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13・成功つづきはむしろ怖いだけ


「ふぁぁぁ……やっはぁ、よく寝たわ……!」


 明るい声とは裏腹に、窓から見える空は暗い。雨雲が集まってきており、今にも雨が降りそうだ。

 寝惚けた思考を強引に揺り起こし、意識をはっきりさせる。


 昨日はわざわざティフェルバーニャ領まで出向き、『回復薬(ポーション)』製造のために必要不可欠な『霊草マンドラゴラ』を収穫してきたのだ。

 まぁ、一本金貨20枚に相当する貴重なポーションを、ほとんど無料で譲ってくれたウィリアムには感謝しなくてはならないだろう。財政難の伯爵家の令嬢として、あまり散財をしすぎるのもよくない。

 

 こうしていつもより遅めな起床をした私は、ダイニングルームで兄のライアスと食事を摂りながら、昨日の経緯とこれからのことについて話し合った。


「そう、それでですね、お兄様。この間私が造った『アイリス=シャトーゼ』ワインを中央商会と契約することを提案したいのですが、どうでしょう?」


 するとライアスは、顎に指をあてて少し考える素振りをし、翠色の大きな目を瞬いて頷いた。


「中央商会か…。確かに、自費で王都に売り込んでいくよりも中央商会の支部から融通してもらったほうが早いね。だけど、あそこの審査はかなり厳しいらしいよ?」

「えっ、そうなんですか?」


 さすがにそれは初耳だ。

 というか私も中央商会についてはそれほどよく知っているわけではない。

 王都最大の商会で、各領に一つずつ支部を置いてその地域の特産品を王都に輸出する手伝いをしている、とかくらいしか知識はない。

 ライアスは少し前まで王都で暮らしていたため、私よりも詳しい様子だった。


「なんだったかな。確か、打診された商品が売れなかった時に備えて、代わりのための違う種類の商品を用意するのが原則だった気がするね。だからアイリスのワインだけだと、いくら量産計画を提示しても認可はしてくれないんじゃないかな……」

「なるほど……代わりの品、ですか」

「……あっ、そっか。アイリスの『回復薬(ポーション)』が完成したら、それを代替品にしたら?」

「そうだ、その手がありましたね!! ていうか、中央商会って食品が専門じゃなかったんですね?」

「まぁ、一応専門は食べ物飲み物に限られるらしいけど……近頃は、王都で勢力を誇っていた家具屋さんとか、冒険者のための武具店とかも傘下に入れてるらしいから、『回復薬(ポーション)』もありだと思うよ」

「おぉ、よかった……」


 そうか、『回復薬(ポーション)』が代替品になるのなら問題はない。

 初めて聞いたときはヒヤヒヤしたが、案外どうにかなるようだ。

 私は有益な情報をもたらしてくれたライアスに礼を言い、早速自室に戻った。

 

 自室の大きなテーブルの上には試験管やフラスコ、さらに怪しげな釜や様々な物品が置かれている。

 これらは全て『回復薬(ポーション)』を作るのに必要な道具や材料である。

 朝食前に頼んでおいたエプロン、そしてマスクと目を保護するゴーグルを着用する。

 これからの作業で扱う品々の中には、肌に触れると特殊な反応を起こしてこちらの皮膚がただれてしまうものがある。これでも最低限の防備なのだ。

 

 そして腕まくりをした私は、早速気合を入れて作業に取り掛かった。



 作業開始からかなりの時間が経ち、外の天気はすっかり晴れて太陽が真上に来ていた。

 もう正午なのである。


 密閉された部屋の中で汗を滝のように流しながら、私は『回復薬(ポーション)』製作の最後の難所に取り掛かっていた。

 一抱えほどもある大きな釜の中で揺れているのは、粘性の強い青く綺麗な液体。おそらくこれをそのまま冷やして小瓶に詰めたものが、先日私が口にした市販のモノだろう。

 しかし、この状態ではまだ完成ではないのだ。


 私は精密に量られたものすごく少ない量のマンドラゴラの粉末を、銀の匙ですくって慎重に運んだ。この部屋が密閉状態にあるのは、その粉末を誤って飛ばしてしまわないようにするためだ。


「……っし!」


 匙を傾けて、一思いに粉末を青い液体へと振りかける。

 直後に反応が起き『回復薬(ポーション)』全体がぼぅっ、と淡く輝く。

 それを見届けた私は、釜の下で小さく燃やしていた数本の蝋燭を吹き消した。


 しばらく待って、液体の流動が収まったのを確認した後、今度は布で釜の縁をつかみ、軽くゆする。

 サァァァ……という砂のような音とともに、液体が個体へと変化していく。

 数秒後、固体にならないで残ったのは中央にあるごくわずかな量の青い液体だった。


 火傷をしないように分厚い手袋をして釜を傾け、あらかじめ用意してあったガラス瓶に丁寧に流し込む。注がれた美しい液体は、窓から差し込む陽射しに応じるかのように反射して輝いていた。


「……できた。よし、名前は……そうね、『万能回復薬(エセス・ポーション)』ってところかしら」


 マンドラゴラを加えたこの薬は、従来のモノに比べて大幅に性能が向上しているはずだ。

 理論上は、一日中ぶっ通しで働いてもこれを飲めば体力が全回復するし、鬱になった時に飲めば若干の精神安定作用も見込める。

 さらに、私は前世で体得した調合スキルを活かし、余分な材料を一つ追加した。

 

 『マンドラゴラの汁』。 

 かの植物の葉を煮て、濾しだし、抽出した植物エキスだ。

 これには確か美容成分があり、肌の老化防止や再生、ニキビ予防や毛穴の収縮などの小さな効果が複数含まれていたはず。まさに、文字通り『万能』である。


(通常の回復薬を超えた、様々な効果を持つ『万能回復薬(エセス・ポーション)』。もうどこかが開発しているかもしれないけれど、一応はこれを担保にワインを市場に出すことを頼んでみようか……)


 ワイン造りに続けて、新薬の開発にも成功した私は、きちんと工程を羊皮紙にまとめて、それを木箱にしまった。木箱には元々家にあった錠前を取り付けて、固く封をする。

 これで鍵を持っている私以外開けられないはずだ。

 

 そしてメイドを呼んで、共に器具を一通り片付け、窓を開けてさわやかな空気を部屋に取り入れる。

 汗が気化熱現象を起こしてくれたため、一瞬ではあるが全身が爽快感に襲われる。


 心地よい風と暖かな陽射しに満足し、窓際で寝かけていた私はハッとした。

 そうだ、ウィリアムに試作品が完成したことを伝えなくてはならない。

 

 おそらく昨日の今日で、向こうも毎日私と会うことは辟易しているだろう。

 そりゃあ私だって毎回会うたびに豚って呼ばれたり貶されたりするのは嫌だ。しかし今は仕事上の関係、『万能回復薬(エセス・ポーション)』の共同責任者として彼の存在は重要だ。

 中央商会にワイン上場を打診するには、代替品の責任者であるウィリアムも連れて行かなければならないはずだから。


 こうして私は、羊皮紙に急いで手紙を書くのだった。



「……随分と早いお出ましですね、ウィリアム様」

「なんということはない。たまたま外で散歩をしていたらお前の従者と会って、流れで付いてきてしまっただけだ」


 紅茶が用意された、客間のソファーに座りながら銀髪の少年は肩を竦める。

 

 伯爵の子息が『流れ』で他の伯爵領に邪魔してもいいのか、と疑問が沸いたが割とそこらへんはフリーらしい。この世界では、令嬢が子息の元へ無断で出向くのはご法度だが、子息が令嬢の元へ訪ねてくる分にはオッケーらしい。

 なんという男女差別主義だ…!


 そして遠い目になった私の前で眉を潜めたウィリアムは、疑わし気な口調で私に質問をした。


「聞くところによれば、もう『回復薬(ポーション)』が作れたらしいが……お前の領地には優れた調合師や呪術師でもいるのか?」

「いえ、今回のは私が全部一人で作りましたよ。まぁ、試飲はしておりませんが理論上は完璧です」

「はっ、お前が、全部作った!?」


 思わずソファーから腰を上げて吃驚するウィリアム。

 目を丸くして私の顔を眺めていたが、やがて運ばれてきた試作品の小瓶をメイドが持ってくると、彼の表情が一変した。

 

「なんてことだ……本物の『回復薬(ポーション)』じゃないか。しかも、市販で売られているのより透き通っているのは気のせいなのか……?」

「いえ、本当に透き通ってますよ。マンドラゴラの根には不純物を固める作用がございまして、純粋に効力を持ったこの量の液体を取り出すには、釜一つ分の『回復薬(ポーション)』が必要ですね」

「そう、なのか? 僕は薬学には詳しくないが……まぁ、とりあえず飲んでみてもいいか?」

「ええっ、ウィリアム様が自ら? 使用人ではなく?」


 気位の高いはずの少年は逆に眉を吊り上げて私を睨みつけた。

 

「阿呆が、そんな発想しかできないからお前は愚鈍な豚なんだ。使用人も伯爵子息もしょせん同じ人間、しかも向こうはこちらに仕えてくれているのだから、毒見などをさせるわけにもいかないだろう」

「……そりゃあ、そうですけど」


 そうか、この少年は純真で優しい人間なのだ。

 今初めて気づいた私だった。今まで私に攻撃的だったのも、もしかして『忠告』という意味での悪口を飛ばしていただけなのかもしれない。


 部下をないがしろにせず、自分が先頭に立つ________これこそが本来あるべき君主の姿だ、とこの一瞬で感じた私だったが、その目の前でウィリアムはすでに『万能回復薬(エセス・ポーション)』を飲み干してしまっていた。


 直後に彼は稲妻に打たれたかのように目を見開いて、びくんっ!! とソファーの上で大きく震えた。

 数瞬もしないうちに、彼の手や顔が淡い蒼の光で覆われ始めた。どうやら『万能回復薬(エセス・ポーション)』の効果が作用し始めたようだ。


 彼の端正で美しい顔の、顎辺りに2つほどあった赤いニキビは瞬く間に消え失せ、さらに顔全体をオリーブオイルで拭いたかのように艶が出て、光沢が付き始めた。

 光が収まると、彼は自分の手や頬を何度も手で触って、目を輝かせた。

 その目は、溢れんばかりの気力と喜びで滾っていた。


「おっ、おいっ!! これ、すごいぞ!! 今なら何でもできる気がするし、なんだか力も湧いてきた! しかも肌荒れも治ってるし、これは全てこの薬のおかげなのか!?」

「おっ、おぅ。そうですね、美容効果や体力回復は効能の中に含まれていますよ!」

「わぁ……!! はははっ、今までの薬とはわけが違う。これなら王都でもたくさん売れるはずだ!!」


 自分が提供した薬草から作られた、とんでもない効能を持つ薬に驚きと喜びが隠せないでいるウィリアムは、元気が余って、客間でまさかのストレッチをし始めた。

 ……どうやら精神安定の効果は作用していないらしいな。


 そして顔中に喜びを表した銀髪の少年は、興奮のあまりか私の手を取って至近距離まで顔を近づけた。

 その仕草、綺麗な目鼻立ち、そして中性的で凛々しい風貌が私の心を揺れ動かした。

 ドキッ、と。

 心臓がひときわ大きく拍動した私のことなど露知らず、ウィリアムは喜んで言った。


「これで第一目標が叶ったな、豚!!」


 ……だからその呼び方やめろって。

 あっという間に気分が萎えてしまった私の前で、少年は喜ばし気に笑い続けるのだった。

 

お読みくださり、ありがとうございます。


ポイント評価やブックマークをしてくだされば、執筆活動の意欲がもっと上がります!!


それでは、次話をお楽しみに!!


……あぁ、展開早かったかな(独り言)

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