11・霊草マンドラゴラが必要なだけ
ティフェルバーニャ伯爵の子息であるウィリアムと、マンドラゴラの輸入に関する【契約】を交わした翌日。
いつものようにランニングや勉強、乗馬などで汗をかいて水浴びをし、部屋に戻ると、机の上に一通の手紙が置いてあった。
丁寧に蝋で封印された封を開封すると、中から綺麗な筆記体で書かれた簡素な一文が記載された、一枚の手紙が出て来た。
『早速調査隊を派遣したが、例のマンドラゴラはすぐに見つかった。場所を記載するため、採集をしたければその旨の返事を書いて、僕に送ってくれ。
ウィリアム・アース=ティフェルバーニャ』
どうやらマンドラゴラは直ぐに見つかったらしい。
記入された座標を地図と照らし合わせて確認すると、私が見当をつけていた場所と、寸分違わぬ位置に生息地があった。
(規模から考えるに......取れるのは100本くらいか。まぁそれくらいあれば『回復薬』の量産もできるし、うちの領地で栽培も可能かも...?)
よし、試作品のためにまずは1本収穫しよう。
そう決めた私は早速返事を書き始めた。
♡
「うわぁ...やっぱりフェルヴェルフォンの領地とは違うわね...!」
私は動きやすい服装に着替えて、最低限の装飾品を纏いながら馬に乗ってティフェルバーニャ領を訪れていた。もちろん、まだ完全に運動慣れしているわけではないので背中は汗でずぶ濡れだが。
ティフェルバーニャ領は、フェルヴェルフォン領の隣に位置するというのに、海に面しているせいかこちらの領地とは雰囲気が大分違う。
小高い山の上から街を見下ろしてみると、港に向けて緩やかな坂になっている山肌に無数に白い住宅が存在し、遠くからでもわかるほど活気付いている。あそこは確か、王国の中でも有数の交易港と言われており、関税をちょっとかけるだけでも領地に莫大な収入が入ってきているという。
____________さすが、港町として繁栄してきただけはあるな。
そう思いながら、数人のメイドと屈強な兵士を伴ってマンドラゴラが生えている森へと向かう。
森の入り口には既にティフェルバーニャ伯爵の子息であるウィリアム少年が、マントなどの外出用の装束を身に付けて、そわそわしながら待っていた。
私はあまり好かれていないようだが、ウィリアムはこれから共同責任者となる重要な人物だ。
ここで無闇に機嫌を損ねてしまうわけにはいかない。
なので私は、あくまでも明るく元気に声をかけた。
「こんにちは、ウィリアム様!!お待たせして申し訳ありませんね」
「あ、あぁ、やっと来たか。遅いぞ、豚...」
彼は最後の方、若干小さな声になって返事をした。
どうやら昨日の交渉の時に脅し過ぎてしまったらしい。
というか案外小心者かも?
チラチラと上目遣いでこちらの顔色を伺う、低姿勢を見た私は若干哀れみを感じてしまった。
(そっか...まぁそりゃあ私と結婚するのは嫌だからこの反応もしょうがないか。ここで下手な応対をしたら私に縁談を承諾されかねない、かといって馴れ馴れしくするのも嫌....ってわけね)
ていうか私がウィリアム少年の立場だったら、普通に嫌だ。
こんな人間の汚点をかき集めたような性悪令嬢と結婚したいなんて、欠片も思わないだろう。
だからウィリアムには同情できるのだ...悲しいが。
よって、顔はツンとしているが、仕草に若干の怯えを見せる兎のような少年に、私は満面の笑み(恐らくウィリアムから見たら悍ましい笑み)を浮かべて、友好的に接する。
「まぁまぁそんなに固くならずに。さぁ、早く案内してください!」
「...わかった。こっちだ、ついて来い」
無愛想に、にこりともせず馬を進めるウィリアム。
あまり大人数で行くのも移動し辛いため、互いに一人づつ従者を選んで森の中までついて行かせることにした。
半刻ほど馬を進めると、森の奥深くに赤いリボンを括り付けられた一本の大樹を見つけた。
ウィリアムがそれを見て、馬から降りる。
そして後ろに従っていた私たちを振り返り、木の向こう側を指で指し示した。
「マンドラゴラの生息地はすぐそこだ。馬で行くより歩いて行った方が、貴重な薬草を潰さずに済むだろう?」
「おぉ...なるほど」
私は「よっこらしょっ」という、何ともデブらしい掛け声と共に馬から降りる。
その様子を見てクスッと笑ったウィリアムを睨み付けると、彼はあからさまに目を逸らして、思いっきり吹き出すのを何とか堪えている。
おい...何がおかしいんだこの野郎...?
すると同じように馬から降りたシシアが周囲を見渡して、大きく深呼吸をしていた。
「ふぅ...。ここら辺は領内の街とは違って空気が澄んでますわね。いい気分転換になりますわ...」
「ふふん、当然だ。うちの領地は街が他の所より発展している。だから、敢えて森林伐採を抑制して、こうやって人々が憩えるような場所を残しているんだ!」
「なるほど……それもそうですわね、ウィリアム様」
ウィリアムが得意満面に胸を張って答える。
どうやらティフェルバーニャ領は、積極的な産業推進だけでなく環境保全のほうにも力を入れているらしい。これはフェルヴェルフォンでの領地経営には無かった考えだ。
自然を残すことで環境保全と人々に癒しをもたらす空間を作る______シンプルな発想だが、同時に良策でもある。なるほど、これはうちも取り入れてみるべきだな。
「えぇと、それでマンドラゴラはどこに??」
「あぁ、そうだったな。ほら、もうすぐそこにあるぞ。あれだろう??」
森林の中を通る爽やかな風で銀髪を揺らせながら、ウィリアムは巨木の後ろ側を指す。
私が指をさされた場所に歩いていくと、そこには周囲とは微妙に違う植物が密集して生えていた。
刺々しい葉が数本の細い茎から出て取り、その茎が三本ずつ等間隔に集まっている。微妙に周囲の草とは違う濃い緑の葉は、風があるにもかかわらず不自然に揺れていなかった。
これがマンドラゴラの特徴だ。
異常なほど固い茎や葉を持っており、それらは細かい粉末にして飲むとある程度の病を完全に治癒させられるほどの効能を持つ。
「あった! これが例のマンドラゴラね??」
「そうだ。じゃあさっそく収穫してくれ。僕たちは離れた場所でそれを見てるから」
「えっ、離れる必要あります?」
「当たり前だろう!? それは大気に触れると鼓膜を破るくらいの音波を出す植物だぞ? というかまさか豚、お前耳を保護する道具とかは持ってきていないのか…?」
「あー、なるほどなるほど。そのことなら心配に及ばないですよ。シシア!!」
私の呼びかけに応じて、後方で待機していたシシアが冷水の入った瓶を手渡す。
その冷水をパラパラとマンドラゴラの上にかけると、さっきまであれほど頑なに形をキープしていたのにもかかわらず、あっさりと葉がしなってしまった。
何が起こっているかわからない、というウィリアムに対して私は簡潔に説明をする。
「確かにマンドラゴラの音波は危険です。しかし、このように冷水をかけると一時的に仮死状態になって活動を停止するのです。知ってました?」
「……初耳だ」
目を丸くして私の行為をじっと見つめる銀髪蒼眼の少年の前で、私はマンドラゴラの茎の根本あたりをつかんで、一思いに引き抜く。
反射的にウィリアムや従者の老人、そしてシシアが耳をふさごうとするが、大気に晒されたマンドラゴラからは何の音波も出ていない。
私は収穫した、ワサビにも似た植物を丁寧に掴んで、シシアが持ってきた布袋に入れる。
割と大きめのが採れたため、若干心が弾んだ。
その様子を見ていたウィリアムが、ボーッっとした視線を私のほうに投げかけて、ふと呟いた。
「お前……本当に、フェルヴェルフォン家伯爵令嬢のアイリスか?」
「……っ。はい??」
私が困惑したように聞き返すと、ウィリアムはハッとしたように首を横に振って、取り繕うかのように手を振った。そして疲れているかのように眉間に皺を寄せながら、低い声でボソボソと喋る。
「いや、なんでもないんだ……気にするな、豚……」
「……そうですか」
何かおかしい、と思いつつもウィリアムの表情からは察することが出来ない。
そうこうしているうちに、彼は巨木の辺りに待機させていた馬に乗って帰る支度を整えていた。
私も馬に乗り、そのあとに続く。
というか付いていかないと、この森から出られない。
来た時よりもだいぶ早く、スムーズに森の中を通り抜けて市街地に出ることが出来た私たちは、ティフェルバーニャ領の西門の前で解散をした。
終始ウィリアムは何か言いたげな顔をしていたが、私は結局それについて聞くことが出来なかった。
(いつかこのことを聞いてみようか。……まぁそれも、互いに打ち解けたらの話だけど)
ウィリアムとは後日、『回復薬』の試作品が完成したらフェルヴェルフォンの屋敷で会うことを約束した。彼もすんなりそれを受け入れたため、割と初対面の時よりは親密さが縮まっているのではないのかな……? などと考えていた私だった。
(……痩せたら、『豚』って呼ぶのをやめてもらわないとなぁ)
夕日の眩しさに手でひさしを作りながら、私はウィリアムの背中を見送りつつ、心底どうでもいいことを考えるのであった。
第11話です!
お読みいただけましたら、ぜひブックマークやポイント評価のほうをよろしくお願いします。
実は今日、総PV数が3000を超えてものすごく嬉しかったですっっっ!!(語彙力)
ブックマーク数も次第に増えてきて、僕の作品を楽しみにしてくれてる人がいるんだなぁ、と思うとタイピングの手のスピードが二倍くらいに早くなります…!!
ちなみに、次回はウィリアム視点のお話となります。
……長くなりそう。




