勇者、洞窟を征く
「てことはさ、あの時囲まれてたのはあの子を守るため?」
「……誰かを守りながら、戦ったことなかった」
「そうだなぁ、ボクだと巻き込んで吹っ飛ばしちゃうかも」
敵地のど真ん中だというのにけらけらと談笑しながら進むブリス。
というか、お前が言うとそれは洒落じゃない。
「さっきので粗方倒しちゃったのかな」
俺の言葉を軽く流したブリスが、手にしたランタンを左右に振りながらどんどん奥へと進んでいく。
「おい、罠があったらどうするつもりだ」
「大丈夫だよ、ゴブリンの罠なんっ……」
かちりと何かを踏む音。フラグ回収の早いやつめ。
刺付きのフレイル状の物体が横から飛び出し、
「ぐほっ!?」
俺の身体が思い切り跳ね飛んだ。
目の前でちかちかと光が瞬いたかと思うと、冷たい壁の感触があとに続く。
「わ、わっ、大丈夫っ!?」
今度はちゃんと慎重に駆け寄ってくるブリス。
「……傷、見せて」
後ろを歩いていたアコがブリスより先に俺の元へ駆けつけてきた。
「……平気だ。このぐらい薬草でも貼っておけば治る」
このあともどんな罠があるか分からない以上、無駄な魔力の消費は避けたい。
最悪俺が罠を踏む分には問題ないわけだし。
「……痛く、ない?」
「痛くない」
「……」
アコが無言で俺の傷跡へと手を伸ばす。
そして俺が何か行動を起こす前に素早く、癒やしの光が傷口を包んだ。
無詠唱。簡易な魔法を詠唱無しで唱える発展的技術だ。
「……終わり」
「すまんな、助かった」
伝説の勇者がどうだっかは知らないが、俺の加護は無敵の人間を生み出すものではない。
慣れてしまってはいるがもちろん痛みはある。
「……役目だから」
アコはそれだけ言うと立ち上がり、服に付いた埃を払った。
いざって時ブリスとアコ自身を治せなくなるといけないから、などと言おうとしていたもっともらしい言葉を飲み込む。
役目、か。
「……ごめん」
流石に少し落ち込んだのか、ブリスがアコみたいな調子でそんなことを言い出した。
「役目さ、役目」
痛みはあっても、それでも俺に当たるほうがいいと思える。
戦うことの出来ない俺に出来る唯一の事なのだから、この身などいくらでも使ってやろうじゃないか。
だからお前は笑ってろ、それが役目だ。
一瞬頭をよぎった臭い言葉。俺はそれを必死に振り払う。
まだ少し呆けているらしい。これ以上足手まといにならぬよう気を付けねば。
「……えい」
「ちょきん、っと」
「あぶねっ、こんなところにも」
洞窟内の至るところに仕掛けられた罠。
しかし慎重に進めばその殆どは粗が目立つもので、作動前に回避できるものがほとんどだった。
中央にいくほど魔物が少ない理由も、罠の誤作動を防ぐためだろう。
入り口に武器を使う個体がいたことも考えると考えられるのは一つ。
「ちょっと頭のいいやつが中にいるね、これは」
「ああ、みたいだな」
「……ハイゴブリン」
ゴブリンは基本的に徒党を組まなければ大したことはない魔物で、それなりに強い冒険者……それこそブリスやアコのような人間ならば打ち倒すのにそう苦労はしない。
要は多産多死な魔物というわけだ。
しかしそんなゴブリンの中で運良く生き延びる個体もいる。
それらは敵である人間から知識を得、より狡猾に生き延びる術を身につけるのだ。
(傭兵なら命を賭けてまで相手したくないわな)
ハイゴブリンと呼称される中でも上から下までおり、より上位のものは魔術を扱うものもいると聞く。
護衛の報酬では割に合わないこと極まりないだろう。
(まあ、俺たちはそれを無償でやろうってんだから……)
隙間風に乗って聞こえてきたゴブリンの鳴き声。
より濃くなった魔物の気配に俺たちは身構える。
「ブリス、灯りを絞ってくれ」
「ん、了解」
「……抜き足、差し足」
出来る限り気配を消して鳴き声のしたほうへ向かうと、ほどなくして少し開けた空間が見つかった。
ボロボロの布切れを身に纏ったゴブリンが一匹と、そのゴブリンを守る様に屈強なゴブリンが二匹。
奴らがこの洞窟の親玉で間違いなさそうだ。
「うおっ」
「あっ」
「……あ」
足元でからん、と何かが転がる音がした。
ころころと転がっていったそれは所謂髑髏というやつで。
ほんのかすかな音だったが、魔物が気付くには十分なおとだったらしい。
ボロ布ゴブリンがこちらの方を向いて、屈強ゴブリン二匹に何か指示を出している。
「しまった、すまんっ……」
「ボク的にはこっちのほうがシンプルで助かるかな!」
「……突撃」
灯りを俺に手渡したブリスが飛び出すと、そのあとにアコと俺も続いた。
棍棒を振り上げながら向かってくる二匹のゴブリン。
さっきの髑髏もきっと、こいつらによって殺された人間のものなのだろう。
「だりゃあっ!」
その二匹と真っ向勝負を挑むブリス。
棍棒の二振りと斧の一閃が交差する。
普通ならば無謀とも思えるこの勝負だが、ブリスが負ける姿は想像できない。
「……次っ!」
斧を振り抜いた勢いでブリスが跳ね飛ぶと、二匹のゴブリンの上体がずるりとズレ落ちた。
まさかこんな凄まじい強さの人間がいるとは思わなかったのだろう、奥でハイゴブリンが慌てているのが見える。
「む、あれは……」
「……詠唱」
「油断するなよ、ブリスっ!」
どうやら魔法を使う個体らしい、相当長く生きてきたのだろう。
にやにやと下卑た笑みを浮かべたハイゴブリンが詠唱を終えると周囲の土が槍状に尖り、ブリスへ向けて襲い掛かった。
「守れ、防壁っ」
「……防壁」
「ありがと、二人とも!」
二重の防壁詠唱。青い光に包まれたブリスが、槍状の土を弾きながら直進していく。
そしてそのまま、余裕の表情が完全に消え去ったハイゴブリンの脳天に斧の一閃を叩きこんだ。
群れを形成する魔物がリーダーを倒されれば、あとは自然と群れが崩壊する。
もちろんそこでの生き残りがまた今回のようになる場合もあるが、しばらくはこの洞窟も安全に通り抜けられるようになるだろう。




