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14・元魔王は戦に挑むだけ


 完成した『万能回復薬(エセス・ポーション)』を試飲し、ハイテンションになっていたウィリアムは、半刻もしない内に普段の様子を取り戻していた。

 彼は自分が可笑しくなっていたことの自覚はあるようで、先程から両手で真っ赤になった顔を覆っていた。

 私は苦笑いをしつつ、正気に戻ったウィリアムにこれからの事を伝える。


「一応、この『万能回復薬(エセス・ポーション)』はうちで製造したワインと一緒に、フェルヴェルフォン領にある中央商会の支部へ売り込むつもりですが、それでいいですか?」

「………あぁ、構わない」

「わかりました。そこでなんですが、この『万能回復薬(エセス・ポーション)』の共同開発責任者であるウィリアム様に、一緒に商談の際についてきてほしいのです」

「………僕が、か?」

「そうです。おそらく私単身で行くと、商談すらままならずにあしらわれてしまいます。ですが有名どころの伯爵家の一人であるウィリアム様が同行すれば話は別でしょう。多分、あなたの存在で商談の行方が左右されるかもなのです」

「そうか。まぁ別にいいが。それよりも僕が気になっているのは、『万能回復薬(エセス・ポーション)』とそっちのワインの量産化の上で重要な施設のことだ。フェルヴェルフォンの領地には、適した工場とかはあるのか?」

「……まぁ、一応は。使用してない食品加工工場の廃墟があるので、そこを使用しようかと」


 フェルヴェルフォン伯爵領は、元々農業で名を馳せた場所だった。一時期は、近隣の広大な領土を持つ伯爵家を抑えて国内での農業産出率は一位を誇っていたこともあるらしい。

 

 しかし近年は多種多様な農業に手を伸ばすのではなく、特産品の葡萄の産出にこだわっている。

 そのため、過去に作られた様々な食品(野菜)加工工場は、現在では殆ど稼働を停止していた。

 動いているものと言えば、葡萄の出荷時に汚れを落とすための設備のある工場くらいだ。


 ただ、廃工場がすべてワインや『万能回復薬(エセス・ポーション)』製造のために使用できるというわけでもない。

 調査に向かわせた使用人の報告によると、現在まともに動かせる工場は4つが限界らしい。

 シーズンによって製造量が変わるワインのほうはともかく、『万能回復薬(エセス・ポーション)』の量産には大量の原液を扱える場所が必要なので、4か所すべてを使っても、需要に供給が追い付かない可能性すらある。


 どうやら私の表情が曇ったのを見て、何かしらを察知したらしい。

 ウィリアムがある提案をしてくれた。


「工場の数が足りなければうちの領地にあるのをいくつか貸してもいいぞ。ティフェルバーニャ(うち)は元々工業が盛んだから、使われていない工場の数個くらい工面できるはずだ」

「あっ、本当ですか? それなら助かるんですが……」

「ですが、なんだ?」

 

 私が気にしたのは契約料だ。

 工場と言ったらそれこそ莫大な資金を投入されて作られたものだろう。

 そんなものを借りるとなった場合、月々ごとの契約金を払わなければいけないのは常識だ。

 

 いくら共同責任者だからと言って、タダで借りるわけにもいかないし、しかもフェルヴェルフォンで作らないため情報が外部に漏れてしまう恐れも高まる。

 

 そこで私は、思い切ってストレートに聞いてみた。


「契約金とかは、どうします? いくらぐらいが相場でしょうかね?」

「……契約金? うーん、そうだな……」


 唸りつつ少し考えたウィリアムは、すぐに顔を上げてまさかの答えを提示してきた。


「まぁ、今のところは無料でいいさ。中央商会で『万能回復薬(エセス・ポーション)』の値段が決まったら考えることにする。そこらへんは心配するな、今回の件ではうちにも旨味があるんだから」

「むむむ、無料!? ていうか旨味ってなんです!?」

「あぁ、実はな……」


 ここ最近、ティフェルバーニャ領で開発された数種類の新薬品などが中央商会の認可をパスできず、莫大な損害を負ってしまったらしい。

 なんとか金を工面して借金は回避したが、今度は領地経営に回せるお金が極端に減ってしまい、一時的に財政難に陥ってしまっているとか。


「うちは港を活用して輸入出物品に関税をかけたり、通行税をとったりしてるから次第に回復はするだろうよ。だけどタイミングが悪すぎて、この間から外部に依頼してでっかい福祉施設を建設してたんだが、ちょうど今その請求が回ってきてしまったんだ。滞納するわけにもいかないし……そういうわけで急に金が必要になったんだ」

「はぇぇ……福祉施設、ですか」


 まぁ商品の契約金なんて高が知れてるしそんなに期待はしてないけどな、と付け加えたウィリアム。

 

 つまり領地の中で大きなお金が必要になって、それを解決するために『万能回復薬(エセス・ポーション)』の共同開発責任者となり、入ってくる収入を得たかったということだ。


 どうやら彼なりに領地に貢献する方法を模索した結果、私との共闘を選んだらしい。

 涙ぐましい努力だ。

 私だったら、たとえ自分が困っていても嫌いな相手には助けを求めないがな。


 そんなこんなで自分の懐事情をべらべらと喋ってしまったウィリアムは、私に口外することを固く禁じた後、商談の時に連絡するよう告げてさっさと帰ってしまった。

 そして一人残された私は、さっそく商談に向けて準備を開始した。



 ウィリアムとの会議後、私は自室で読書をしていたライアスのもとを訪れた。

 彼は日向に置かれたリクライニングチェアで横になっており、私に気付くと眠たげな翠の瞳をこちらに向けて、欠伸をしながら用件を聞いてきた。だらけきっている。

 その様子に、ちょっとではあるがカチンときた。


「ふぁぁあ……どうしたのアイリス、何か用かい?」

「お取込み中すみませんね、お兄様。……ちょっと聞きたいんですがっっっ!!!」

 

 私がライアスの耳元まで顔を近づけて大声を出すと、金髪の美青年は目を見開いてリクライニングチェアから転げ落ちた。手足をバタバタと動かし、髪を乱したまんまこちらを見上げる。

 荒い息を吐きつつ、彼は胸を上下させて驚いたように肩を震わせていた。


「もうさ、急にびっくりさせないでよ……! ほら、落ちちゃったじゃないか!?」

「落ちちゃった、じゃねぇよ!! 人が真剣な話しようとしてるのが分かりません!?」

「あっはい……ごめんなさい」


 あっさりと威勢が弱まり俯いてしまったフェルヴェルフォン伯爵家当主。

 人が苦労しているというのにこいつは優雅に本なんか読みやがって、と本音が喉元まで出かかったが、ぐっとこらえて本来の要件を話す。


「一応、『アイリス=シャトーゼ』ワインと『万能回復薬(エセス・ポーション)』を中央商会に売り込むことに決めました。ワインのほうの利益は完全にこちらに来ますが、『万能回復薬(エセス・ポーション)』のほうの利益の一部は、資材提供をしてくれたティフェルバーニャ伯爵領へ分けます。事後報告になって申し訳ないですが、これで大丈夫ですか?」

「……んー、まぁ、アイリスが言うんなら大丈夫じゃない? というか、これは別に開発に長時間かけたり莫大な資金を投入したわけでもないから、売り込みに失敗しても他の地方団体に行けばなんとかなるよ」


 案外まともなことを言うライアス。

 確かに、ティフェルバーニャ伯爵領では新薬の売り込みに失敗して損害が生じたらしいが、こちらは確実に『売れる』という確信があるうえに、もし売り込みに失敗してもライアスが言ったとおりにすれば大して問題はない。


「よし、お兄様が許可してくだされば後は早いもんです。あと、一週間後くらいに、共同開発責任者のウィリアム様と一緒に中央商会の支部へと商談に行く予定ですが、こっちもよろしいですか?」

「ん、把握した。……ていうか、ウィリアムってあの伯爵子息の?」

「はい、そうです。知らなかったんですか?」

「全然初耳なんだけど。というよりアイリスもよく縁談を断った相手と、仲良く一緒に商談しに行けるよね?」

「仲良く、は余計です。あくまでもお互いの利害が一致した上ですから」


 そう、私はこの関係を極めてドライに割り切っている。

 忘れそうになるがこのような領地経営の立て直しに奔走している背景には、『意中の相手と結婚したい』という前世での願いがあるからだ。


 ウィリアムは私に好意を抱いていないようだし(というか今の状態では誰も抱かない)、私も特段彼に気があるわけでもない。

 ただ、彼が顔を近づけてきた時の胸のざわつきは少々引っかかるが……?


「そうなんだ。じゃあ、くれぐれも商談は失敗しないようにしてくれ……としか言えないね、僕は。それまでに準備するものもあるだろうし、手伝えることならなんでも手伝うよ」


 一瞬遠い目になっていた私の意識を呼び戻したのは、ライアスの言葉だった。

 彼は申し訳なさそうな目で微笑みを浮かべ、私を安心させるかのように目を合わせていた。

 

 その真摯な翠の瞳を見て、私は思い直した。

 いくら領地経営に才がないとはいえ、3年以上も急激な財政破綻を起こさずにフェルヴェルフォン家を継続させてくれたライアスには感謝しないといけないかもしれない。


「……わかりました、お兄様。おそらく私一人ですべてこなせるとは思えないので、時折力を貸してもらいますね。……ありがとうございます」


 最後の一言には二重の感謝を込めたつもりだったが、ライアスには真意は伝わらなかったようだ。

 彼は一瞬不思議そうな色を目に浮かべたが、すぐにいつも通りの優し気な目に戻った。

 

 私はフェルヴェルフォン伯爵家の令嬢だ。

 単純な権限の話であれば、兄のライアスには敵わない。


  __________いつか、必ずライアスの力を借りることになるはずだ。


 そう確信しつつ、ライアスの部屋を後にする。

 予定の商談まではあと1週間。

 それまでに、ありとあらゆる準備をしなくてはいけないのだ。


 私はいまだに減らない脂肪がついた巨体を揺らしつつ、これからの計画について脳内で作戦を練り始めるのだった。




 


 

 


お読みいただき、ありがとうございます。


ポイント評価やブックマークをしていただければ、執筆活動がより進みます。


これからもご愛読いただければ幸いです。

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