1・哀れな元魔王は衝撃を受けただけ
________目が覚める。
意識が覚醒し始め、夢と現実のはざまを漂い始めた私の耳に小鳥の歌が聞こえる。
その瞬間、私はハッと勢いよく目を開けて上体を一気に起こす。
まだ若干眠気が漂っているけど、そんなの関係ない。そう、ちょうど今、この瞬間に【転生】が完了して私の記憶が戻ったのだ。いや戻ったというより、感覚的には新しい体に精神だけ入った感じかな。
新しい生活に心を躍らせつつ、私は正面の大きな窓から差し込んでくる日差しに目を細めた。
なんていう気持ちのいい朝なんだろう、と思いつつベッドから出てみる。
若干動作が遅いような気もするけど、まぁ【転生】なんてこんなもんだろう、まだ精神と肉体のリンクが完了してないのだろうと割り切って、シーツを整える。
そして部屋の奥に棚やテーブルと並んでおかれているドレッサーを発見した私は、わくわくした気持ちで鏡をのぞき込む。そう、本当に期待しつつ。
しかし現実はそんなに甘くはなかった。
「どれどれ、私の新しい体は__________________えっ?」
思わず『えっ』と素の声が漏れてしまった。そしてそのまま全身が金縛りにあったかのように硬直し、完全にフリーズ状態となった私。
もはや驚きで指一本動かすことが出来ない。
え、なんでフリーズしてるのか聞きたいって?
あはは、そんなのきまってるじゃないの。
「ななな、なんでこんな、ああっ、えっ、うそでしょ!?」
得体のしれない液体が過剰に塗りたくられて、もはや海藻のように変化した無残な金髪。腫れぼったい唇、見苦しいほど分厚い瞼に、薄い眉。首から下は見えないものの、顔周りについた脂肪の多さや輪郭を無くした肩を見ればわかるように、全身にもまんべんなく皮下脂肪がついているのだろう。
そう、私は________________
「こんなデブでブスに転生するなんて、ああああああああァァァァァァァァ!!!」
途中からはもうほぼ絶叫だった。
声質も太っている者特有の、壁を隔てて聞いているかのような籠ったとても活舌の悪いものだった。
同時に、なにかが私の中でガラガラと崩れていく音がはっきり聞こえた。
それが夢にしろ希望にしろ、今の私には絶望しかない。
あぁ、なんて不幸なんだ、ていうかこんな悲惨な状況普通あります!?
鏡の前で絶叫し、白目を剥いた私の耳にドタバタと部屋の外からあわただしい足音が聞こえてきた。
ハッと我に返った私はおろおろとベッドに戻ろうとするも、肥満体型のせいでなんとも動きが遅い。
そうこうしているうちに、ベッドに辿り着く前にドアのほうが一足先に開け放たれてしまった。
誰だか知らないけどとにかくこの悲惨な状況は見せたくない!!、と思わず両手で顔を隠す私。
すると入ってきた人物から、恐る恐るといった調子で声がかけられた。
「お、おはようございます、アイリスお嬢様..................こんな早くから一体どうされたのですか?」
指と指の間から声の主を見ると、立っていたのは3人のメイドだった。
慌てて駆け付けたのか、エプロンは乱れて荒い息を必死で押し殺している。
どうやら使用人のメイドみたいだ。
そこで私は、真ん中にいる一番年上のメイドに恥ずかしさで死にそうになりながら尋ねる。
「あの、いや、どうしたもなにも、この惨状がわかりません!?」
「えっ」
今度はメイドの方から?が飛び出した。
「えっ」
その返事にびっくりした私からも?が飛び出した。
いやメイドさん、この状況見てなにを戸惑ってるんだ? と思い始めた時、右側にいた若いメイドがおずおずと口を開いた。
「あの、お嬢様、恐れながら、その美容スタイルは昨夜お嬢様が私たちに命じて用意させた蜂蜜を使ったものでございます、ので、私どもは、な、なにも」
「え、私が_________あァッ!?」
最後の叫びは別にキレた訳じゃない。
ズバチィッッ!、という雷に当たったような激痛が全身に走ったかと思うと、一気に昨夜までの記憶がフラッシュバックした。
一気に頭を駆け巡った記憶の一部には、たしかに私が昨日の夜寝る前に蜂蜜を用意させて、それを髪に誇らしげに塗りたくるものもあった。
いや、そんなことよりもっと気になることがあった。
(なんてこった......ていうか、この私アーヴェナ____いや、いまはアイリス=フェルヴェルフォンか。なんでもいいけど性格悪すぎだな!?)
そう、フラッシュバックした記憶の中で私は使用人たちに散々ひどい『いじめ』を行なっていた。
だから朝から急いで駆けつけたのか、と納得しつつも、この身体_______アイリスの行なっていた美容行為という名の悍ましい所業を思い出す。
(生の蜂蜜を髪に塗って寝ながら保湿......!?はっ、やるにしても適量っていうものがあるだろう!? つけすぎてもはやわかめだぞこんなん!!)
記憶が戻るまでにアイリス(今はアーヴェナ)がしていた無意味な行為にある意味戦慄した私は、おそるおそるベッドを振り返る。
ベタァ.......と。
凄まじい量の蜂蜜が、枕や背中の部分にくっついていた。思わず鳥肌がたった。
一瞬正気を失いかけたけど、頭を振って意識を呼び戻す私。メイドに小さな声で命令する。
「あ、あの。すみませんがシーツやベッドを洗ってくれませんか......?」
「えっ.......あ、はい、只今!!」
ポーッと私の顔を驚いて見つめていたメイドが、迅速に動いてシーツや枕を回収していく。一礼して3人が部屋を去ろうとした時、年長のメイドが振り返った。
「あの、お嬢様。お体は大丈夫ですか? ......なんだか、いつもと少々違う雰囲気でいらっしゃいますが......」
「......あっ、えっ?」
「い、いえ、なんでもございません、すぐに洗濯いたしますね!!」
「あぁ、よろしく頼みます......」
バタバタと急いで廊下を走るメイドの足音が聞こえた。彼女たちが去ってから私は鏡と向き合い、呆然とした表情のまま、今までの記憶を手繰り寄せ、今までの私がどんな人物かを思い出す。
鏡に映る醜い姿は、同性の私が見ても引くほどマジな方で醜い。
美容とかファッションとか、前世では必要最低限のことしかしなかった私でさえも、だ。
そしてまるで燻製のソーセージを思わせるような太い指で顔の輪郭をなぞってみる。
なんだこれはたまげたなぁ......
赤くなったニキビや腫れ、さらにがさ付いた肌がより一層醜悪さを際立てているではないか。
(はぁ......早速最大ラスボス級の強敵登場だな。というよりそもそもこんな姿で恋愛とかできるのか? いや、まずは余計なことを考える前に状況理解を第一に考えなければ......)
軽く絶望した私は、今世での私_____アイリス=フェルヴェルフォンについての記憶を呼び覚まし、まずは周囲の状況の整理から始めるのだった。
記念すべき第1話です。
話の展開がスローペースですが、早ければ一日に2話更新するかもなので、乞うご期待です。
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