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17・デブスな伯爵令嬢は勝っただけ


「さぁ、どうするんですか? ドネスさん?」


今度は、こちらが意地汚い笑みを浮かべる番だ。

デブス女子特有の悍ましい微笑みを口の端にうっすらと浮かべつつ、眉をあげる。


まさかの展開に驚きで口をパクパクさせている、間抜け面の副支部長。その横でワインを試飲した、王都のワイン専門家グリスは依然として興奮していた。


「すっ、すごい…! まるで何十年も熟成されていたかのような、深みのある味と繊細さ……そして垣間見える大胆さ!! 素の葡萄の品質も最高級だと窺えるが……!?」


一瞬でワインの素晴らしさを見抜いたグリスを心の中で讃えつつ、私は平然と答えた。


「えぇ。もちろんです。素材にはうちの領地でしか取れない特別な葡萄を使用しておりますので、世界には同じものは二つと存在しません」

「なんと……! まさか、あの『アルネル=シャトーゼ』を使用しているのですか!?」

「そうです。さすがワインに詳しいだけありますね、グリス博士」

「まさか……いや、あの葡萄ならば……そうか、なるほど、酸味と果肉は……!!! なんということだ!」


グリスはブツブツ呟きながら、相変わらず恍惚とした表情でワインを続けて飲んでいる。


その様子を確認し、私はウィリアムの方を見る。

彼は一連のやりとりを、息を呑んで見守っていたようだが、王都から呼ばれたワイン専門家の好評に安堵していた。


ここでワインの評価が高くつけば、『万能回復薬(エセス・ポーション)』の売り込みも必然的に容易くなる。


私が微笑を浮かべて小さく頷くと、銀髪の兎のような少年は同じように、いたずらっぽく笑って頷いた。


一先ず難所は乗り切った、と思った私は無言でシシアに合図をしてワインを仕舞わせる。

そして軽く一礼をして席を立つ。

それを見たウィリアムはちょっと困惑した表情をしたが、おずおずと共に席を立って私の後ろについてきた。


しかしもっと困惑していたのは、ドネスとグリスだった。彼らは顔を見合わせると、ドネスが私たちの背中に向けて声をかけた。


「あっ、あの……どちらに行かれるのですか?」

「……」


心の中でほくそ笑む。

かかったな。


しかしそれを一切顔に出さず、寧ろこっちが困惑しているかのような声を出して聞き返す。


「はい?だって、ドネスさんが試飲を確認したら帰れとおっしゃったではありませんか」

「いや、それは……」


自らの言動を思い出し、口籠るドネス。

こう言う場合には、相手に考える時間を与えず焦らせることが重要なのだ。

そのため、私はきっぱりと告げた。


「これ以上用は無いようですので、これで失礼しますね、ドネス副支部長」

「……ッッ!! まっ、待ってくれ!! 頼む!!」

「……はい?」


振り返ると、感心したような表情のウィリアムと焦燥を顔にまざまざと浮かべたドネスが同時に見つめてきた。

私はウィリアムに目配せをし、万事順調だと言うことを暗に伝えると、続けてドネスに聞き返す。


「なんでしょうか? まさか『嘘つき』なフェルヴェルフォン伯爵令嬢にご用でもおありで?」

「…………たっ、頼む。席についてくれないか」

()()()()()()()()()()? おやまぁ、これはこれは何とも高圧的な態度ですね」

「ッ」


 私は途端にガラリと表情を変えた。

 冷徹に、そして無関心に告げる。


「人にものを頼むときはどうするのがマナーでしょうか? あぁ、もしかして中央商会には私たちなど必要ないからマナーを払う必要もないと? それだったらすぐに帰らせていただきたいのですがねぇ?」


 あっという間に無表情になった私を見て、ドネスが屈辱感を味わいつつ、小さく頭を下げた。


「……どうか、お座りください……」

「そう。じゃあ座りましょうか」


 私が席に着くと、ウィリアムも一緒に座った。

 それを見た途端にドネスが血相を変えて、一気に捲したてる。


「どっ、どうか、このワインの専売権を私たちに譲ってはいただけないだろうか!? もっ、もちろん契約金は弾む!! 100ガリオスでどうだ!?」


 『ガリオス』というのは、この世界での通貨の単位だ。1ガリオスは金貨1枚を表しており、大体市場で売られている林檎が箱数個くらい買える。


 ただ、事前に聞いたライアスの話によると、王宮で飲まれるワインの大概の契約は1000ガリオスを超えるほどの契約金が支払われるものだとか。

 それに比べると、こちらも大分低く見られたものだ。


(ま、経営者としてはそこそこの実力ね。交渉は上手いかもしれないけど、商品の価値を見抜く目は無い、か)


「………そう」

「100ガリオス、で契約してくれる……いや、契約してくださるのですか?」

「10000」


 __________ここぞとばかりに吹っ掛けた。

 ぎょっとウィリアムやシシアたちが目を見開き、グリスでさえも小さく驚く中、私は不敵な笑みを浮かべつつ正面からドネスの目を見据える。


 それを聞いた瞬間、ドネスは一瞬冗談かと思って笑おうとしたようだが、私の瞳の中に宿る揺るぎない決心を感じ取ってその表情から一切の笑みが消え失せた。


「……じ、冗談を。1000までなら出しますが……」

「9900。悪いけどね?」


 私は一息吐き、身を乗り出して交渉を始める。

 静かな、そして激しい『商戦』の火蓋が切って落とされた。


「私たちは生半可な金額じゃ応じるつもりはないの」

「……2000ガリオスは」

「9500」

「ッ……5000!!」


 2倍を超える額を提示したドネスは、もう必死だった。ここでこの商品を逃して仕舞えば、中央商会の地方での勢力は変化しない。


 それどころか、他の商会にこのワインを取られることになったら、勢力は変化しないどころか寧ろ圧倒されてしまう可能性もある。


「なんだ、出せるじゃないですか……9000」


 だが大幅な減額をするつもりはない。

 ドネスは頭を抱えて悩んでいたが、決心したように頷いて、苦々しげに呟いた。


「……8000。これ以上は、出せません……」

「そうですか。じゃあウィリアム様、帰るとしましょうか」

「お、おぅ……」


 飽くまで軽く、バッサリと切り捨てて今度こそ本気で帰ろうとした時。

 後ろから諦めたような小声が聞こえてきた。


「……9000で、契約しましょう」


 ________やった。


 思わずウィリアムと顔を見合わせ、口元を綻ばす。

 当初の吹っ掛けた金額よりかは1000ガリオスも下がってしまったものの、たかがワイン一つの契約金でここまでぼったくれるとは正直思っていなかった。

 

(……というかむしろ、ここで契約が出来てなかったら困るのはこっちのほうだったんだがな。王都とのつながりがあるこの商会で契約することこそに意味がある、ということを見抜かれなくてよかった…)


 実はライアスにも伝えていなかったが、私がこのワインを中央商会に売り込もうと決めたのにはもう一つの理由があったからなのだ。

 

 普通に考えてみれば当たり前のことだ。

 この年まで生きてきて、同じ領地の人間たちには私の性格の悪さなどは定着してしまっている。

 それはもはや覆すことはできない。


 なら、王都に出会いを求めればいいのだ。

 それなら私のことを会わず嫌いの人も少ないだろうし、そして同年代の男子の数も多いため必然的に『意中の人』を見つけられる確率もぐっと上がる。


 そのため、私はわざわざ地方の商会ではなく中央商会にワインを売り込んだのだ。


(ふぅ……危なかった。よし、ワインの契約は決定したから、あとは『万能回復薬(エセス・ポーション)』の契約をするだけね。はぁ……)


「9000、ですか。わかりました、妥協しましょう」

「っ!」


 苦虫を噛み潰したような顔になっていたドネスが、憎々し気に商談を再開した。

 私とウィリアムは席に着き、書類などを用意して契約の手続きに入った。



 あの後スムーズに契約は完了し、程なくしてワインの分の契約金がキャッシュで支払われた。

 全て金貨なので、一つの木箱に入れて渡してもらうことにした。じゃないと普通に持って帰れない。


 そして『万能回復薬(エセス・ポーション)』の契約。

 こちらはもしワインが売れなかった時の代替用、という名目で契約を完了することが出来た。

 手付金は2000ガリオスだったが、まぁこれでも高い方だし、ウィリアムも私も文句はなかった。


 ワインと回復薬の市場での値段については、工場などの生産設備をしっかり整ったのを確認してから決める、というのが中央商会のスタンスらしく、今回は契約を結ぶだけにとどまった。また後日商会から連絡が届き、その時に改めて価格設定をすることになるだろう。


 こうして私たちは無事に商談を切り抜け、中央商会の支部を後にすることが出来た。

 莫大な利益とともに。



「くっくっくっくっく……合計で11000ガリオスの契約金、かぁ……!!」


 私は帰り道、用意されていた馬車に乗りながら手元にある木箱を撫でながら不気味に笑っていた。

 ちょっと距離を開けて横に座るウィリアムは、商談が終わった後は安堵の表情を浮かべていたものの、馬車に入ってからは不機嫌そうにそっぽを向いていた。


 その様子が気になった私は、銀髪の少年にそっと尋ねた。


「……お腹でも痛いんですか?」

「はぁ??」


 突拍子もないような声を上げて聞き返すウィリアム。

 彼は片手をひらひらと振って面倒くさそうに言った。


「別に。というかさっきから気になっているんだが、なんで山のほうに向かってるんだ?」


 馬車はフェルヴェルフォン家の屋敷に向かうわけでもなく、ティフェルバーニャ領に帰るための道を辿っているわけでもなかった。それどころか、普段は私ですら通らないような険しい山道を登っていた。

 ガタガタと揺れる馬車を不快に感じているのか、顔をしかめながら少年は抗議する。


「もう商談は済んだだろ。なんで帰らないんだ?」

「まぁまぁ、せっかくですから」

「何がせっかくなんだよ」


 そう、私は彼に見せたいものがあったのだ。

 そのために領地内で一番高い山_______アティエス山の頂上まで馬車を走らせているのだ。

 ……まぁ、頂上と言ってもちょっと小高い丘くらいの山なので、そんなに上るのに手間と暇がかかるわけではない。


 そんな感じでぶつくさ文句を流し続けるウィリアムと私を乗せた馬車は、すぐに山の頂上に着いた。

 窓から辺りを見回し、小首をかしげる少年。


「山の、上? なんでこんなところに……」

「まぁいいから、外に出ましょうよ」

「???」


 私は勢いよく馬車から出て、大きく深呼吸をする。

 澄んだ冷たい空気が、一気に肺に流れ込んできてとても気分がいい。つい先ほどまで緊張していたのがウソかの様に筋肉が弛緩していく。

 ウィリアムも馬車から出て、同じように深呼吸するとこちらを向いて怪訝そうな顔をした。


「まさかこれだけのために、僕をここまで連れてきたのか?」

「いいえ、ちょっと話がありましてね」


 同じように馬車から出て涼んでいたシシアやウィリアムの執事にちょっと離れるように命じて、私はウィリアムを山頂の縁まで連れて行った。

 

 柵の向こう側には、広大なフェルヴェルフォンの領土が広がっている。

 様々な人々が行き交い、活気づいている私の街。

 山の斜面には『アルネル=シャトーゼ』を育てている葡萄畑が広がり、遠くにはつい先ほどまで商談を行っていた中央商会の館もある。もちろん、すぐにフェルヴェルフォン伯爵家の屋敷も見つかった。

 そして。

 ぽつり、とつぶやく。


「……私は、この街を財政難から救うって、決めたんです。聞いているでしょう? フェルヴェルフォンが資金面で苦しんでいることくらいは」

「……あぁ」


 目を瞬かせながら相槌を打つウィリアム。彼も眼下の街を見下ろして何か思うところがあるのか、馬車の中とは違い特につっかかってくることもなく、耳を傾けてくれた。


「みんなを助けるため。その為に始めたのがワイン造りで、『万能回復薬(エセス・ポーション)』もたまたまだったけど、結局は資金源にすることが出来ました」

「……」


 『みんなを助けるため』、というかその大本には私個人の願望が含まれているのだが、そこは敢えてウィリアムには伝えなかった。というか伝える必要もないし。

 そんなことを思いながらも、言葉を続ける。


「だから、一つお願いがあるんです」

「……なんだ?」


 こちらを向いた少年の蒼色の双眸を見つめ返し、私は真剣に告げたのだ。


「どうか、これからも力を貸してください。私の領地改革には、あなたの力が必要なんです」


 一瞬ではあるが、あどけないウィリアムの顔が驚きに満ちた。

 しかし直後に目を細めて、彼は平然とした口調で告げた。

 まるで自分がティフェルバーニャの当主の様に、凛々しく。


「当然だ。僕は仮にもティフェルバーニャの一員だからな、他人であっても助けを求めるなら拒むことはない」

「……本当、ですか?」

「あぁ________案ずるな、()()()()

「よかっ……え?」


 聞き間違いだろうか。今一瞬『豚』じゃなくて、私のことをちゃんと敬称もつけずに名前呼びしたような気がしたけど……?

 困惑した私は素で聞き返してしまった。


「いっ、いま、アイリスって……」

「……」


 少年は無言で顔を赤らめ、目を逸らした。

 ちょっとではあるが、心の中で小さな歓声が上がった。さすがに外見をそのまま形容詞で表しているとはいえ、『豚』と何度も言われると精神的にきついものがあったのだ。

 

 ただし、ちょっとわからなかったのが、急に呼び方を変えた理由だ。

 ついこの間まで私のことを蛇蝎の様に嫌っていたというのに。

 そして思考が迷路に迷い込んだ私の耳に、滑り込むように少年の声が届いた。


 その言葉を聞いた瞬間、本当に吃驚した。

 

「……別に、理由なんていらないだろ。だから、お前も僕のことはウィリアムと呼べよ」

「はっ?」


 まさかの、ありえないほどの手のひら返し。

 まったく状況が掴めていない私を見て、ガシガシと頭をかいたウィリアム。

 そしてさっきよりも小さな声になって、俯きながら言った。

 

「……僕もちょっとは、お前を認めたってことだ」

「っ」


 その一言が、心に直接響いた。

 途端に、どうしようもない感情が沸き上がってくる。

 しかしそれらを理解できずにいる私は、相変わらず目を逸らしているウィリアムに向けて、こういうのが精いっぱいだった。

 

「これからも、よろしくお願い、します_________ウィリアム」


 少年の口元が、ふっと綻んだ様な気がした。

  

 そんな私たちの間を、初夏の涼しく爽やかな風が通り過ぎて行った。


お読みいただきありがとうございます!!


ここ最近寒さ、疲労などいろんな原因で更新が遅れます……最悪、週一投稿、かも?(可能性)

でも、春になったら再び連載速度が回復すると思うので、気長にお待ちください!


ブックマークやポイント評価、できれば感想も書いてくださればうれしいなぁ~って思ってます✨

みなさまの支援の下、沫波奏多は連載を続けられています。

感謝しかないです……っ!


それでは今日はこの辺で、筆をおかせていただきます。

またねー!!


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