下。明日はティフェルバーニャ伯爵領へ赴かれるとのことですが……」
馬車の正面に座る、赤髪の真面目そうな文官の青年がおずおずと王子へ話しかける。
彼にフェルヴェルフォン領に到着後もずっと馬車で待機をさせていたことを思い出したイザヤは、少々申し訳なく思いつつ視線を文官の元へ投げ掛ける。
「それがどうした」
「どうやら、エレティエーズ家の御令嬢も同日に訪問を予定しているらしく。殿下の許可がございましたら、エレティエーズ家には訪問を後日にせよと命を下そうかと……」
「いや、そのような命は必要無い。あの女ならば、同席しようが構わん」
「承知いたしました。ではそのように」
文官は手元の羊皮紙に何事かを記入し、懐に仕舞う。
その動作を無意識に眺めていたイザヤは、再び窓の方へ目をやる。
幾何学模様のカーテンの隙間からは、暮れに近付く太陽の彩光が漏れ出ていた_____
意外と流行りって変わらないんですね〜




