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8・ワイン造り、はたして成功なるか!?


 私は、拠点と決めたフェルヴェルフォン家の屋敷の別館にある空き倉庫に、自分の部屋にあったワイン造りに関する資料を移し替えていた。

これからこの空き倉庫でワイン造りに関する大半の作業をするのだから、わざわざ自分の部屋に置いておく必要もない。 


「お嬢様、買ってまいりましたよ。はい、こちらになります」


 と、そこへ年配のメイドのシシアと、若い赤髪が特徴のメイドのルカが揃ってやってきた。

 シシアは両手に、中身がパンパンに入った布袋とバスケットを持ってきていた。

 私は渡された布袋の中身を見て関心する。

 

「お、よかったよかった。心配してたけどやっぱりあったわね!」


 袋の中には大きめの鉄製のボウル、絹のショール、新鮮な卵、袋に入った少量の白い粉、そして鉄製の細かい目のザル、そしてワイン用のボトルと漏斗が入っていた。もちろんコルクの栓も数個入っている。

 逆に、バスケットのほうには昨日行った農園で栽培されている赤葡萄の『アルネル・シャトーゼ種』が、4房ほど入っていた。

 シシア曰く、私の名を引き合いに出したら農家の老人はすぐに新鮮なものをくれたらしい。

  

 材料が一通りそろっていることを確認した私は、倉庫の端に置かれていた大小さまざまな樽を運んできた。

 なんの木で作られているかは知らないが、とりあえずワインを熟成させるには適当だろう、と思って小ぶりな、一抱えほどの小さな樽を選んで机に置いた。


 そして私はわくわくしつつ、ほかのメイド達を呼ぶようにルカとシシアに命じた。



 数分後、屋敷中で仕事をしていたメイド達がいつの間にか集まっていた。

 どうやら窓掃除や食事の準備などをサボってきたようだが、まぁいい。

 最後にシシアとルカが入ってきたのを確認すると、私は窓のカーテンを閉めて直射日光を遮りながら、部屋の中にあるランプをつけた。

 

 なんというか、薄暗い方がワイン造りの気分が乗るのだ。

 

「えーっと、みんな、今日は集まってくれてありがとう。皆はもう知ってると思うけど、今から私はこの領地で穫れた葡萄を使って、ワインを作ろうと思っているの。その時に何人か人手が必要だから呼んだんだけど……えっと、3人くらい協力してほしいんだけど、誰かやりたい人は?」


 メイド達が顔を見合わせる中、その中で一人、小柄なメイドが声を張り上げて叫んだ。


「は、はいっ! 私やりたいです!!」


 密集するメイド達の間をすり抜けてきたのは、私と同い年位の少女だった。金髪に碧眼、そして細い手足や他のメイド達の反応を見るに、新米の様だった。

 私も彼女を見るのは初めてだったので、おそらくここ数日に勤務を始めたのだろう。


 私は勢いよく申し出てくれたことにちょっとびっくりしたが、すぐに微笑みを浮かべる。


「じゃあよろしく頼むわ。あなた、お名前は?」

「はっ、はいっ、えっと、リリスっていいます!! 3日前からこのお屋敷で働かせてもらってます、多分お嬢様とお会いするのは初めてなんですけどっ、えっと、足手まといにはなりませんので、お手伝いをさせていただけないでしょうか!?」

「リリスさんね。……そんなにびくびくしないで結構よ、ちょっとワイン作るだけだから!」

「わっ、わかりましたっっ!!」


 むしろここまでくると一周回って健気でもある。

 そんな彼女を宥めていると、ほかにシシアとルカが手伝いを申し出たため締め切りとした。

 ほかのメイド達には、ワインの作り方を目で見て覚えてもらうことにした。


 さっそく私はエプロンを纏い、ワンピースの袖をめくって準備を整えた。

 袋の中から4つのボウルを出し、机に並べる。

 その中に一房ずつ葡萄を入れた私は、部屋の後ろにもいるメイドにも聞こえるように声を張り上げて叫んだ。


「えっと、これからワイン造りを開始するわ!! まずは、こうやってボウルに葡萄を入れて、大雑把に茎を取り除くの!! これが最後まであんまりたくさん残ってると苦味とか渋みが増す原因になるわ!」


 私は前世でワイン造りをした時のことを思い出しながら、慣れた手つきで葡萄の茎_____果梗部分を取り除く。

 その様子を見ていたシシア、ルカ、リリスの三人も同じようにして悪戦苦闘しながらも茎を取り除き、待機していたメイドが用意したごみ箱に放り入れる。

 パッと見た感じ、ほかの三人もいい感じに果梗が取れている。


「おっけー、みんなわかった? じゃあ次に、葡萄を手作業でつぶすの! もうぐちゅぐちゅになるまで潰しちゃっていいわよ!!」

「あの、お嬢様。皮とかは取り除かなくてよろしいのでしょうか?」

「あー、それは後でろ過するから気にしないで大丈夫。とにかく潰すの!!」


 おぉー、と様子を見ていたメイド達が関心の声を上げる。

 質問をしたシシアは何度か小声で同じことを呟き、完全に覚えたようだった。

 

 私も両手と有り余る体重を使ってすさまじい勢いで葡萄をつぶしていく。

 数分後、ボウル内に薄い紫の液体と皮や実の残骸が浮かんだのを見て手を止めた。


「はい、そのくらいで大丈夫よ! 見て、いまはこんなに薄い色だけど大丈夫、これからどんどん色が濃くなってくるから、これは失敗じゃないからね!!」

「なるほど……」


 私の隣でリリスが手を紫に染めながら驚いていた。

 そう、潰した直後の葡萄から出る液体はワインほど紅くない。

 むしろ葡萄本来の紫色に近いのだ。 

 

「よし、大丈夫ね!? じゃあ次に、このワイン用の瓶に4つのボウルの中に入っているワインの原液を入れていくわよー! この時に、間違っても皮とか種とかを取り除いちゃいけないわよ!?」


 するとルカが目を丸くして呟く。


「まだ取り除かないんですか? 瓶詰ってことは、もう製品用のワインになるんじゃないんですか?」

「あーそうそう、これ勘違いしやすいんだけど、この時点じゃまだワインじゃないわ。これから数週間発酵の期間を経てから、初めてワインっぽくなるのよ」

「そうなんですね…!」


 私と3人のメイドは、漏斗を使って一つの瓶にすべての潰された葡萄を流し込んだ。

 

 そして、ここでやっと怪しげな白い粉を取り出す。

 これは酵母だ。この世界にあるかどうか不安だったが、シシアは無事に買ってきてくれた。

 本来葡萄そのものの酵母で発酵させるのがベストなのだが、今回は特別に人工の酵母も追加してみる。


この酵母を入れた後、ワインの原液と酸素を反応させながらざっと2週間発酵させるのだ。

その間にアルコール成分がどんどん増していく。

ちなみに、数日でこの行程を終えるとアルコール度数の低い葡萄ジュースにもなるのだ。


「みんな、よく見て! これが酵母っていうやつなんだけど、これを入れることによってワインが初めてアルコール成分を持つの。実は葡萄の果皮にもこの酵母はあるんだけど、今回は手っ取り早くやりたいから入れるわよー」

「ほう...葡萄の皮でも代用できるのですね!」


リリスがまじまじと瓶に入った葡萄の残骸を眺める。私はそこに酵母の粉を適量流し込み、蓋を閉めた。

ここからは私の出番だ。


「えー、本当はここで2週間待つけど、今回は私が【魔術】を使って時を飛ばすわ! よく見といてね!」


あっという間にメイドたちの間に騒めきが広がる。

そりゃそうだ、ついこの間まで無能お嬢様だった私が、ワイン造りをしている上に【魔術】を使うと言っているのだから。

半信半疑の視線を投げかけてくる大部分のメイド達の前で、私は両手をワインの瓶に向けた。


精神を集中する。

体内の魔力の流れを操って最適な形に整える。

行使するのは【時間空転】の術式。


「《時よ、我が手に従いその流れを歪曲させよ》」


私の詠唱と共に、両掌から淡い光の粒が溢れる。

息を飲むメイド達を気にせず、さらに魔力を高めていくと、光の粒は集まって小さな魔法陣を形成した。


「すごい...きれい....!」


リリスも初めて見た【魔術】に驚いているようだ。

一方でシシアやルカは一度魔術を見ているため、そこまで動じてはいないが同じように驚いている。


息をゆっくりと吸って、私は左手を時計回りに回し始めた。

すると、より一層魔法陣が淡く輝き、薄暗い部屋を明るくしていく。同時に瓶に入ったワインの原液から、急速に泡が発生し始める。


そう、私は今このワインの原液の『時間』を何十倍かの勢いで急速に進めているのだ。

よってワインは数秒後には2週間発酵させた後のものと寸分違わぬものに変化していた。


完全に発酵したのを確認した後、私は術式を解除して魔法陣を壊す。【時間空転】の術式は加速させる時間の分に比例して、どんどん魔力が失われる術式だ。

あまり大盤振る舞いしていると、すぐに枯渇してしまいそうだが...。


(今日使える【時間空転】はできて残り30年分が限界か。まぁ、もともと魔術を使いにくい体でこれができるだけまだ幸いと考えるべきなのか...)


黙りこんだ私に気がついたシシアが小声で囁く。


「どうされました、お嬢様? この次は何をすればよろしいのでしょう」

「......んっ、あぁ、ごめん。えーっとね、次は...」


気を取り直して、洗ってある新しいボウルを他のメイドに用意してもらい、そこにザルを置く。

そう、次の行程は『プレス』と呼ばれるものだ。


「いい、ここは大事よ! こうやって、ザルで大雑把に果皮とかのいらない部分を分けるの!!」


発酵して妙な匂いを発するワインの原料を、4つに分けてボウルに注いでいく。

ここで作る人によっては、最後の一滴まで葡萄の残骸から汁を絞り出す人もいるが、私はあまり好まない。

揺すったり少し圧力をかけて残った汁を出すと、ザルを外して待機していたメイドに渡す。


「わぁ、すごい...もうほとんどワインですよ、お嬢様ぁ!」


リリスがはしゃいで、ぴょんぴょんと跳ねる。

他のメイド達も感心した顔で匂いを嗅いだりしていた。いつのまにかメモを取っている者までいる。


「えぇ、そうね! じゃあこれを全部樽に入れるわよ!」

「あ、お嬢様。まだ細かい塵が中に残っていますが、よろしいのですか? 樽ということは今度こそ完成なのでは?」


ルカが目を輝かせながら聞いてくる。

もしかしたら案外この中でも一番、自家製ワインに期待しているのかもしれない。


 そこで机の上に放置されていた、鶏のとれたて卵を手に取った。そして割り、小さなボウルの中に5つ入れた後、黄身と白身を分けた。


 興味津々に見ているメイド達に、この行為の意味を伝える。


「これから樽に入れたワインの時間をちょっと進めた後、卵の白身だけを入れるわ。これは古典的な方法なんだけど...ワインの中の塵と白身が結合して、底に沈殿するの。そしたら飲む時に上の方から掬えばいでしょう?」

「なるほど...!卵の白身には凝固作用があるのですね。それは知りませんでしたわ...」


 シシアが目を丸くして呟く。

まぁそれはそうだ、フェルヴェルフォン伯爵領では今まで一度もワインを作ったことがなかったのだから。


卵の白身をかき混ぜ、メレンゲの一歩手前までにして準備して置く。

同時進行で協力者の3人のメイドが、樽の中にワインを注ぐ。

ちょうど樽の中に全て注げたため、私は同時に卵の白身を紅い液体で満たされた樽に投入する。


「よし...じゃあこれから20年間時間を空転させます。失敗したらやばいからちょっと離れてて」


ザッ、とメイド達が一斉に倉庫の後ろあたりまで下がる。

何十年間も時間を空転させるため、今度こそ多大な魔力と集中力が必要になる。失敗したことはないが、もし失敗したらこの屋敷が吹っ飛ぶ程の二次災害が起こってしまうに違いない。


私は両手を樽に向け、先ほどと同じ術式を発動させつつも微妙に違う詠唱を行う。


「《時よ、その流れを加速させよ_____加速させよ_____加速させよ_______》」


右手を素早く、魔法陣の外周に沿って時計回りに回していくと、みるみるうちに樽の表面が色褪せてきた。

メイド達が感嘆の声を上げ、敬虔に祈るような仕草をするようなものまでいた。

 

 私は凄まじい勢いで右手を回し続け、ある瞬間にピタッとその動きを止めた。

 同時に術式が解除されて、魔法陣も虚空に消える。

 

 私はその様子を横でじっと見ていたシシアに話しかけた。


「シシア、あそこに置いてあるグラスと柄杓をとってくれるかしら」

「かりこまりました、お嬢様」


 シシアはテーブルの上に、他の材料とともに置かれているよく磨かれたグラスと、古びた木で出来た柄杓を持ってきた。私が柄杓を受け取ると、彼女はグラスを差し出すような姿勢で静止した。

 私は極力揺らさないように、慎重に樽の蓋を開ける。

 

 するとその瞬間、倉庫中にワイン特有の繊細でフィネス___優雅さ___とともに、美しく大胆かつ控えめな主張を含む気品のあるワインの香りが広がった。

 ワイン慣れしている私でさえも、思わず動きを止めて魅了されてしまうほどだ。

 普段からワインを飲まない下流階級のメイド達ですら、その香りを吸った瞬間目を閉じてうっとりしてしまっている。

 

(すごい。流石、フェルヴェルフォン伯爵領が誇る最高品質の葡萄から作られたワインだけあるな…)


 その香りを鼻腔いっぱいで味わい、楽しんだ私はハッと我に返り、シシアからグラスを受け取る。

 そして、樽いっぱいに満たされた赤ワインの上辺だけを掬い取って、グラスに注ぐ。

 

 グラスに注がれた紅い液体は、ろ過前からは想像も出来ないほどに澄み切っており、部屋を照らす淡いランプの光を反射して、なんとも妖しく輝いている。


 メイド達の期待のこもった視線が集まる中、私は軽くグラスを揺らした。

 揺らすことでワインと空気中の酸素を反応させて、まろやかな味に仕立てられる__________らしい。


 そして私は、その自家製ワインを一口口に含んでみた。


「…………ッッッッ!?」


 まるで全身を電流が走り抜けたような衝撃が、私を襲った。


 __________美味い。


 瞬時に白いヴェールのイメージが頭に浮かぶ。

 一見あまり主張をしない、控えめで優美な印象を感じさせるが、より深く味わうとそのヴェールの向こう側にある情熱や熱意といった激しく荒々しい重厚な迫力が伝わってくる。

 極端に甘美というわけでもなく、するりと手のうちから離れていくような酸味と甘味が程よくマッチした至高の一品。

 それでいて、絶対に失われない気品と誇り高さ。


 そう、このワイン製造は________


「……みんな、成功……いや、大成功よッッッッ!!!!!」


 一瞬にして、倉庫が拍手喝采で満たされた。

こんばんは、泡波です。

遅れましたが第8話投稿です。

日に日にPV数やユニークユーザ、ブックマークも増えてくださり感謝しております。


僕の作品を楽しみにしている人がいると思うと、純粋に執筆活動が楽しいです。


お読みいただいた方は、ぜひポイント評価やブックマークをお願いいたします。


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