勇者、再認識する
「もう少しゆっくりしていってもよかったんじゃない?」
頭の後ろで手を組んで、こちらは見ずに言うブリス。
食事を終えた後、俺たちはすぐに村を出て辺境の都へと向かっていた。
「まだ食べ足りなかったのか?」
「ち、違うよっ」
ブリスがわざとらしく手を振る。相変わらず分かりやすい。
確かに村を出るとき、相手からその誘いはあった。
しかし今回のような魔物に人が襲われる事件は後を絶たないはず。
全ての人を救おうだなどと殊勲なことを言うつもりもないが、助けられる人は可能な限り助けてあげたい。
(なんて言っても、戦うのは俺じゃないんだが)
「なんだよー、違うって言ってるじゃないか」
俺の視線の何を勘違いしたのか、頬を膨らませながら睨まれた。
まぁ内容的に勘違いさせておいたほうが都合がいいので訂正はしない。
「ここ、か?」
「……多分」
言われた通りの道をしばらく進むと、洞窟が見えてきた。
ここを通り抜けると辺境の都はすぐらしい。
だが最近は魔物の巣窟になっていることもあって人通りがほとんどないとも教えれていた。
「入口に魔物が数匹いるね」
「……ゴブリン」
「ああ、この洞窟で間違いなさそうだ」
数体のゴブリンがうろうろと洞窟の入り口辺りを徘徊している。
都との連絡通路ともなれば、魔物がいることを知らなかった人間たちは格好の獲物になっていたことだろう。
港町への陸路もこうして防がれていたのかもしれない。
「とりあえずやっちゃおっか」
ブリスが斧に指を掛けながら俺に聞いてくる。
「今はそうするしかなさそうだな」
洞窟の中にどのくらいの魔物がいるか分からない場合、本来は慎重に行動したほうがいいのだが、ここで立ち往生していても仕方ないわけで。
あの程度の手合いにブリスが遅れを取るとも思えない。
「よーし、一番斧いただきぃ!」
返事を聞くや否や、ブリスが膝に溜めていた力を一気に解放しゴブリンたちへ飛び掛かる。
あいつ、最初から飛び掛かる気満々だったな。
瞬く間に入口にいたゴブリンたちが宙へと舞い上がっていく。
「さぁ、次はどいつだぁっ!」
入口にいたゴブリンを粗方殲滅したブリスが雄たけびを上げる。
慎重な行動、という単語はこいつの辞書にはないのだろう。
「……危ない」
「増援だ、ブリスッ!」
入口での騒ぎに気付いたのだろう、洞窟の奥から次々とゴブリンが沸きだしてきた。
一匹いたら十匹、十匹いたら百匹はいると思え、と言われるだけある。
「合点! 唸れ……大地よっ!」
地面に突き刺した斧をそのまま握りしめ、呪文の詠唱を始めるブリス。
その間にも次から次にゴブリンが現れ、ブリスの元へと向かって来る。
「どりゃあっ!」
詠唱を終えたブリスが斧を引き抜くと、地面が隆起を起こ始めた。
まさかの事態に浮足立つゴブリンたち。
そんなゴブリンたちを唸り声を上げながら地面が押しつぶしていく。
「……凄い」
まさに無双といった様相を呈するブリスの姿に、アコが改めて驚いたというような声で呟いた。
俺はもはや見慣れてしまった光景だが、同じ立場なら似たような反応をしていただろう。
「……危ない」
「え?」
すっかり傍観モードになっていた俺の隣で、アコが駆け出した。
よく見ると洞窟の影で矢を構えているゴブリンがいるのが見える。
(武器を使う知能を持つ個体もいたのか……!)
数秒遅れて俺も走り出す。
他力本願で戦況を見ていないとは、俺は自分自身に毒づいた。
「……防壁」
一足先にブリスの元へと辿り着いたアコが杖を掲げて祈りを捧げる。
たちまち光の壁が二人を包み、飛んできた矢をはじき返した。
「ありがと、アコちゃん」
「……ん」
まるで熟練のパーティのような連携。
こうして見ると自分はつくづく戦闘センスもないのだなと実感する。
「……!」
「イーク、後ろ!」
「なっ……」
ブリスの声に後ろを振り返ると、死んだと思っていたゴブリンの一匹が起き上がり俺の方へ飛び掛かっているのが見えた。
飛び出してきたくせに剣は鞘に入れたままとは、つくづく以下略なやつだ俺は。
「……強化」
「へ?」
「え?」
一閃。
ゴブリンの額に鋭い刀身が突き刺さる。
光を帯びた刀身は強化魔法による強化の証。
何度訓練しても俺が手に入れられなかった呪文の一つだ。
「……危なかった」
ひゅんっ、と刀身に付いた血を振り払うと鞘に納めるアコ。
仕込み杖というやつだろうか。じゃなくて。
「さっきの言葉、嘘だったのか?」
「……?」
「杖で……」
「……殴らない、切る」
「……」
「アコちゃん、凄い!」
「……あなたほどじゃ、ない」
訂正。ブリスだけが特別じゃない。
詠唱職ってなんだっけ。
消えていくゴブリンの死骸を見ながら俺は目を細めた。




