表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/45

27・領のことを知りたいだけ

 

「そりゃあ決まっているじゃろう。この八百屋では、フェルヴェルフォンで採れた野菜しか売っておらんのじゃから……」


 八百屋の店主が当たり前のように発した言葉に、私は違和感を覚えた。


 ______この店で売られているのがうちの領の野菜であることと、商品の余りが出ることに一体なんの関係があるのだろうか?


 忽ち疑問が頭に浮かんだ私の顔を覗き込んだ老人は、眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔をしていた。

 彼は不思議そうに呟く。


「何を変な顔しとるんじゃ。当たり前の事じゃろう?」


「当たり前、と仰いましたか……?」


 まるで此方が疑問を抱く姿そのものに疑問を抱かれているような気がして、鸚鵡返しに聞き返してしまった。そもそもこの老人が言っていることの意味が分からないのだ。


(うちの野菜が売られているのと……関係があると言うの? 野菜には詳しくないけど、品質にも申し分無さそうだし______どういうこと?)


 気になって気になって頭が痛くなってきた私は、もう我慢出来ずに老人の手を掴んで尋ねてしまった。


「無知だというのは百も承知ですが、教えていただきたい。フェルヴェルフォンで採れた野菜が売れない、というのは一体何故でしょう?」


 すると老人は、それこそありえないことを聞いたかのように両目を見開いて硬直した。

 しかし、直後に声のトーンを落として遠くを見る目つきになったかと思うと______忽ち饒舌に話し始めた。


「……全部、アイツらが悪いんじゃ。隣のゼベット領から来たとかいう、出稼ぎの連中が自領の野菜を格安で売り付けるもんじゃから……お陰様でこっちの商売はボロボロじゃよ」


「なんですって?」


 ゼベット侯爵領。

 フェルヴェルフォン伯爵領の北側にあるフィロテラス山脈を越えた、向こう側の領地である。

 確か、広大で肥沃な農地に恵まれ、運河も発達しているため物流の拠点ともなっている豊かな土地だ。フィロテラス山脈から続く、小規模な山々も保有するため鉱山関連の事業でも有名な場所であったはず______


 その領民たちが、うち(フェルヴェルフォン領)に出稼ぎに来てる______ですって?


 確かに、領地によって物価が異なることは多々ある。それはその土地の特産品の種類に影響されるため、特色の違う領地が二つ並んでいると、双方の商人たちがより利益を得られる市場を求めて往き来することも珍しくない。


 しかし、その影響が普通ここまで出るだろうか?

 フェルヴェルフォン領で採れた野菜が、棚にぎっしりと余るほどに______


「ちょっ、ちょっと待ってください。それは、フェルヴェルフォンとゼベットの条約に違反しているのでは?」


 そう、この状況は明らかに異常である。

 こういった事態を防ぐために、貴族間で交わした『条約(エッジ)』というものが存在するのである。


 順を追って説明しよう。

 フェルヴェルフォン領は、領地面積の広さこそあれど山岳地帯の一部が含まれるため、実際の農業面積は然程広くは無い。それに、気候や土の種類から考えて、キャベツや茄子といった普通の野菜がそれほど沢山採れる訳では無い。


 一方で、ゼベット侯爵領は前述した通り肥沃な土地に恵まれている。フェルヴェルフォン領とは違い、野菜の大量栽培に適した気候条件などを揃えているのだ。

 こうすると、必然的に両領の市場では売られる商品に偏りが生じる。すると商人たちは、より高く売れる市場を目指して他領へと侵出していく。

 しかしそれにより、一方の市場での農作物やらの価格が暴落してしまうこともあるのだ。


 その均衡を保つために、『農作物輸出入規制条約』という、なんだかよくわからない小難しい条例が発布されているはずなのだ。


 ざっくり言えば、


『ちょっとそっちの野菜安すぎよ、量減らしてくれないとウチのが売れないわぁ』


『あらやだ、ごめんあそばせ。じゃあこっちの市場を操作して価格を下げるわねぇ。あ、そっちの果物の方こそ安すぎよ、改めてくださらない?』


『おーっほっほっほ、分かったわよ。これでお互い均衡を保てるわねぇ』


 みたいな感じだ。


(______なのにどうしてこんなことに? 幾ら何でも異常すぎる、ライアスはこの状況に手を打っていないというのかしら!?)


 素人目で見てもわかる。

 この野菜たちが売れなければ、八百屋の経済状況は益々貧窮し______最悪の場合、職を手放さなければならなくなってしまうだろう。

 自領の民が苦しんでいる姿を見て、何故責任者たる領主が手を打たないのか甚だ謎な状態である。


 状況を理解した私は、念の為八百屋の店主に聞いてみた。


「この状態はいつ頃から続いているのですか?」


「うーん……ざっと、2ヶ月くらい前からかねぇ。ちょっと前に、関税撤廃の御触れがあってから、急に連中が市場に乗り込んできたんだよ。隣領の人のことを悪くは言いたく無いが……流石に我慢ならないねぇ」


「……関税撤廃の御触れ?」


 これまた聞きなれない言葉が聞こえた。

 いや、意味はわかる、わかるのだが______


(……2ヶ月前、まだ私の記憶が戻ってない頃か。そりゃあ知らなくて当然だわ、誰も教えてくれなかったんだもの)


 そこでふと疑問が湧いた。

 関税撤廃の御触れ、というレベルになると、事が重大すぎて『条例』で発布すると違法になるはずだ。しかし、国全体に御触れが出たという噂は聞いた事がない______たとえ私が引きこもりでも、メイドたちの噂話とかで聞いてるはずなのだ。


「……おかしいわね」


「何がだい?」


 いつの間にか独り言として呟いた私の言葉に、八百屋の店主が聞き返してきた。

 しかしここで考え込むのは良くない。

 こういう重めの話は持ち帰るべきだと判断する。


「いえ、なんでもないわ。御免なさい、閉店時の忙しい時間帯だというのにお時間を取らせてしまって」


「気にしないでくれ。そうだお嬢ちゃん、どうせ捨てちまうんだから好きな野菜を取ってってもらって構わんよ」


「えっ、いいんですか!?」


 普通なら遠慮すべき場面だが、行為を無下にするのも如何なものか。そう思った私は、傍で控えていたシシアを呼び寄せて野菜選びを始めた。


「ねぇシシア、どれがいいと思う?」


「あのですね、お嬢様。ライアス様とのディナーにお野菜を持ち込むつもりなのですか?」


 平坦な声で投げかけられた問いに、私は胸を張って答える。


「ふふっ、今聞いた話を証拠品の野菜と一緒にヤツに突きつけてやるのよ。あと私のダイエットのために役立ってくれそうだしね!」


 別にライアスを責める気は無いが、気が狂った妹の妄言だと捉えて貰っても困るのだ。


「はぁ……」


 溜め息をついたシシアは観念したのか、私の肩越しに並べられた野菜たちを覗き込む。

 私の目にはどれも『私を取って!』、とばかりにキラキラと輝いているようだったが______


「この茄子は傷が多いですわね。まだ夏本番ではないですし、ちょっと旬外れの様ですわ。こちらのゴレットは______いいですわ、ちょうど熟れ頃の良いモノですわね。それで、こっちのは______」


 テキパキと野菜を選ぶ姿は、歴戦の主婦を連想させた。流石シシア、野菜選びでも一級の腕を持つ様である。

 その様子を側から見ていて感嘆した私は、ふと果物の陳列棚の方に目を向けた。

 色とりどりの果物が所狭しと並んでいるが、その中でも一際鮮やかな紫色の果実に目を奪われた。炎のように皮が逆立って棘となり、歪な楕円形のような形をしたその果物を手に取ってみる。


 すると、店主がその果物の説明をしてくれた。


「そいつは死神の罠(ゴルチャービット)っていう珍しい果物だ。高山地帯にしか群生しないし、育てようと思っても管理が難しいから全然市場に出回らないんだよ。詳しい食べ方はそこのメイドさんが知ってんだろ」


 私はへぇ、と呟いて果実をしげしげと眺めた。


「なんだか物騒な名前ですしヤバそうな果物ですわね。……ということは結構お高いのでは?」


「あぁ、一つ500ガレッサくらいだねぇ」


「______ねぇシシア、この値段設定は高いの? それとも安いの?」


「単刀直入に言いますと、一つの果物にしては恐ろしく高い値段ですわ。それだけで林檎が5個買えますわね」


「うっ……」


 流石にそんな高価なものを持って帰るのは、何か心が痛むものがある。

 だから私はスカートのポケットから1枚の金貨を取り出して、店主の手に握らせた。1000ガレッサ銀貨が1ガレオス金貨相当なので、少しお釣りがくるくらいだ。


 店主は金貨を見た瞬間血相を変えて、途端にこちらに返そうとしたが、私は首を振って拒否した。

 自領の民が苦しんでいるのに、自分だけ得を享受するわけにはいけない。


「結構ですわ。じゃあこのゴルチャービットとやら、いただいていきます」


「ありがてぇこった。すまんな、お嬢ちゃん。金貨なんて久々に目にしたよ」


「いえいえ、こんなものをタダで頂戴するわけにはいきません。然るべき対価を払っただけですわ。……あ、ちなみにコレ、消費期限とかあります?」


「ん〜、明日の朝までかねぇ。そいつは熟れるのも早いが腐るのも早いんだ、なるべく早く食いなよ」


 意外と早いな。

 明日の朝食に出してもらおうか。


「肝に銘じますわ。______シシア、野菜は選んだ?」


「はい、お嬢様。こちらで如何でしょう?」


 シシアの両腕には、大きめの葉野菜などが4つほど抱えられている。これだけ良品質のものを無料で貰うのは気が引けたが、流石にこの位なら甘んじてもいいだろう______


「いいわね。……じゃあ、これで失礼するわ」


「おう、ありがとよ。気が向いたらまた来てくれ、老人の話し相手になってくれると嬉しいぞ!」


 豪快に笑った店主は、私の頭を乱暴に撫でると出口へと促した。


「時間が空いたら伺いますわ。それでは失礼しますわね〜」


 丁寧に一礼をした後、八百屋から立ち去る。シシアは去り際に店主から渡された台車と箱に野菜を詰め、私の後ろにぴったりとついている。


 ______今度台車を返しに来るときに話でもするかな


 貴重な民の声だ、聞かないわけにはいかないだろう。

 それに気になる事柄も多々耳にした。


(関税撤廃の御触れ……『条約』の機能不全……まったく、一体何がどうなってるのかしら?)


 ふと背筋に冷たいものを覚えた私は、空を見上げた。


 沈みかけた太陽が最後の輝きを放ち、橙の空は鮮やかな紅へと変貌する。

 薄い雲のかかった天を眺め、また歩き出す。


 行く先は『子兎の城』。

 ライアスに聞かなければならないことが、山ほどある。







野菜を持ったまま高級レストランに突撃するシシア、果たして彼女の運命は______



【補足説明』

死神の罠 (ゴルチャービット)

〜フィロテラス山脈の高山地帯でしか育たない、珍しい果物。市場では高値で取引され、フェルヴェルフォン領が栽培特許を持っているため、他領で栽培するのは違法となる。

外見は紫で刺々しい楕円形をしているが、中身がとてもクリーミーで美味しい。焼いて食べると忽ち毒に変化し、3日以内にこの世を去る〜


ゴレット

〜でっかい葉野菜。キャベツとかレタスの仲間だが、肥沃な土地でしか育たないじゃじゃ馬として知られる。大きいものは成人男性の背丈ほどもあるが、大きくなればなるほど味が薄くなる。西瓜程度の大きさが、絶好の収穫期と言われる。

年中育てられる〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ